第44話
「どうっすか?」
「悲惨な現場ですね。この教室で起こったなんて、信じられないです」
感想を聞かれ、私は率直に言った。
ほんの二日前、この席も血で染まっていたなんて、映像を見た直後だと言うのに、にわかに信じられなかった。
「あのままにはしておけなかったすから、組織の清掃業者を呼んで、綺麗にしてもらったっすからね。机とかはそのまま使うのもあれっすから、処分して、昨日新品を納入したんすよ」
今座っている机を見てみると、確かに新しかった。そんな新品の机を白石は叩き潰したのか。
もったいないな……。
「水槽も変えたんですか?」
教室に置いてある水槽では金魚が元気に泳いでいた。
「そこまでは聞いていないっすけど、水槽も変えたんじゃないっすかね?」
多分、金魚も違うやつなんだろう。水槽があんなにも血で汚れていれば生きていられるとは思わなかった。
それにしてもなぜ、水槽に死体の指を入れていたんだろうか?
そこで私は疑問を口にすることにした。
「指を切り落とされた死体は何体ありましたか?」
「うーん。指はライちん以外は落とされていなかったっすね。防御創の一種じゃないっすかね」
防御創とは、刃物などで切りつけられたさいに、身を守りついた傷のことだ。
腕や掌に付くとは聞くが、指を切り落とすほどの傷となると、相当鋭利な武器が必要なんじゃないか?
「指を切り落とした武器はなんだか分かりますか?」
「それがさっぱりっすよ。臨戦態勢をとった生徒は武器を取り出して戦ったみたいで、床には何本かアーミーナイフやら、ファイティングナイフに、ダガーまで落ちていたっすからね」
映像にも落ちているナイフが何本か映っていたな。
「額にナイフが刺さっていた死体がありましたよね。あれは犯人のナイフじゃないんですか?」
「あれはうちのグウちん……宮司屋のナイフっすね。うちの見解じゃ、犯人は殺した相手が落とした武器も使って戦ったと思うんすよね。死体の傷跡は何種類もあったっすからね」
と言う事は、武器から犯人を導き出すのは難しそうだな。
そうなると手掛かりは、「水槽に入れられた指」と、呟く。
「偶然飛んで入った……は、なさそうっすね」
ライちんと呼ばれた死体と、水槽の場所は一メートルと離れてはいなかった。
偶然飛んで入らないとは言い切れないが、まずないだろう。
犯人が入れた。そう考えるのが自然だ。
それならば何故入れたか、そこが問題だった。
「猟奇殺人だったからでいいんじゃないっすか?」と、犬山が答えるが、私には納得がいかなかった。
ライちんと呼ばれた死体以外に、猟奇的な殺された人はいなかった。
猟奇殺人ならば、もっと悲惨な死体があったとしてもおかしくはないだろう。
きっと何か理由がある。
私は腕組をし、考えてみる。
「……」
ダメだ。
考えてみても、私の頭では、水槽に指を入れる理由なんて思いつきそうになかった。
名探偵犬山ならなにか思いついているんじゃないかと思い、尋ねようとした瞬間、ぐぅーと言う音が鳴った。私のお腹から……。
今朝はコーヒーしか胃に入れていなかった事を思い出した。それに朝には犬山との手合わせもあり、体がエネルギーを欲していた。
「すいません。気にしないで――」と言った瞬間、またぐぅーっとお腹が鳴った。
殺し屋のパートナーでも、十八の乙女だ。
二回続けては流石に恥ずかしいな。
顔を手で覆って逃げ出したい……。
気を使ってか、「お昼にするっすか?」と、犬山が聞いてくる。
「いえ、大丈夫です」
「おやつの茎わかめバックに入っているっすけど、食べるっすか?」
「あっ、いや、大丈夫です」
おやつの申し出を断わり――女子高生のおやつが茎わかめな事は無視し――表情をシリアスに戻すが、またぐぅーとお腹が鳴った。
窓を突き破って逃げたい気持になった。
「……最後に一つだけ質問させてください」と、答えた。
「なんすか?」
私のお腹の状態には触れずに、犬山が答えた。ありがとう。
「犬山さんが名前を呼んだ三人は、NESTの人間ですか?」
映像の中で、犬山は三人の名前をあげていた。
犬山は顎に指を置き考えると、「あぁ、そうっすよ」と、答えた。
「愛瀬翔子、宮司屋空に来丸虎風っすね」
名前を言われても漢字が浮かんでこなかった。
凄い名前が多いな。
「偽名ですか?」
裏の世界では自分の名前を偽り、偽名を用いる事がほとんどだ。
「偽名っすよ。うちもNESTの殺し屋として働き出すとき、過去の戸籍を捨てたっすから、鷹弓社長に名づけられたんすよ。エリちんもそうじゃないんすか?」
確かにそうだ。私と刑の名前は日向子さんが付けたものなので、「そうです」と、答えた。
犬山は、「やっぱり」と答えると、「でもNESTの人間かどうかが関係あるんすか?」
「ええ。死んだ三人の内、二人は即死に見えたからです」
即死。
組織に属する殺し屋が、一撃で殺されたことになる。
殺人鬼とNESTの人間に、実力差があった証拠だ。
プロの殺し屋は一撃で命を奪う攻撃をする。
けれどプロ同士が争う場合、必ずしもそうはならない。
受け技に流し技を駆使し戦うため、死体には防御創が出来るのが普通だと言える。
けれど、防御創があったのは、来丸虎風だけだった。
「死体を検死していないからなんとも言えないすけど、ライちん以外はうちも即死に見えたっすね」
犬山も同じ考えらしい。
NESTの殺し屋を三人中二人を一撃で殺す技量を殺人鬼は持っていることが分かった。
「あの、NESTの三人の情報を教えてもらうことはできないですか?」
殺人鬼の技量を正確に測るためにも、NESTの殺し屋の力を確認したかった。
犬山は長すぎ袖を垂らしながら、「うーん」と、考え出した。
「教えてあげたいんすけど、死んだとは言え三人は組織所属の殺し屋っすから、情報を流すわけにはいかないんすよね」
確かにその通りだ。
写真や武器の情報があれば、過去にどんな仕事をしたかも調べれば分かる。
そう簡単には教えられないだろう。
「でも簡単な情報なら教えられるっすよ。携帯にメモしているっすから」
「ありがとうございます」
私が礼をすると、犬山は携帯をいじりだし、画面を見せてきた。




