第40話
教卓の後ろに立ち、クラスの生き残りを見回す。
犬山の情報があったから、誰が誰かはすぐに分かった。
教室は縦五列横五列の二十五脚の机が置かれていた。
一番左の列の前から二番目に、眼鏡をかけた小柄な少年が本を開いて座っていた。
青葉昂弥だろう。
青葉は本から顔を上げ、私を見つめた。
間違いなく美少年だが、倒れそうになるほどの殺気を感じた直後では、カッコいいと思う余裕は無かった。
隣の列には大柄な男子が腕を組み、背もたれに体重を預けながら座っている。
ブレザーは着ておらず、シャツの袖を捲っていた。露になった腕は、この距離から見てもよく鍛えているのが分かった。
スポーツマン風のイケメンだ。彼が白石来流だろう。
白石の後ろには彼に隠れるように、金髪を逆立てた、ヤンキー風の男子が頬杖を突きながら、気だるそうに座っていた。
彼も上着は着ておらず、シャツを第三ボタンまで外していた。
胸元にはお洒落で入れているのではないと一目で分かる刺青が見えていた。
龍の爪が見えているよ……。
気だるそうだというのに目付きは鋭く、私と視線が合うと、細い眉を歪ませて睨みつけてきた。
ガンを飛ばされたよ。
慌てて視線を逸らし、四列目に座った二人の女生徒を見る。二人とも同じ顔をしていたが、前列の少女は長い黒髪を垂らし、赤々とした口紅が印象的だった。
後ろの少女は長い黒髪を後ろで縛り、フレームのない眼鏡をかけていた。口紅は塗っていないようだが、薄桃の唇が艶やかだった。
どちらが亜弥でどちらが沙弥なのかは分からないが、双子とは言え、見間違えることは無さそうだ。
五人を見終え、私は口を開いた。
「初めまして。NESTから護衛に任命されました、歌波エリ……と言います。誠心誠意皆様の護衛を勤めますので、なにとぞよろしくお願い致します」
遊び心もない挨拶ではあるが、頭を下げるとパチパチと少ない拍手が送られた。
顔を上げると、青葉と白石と隣の犬山が拍手をしてくれていた。
ちなみに他のクラスメイトは、興味がないと言った感じで、下を向き視線すら送ってきていなかった。
「ツルちんにアヤちんサヤちんも拍手するっすよ」
犬山は拍手を促した。
なんだろう……拍手を促されるって、悲しい気持になるな。
それにしてもツルちんにアヤちんサヤちん……。
屋上では名字か名前を呼び捨てで呼んでいた犬山だが、ここではあだ名で呼んでいた。さっきまでは私に伝えるために、仕事用の呼び方をしていたんだろう。
私はエリちんと言う恥ずかしい呼ばれ方をしているが、鶴賀の呼ばれ方を考えると、可愛いとすら思えてきた。
鶴賀の……ツルちんは酷すぎるだろ。
思わず赤面してしまう。
だってツルちんって……キャー。
私がかまととぶっていると、同様の捉え方をしているようで、「その呼び方ヤメロや。犬っころッ」と、叫びながらツルちんが立ち上がっ……訂正。鶴賀が立ち上がった。
衝撃で椅子が倒れ、ガタンと音を鳴らす。
やっぱりツルちんは嫌だよな……。
ヤンキー風の、見た目の鶴賀がガンを飛ばすが、犬山は動じる事無く、「いつも言っているっすけど、それは出来ないっす」と答えた。
いつもこんなやり取りをしているのか?
鶴賀が怒る気持も分かるな……。
「男子には名字に、女子には名前にちんを付けるのがうちのポリシーっす」
ポリシーなんだ。
怒られるくらいなら、捨ててしまえば良いのに……。
「てめぇのポリシーなんか関係ねぇよ。双子の呼び方はどうでもいいが、俺の事は鶴賀さんってよびやがれや」と、鶴賀は独特の巻き舌口調で言った。
「あら。私達をなんかと呼べるほど、あなたは偉いのですか? お猿さんは? ねえ沙弥さん?」
犬山と鶴賀が話していると、黒髪ロングの少女――亜矢が後ろを振り向き、会話に割って入る。
「はい、お姉様」と、髪を縛った少女――沙弥が微動だにせずに相槌を打つ。
その瞬間、ドンッと言う轟音が教室に響く。鶴賀が拳で机を叩いた音だ。
「てめぇ今なんて言った」
「あら、お犬さんにきゃんきゃん鳴くので、お猿さんと呼びましたが、何か問題でも?」
亜弥はクスッと笑いながら言い放つ。
犬猿の仲の事を言いたいのだろうが、私には鶴賀を逆なでしているようにしか見えなかった。
テーブルに叩きつけた鶴賀の拳がふるふると震えているのが見える。
誰が見ても切れる寸前だと分かるのだが、前の席に座った白石は楽しそうに、「あっはっは」と笑った。
この状態を楽しめるって、どれだけ図太い神経をしているんだろうか?
「笑ってんじゃねえよ」と、白石を一喝すると、「誰が猿だと。殺すぞ!」と、物騒な言葉を口にした。
「殺す? サル山の大将が、この私を殺すですって? 冗談にも程があると思いませんか? ねえ沙弥さん」
「はい、お姉様」
亜弥の発言に鶴賀の顔が見る見る赤くなっていく。
「あらお顔が真っ赤で、本当にお猿さんみたいですわね。ねえ沙弥さん」
「はい、お姉様」
その言葉を聞き、鶴賀の震えが止まった。
「……あんまり俺を怒らすんじゃねえぞ」と言うと、鶴賀は立ち上がり、腰に手を回し、黒塗りの唾のない小刀――匕首を取り出した。
不味い。
口論から、武器を取り出す争いになった。
「犬山さん、止めないと」
犬山の肩を揺すり、耳打ちする。
しかし犬山は、笑って見ているだけで動こうとはしなかった。
「慌てなくて大丈夫だよ。いつもの事だから」
何事もないかのように、青葉は本に目を通したまま答えた。
「えっ、いつもの事って――」
青葉にどういうことなのか聞こうと話しかけると、ガシャンと言う音が遮った。




