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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第2章 十鳥日向子と依頼
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第36話

「次は出席番号二番、青葉昂弥っすね。青葉は鶴賀や姫路と違って、直径の子じゃなく、鳳凰會系青葉組組長、青葉鏡齋の長男っす。青葉高斎は姫路叡山の遠縁にあたり、鳳凰會の相談役をしているっす」


 相談役と言うと、組の中でも上位の役職になる。

 鳳凰會の相談役と言うと、なかなかの大物だ。


「あっ、ちなみに青葉は亜弥の許婚って言われてるんすよね」


 十八で許婚がいるのか。さすがはお嬢様だ。


 人生で一度も恋人がいなかった私としては、考えられないことだった。


 ……私の恋人は仕事だからいいんですけどね……。


「エリちんは青葉組の事は知っているっすか?」


「青葉組は名前こそ聞いたことありますが、青葉組のテリトリーで仕事をしたことはないので、詳しくは知らないですね」

 青葉組は確か隣の市を縄張りとしていたはずだ。

 車ならば三十分程だが、悪事を働く人が少ないためか、今のところ依頼を受けたことはなかった。


「じゃあ青葉組の裏の顔も知らないっすね?」


 裏の顔? 

 表の顔として、真っ当な会社の振りをする事はあるが、裏の顔なんてあるのか?

 やくざ自体が裏の顔の様なものだと思うのだが。


 

 分からないという表所が分かったのか、犬山は青葉組の説明を始めた。


「青葉組は鳳凰會の中でも独特な立ち居地らしく、国で言うところの裁判所の役割をしているんすよ。鳳凰會に不利益をもたらしたものを、捕らえ尋問し裁きを与える役割っす」


「尋問ですか……」

 裏の世界での尋問。

 つまりは拷問のことだろう。


 確かに裏の顔だ。


「組織が大きくなれば、情報漏えいやら、裏切り者も出てくるっすからね。NESTにも同じような部門があるっすけど、そこに所属している人は……嫌われているっすね」

 犬山も嫌いだと思っているのか、唇を尖らせながら言った。


 フリーの殺し屋の世界にも、拷問専門の人間はいるが、幸か不幸か私はまだ会った事はない。


 拷問屋に会うという事は……仕事をしくじったということだ。

 会うことがない事を祈りたい。


「エリちんは拷問をする上で大切なことってなんだと思うっすか?」

 唐突に質問が来た。


 拷問とは罰を与えるための側面もあるが、行なう理由の大半は……。

「情報を吐かせることですか?」


「うちもそう答えたんすよ」


 答えた? 

 つまり今の質問を犬山も誰かにされたということか?


「今の質問は、以前青葉にうちがされたもんなんすよ。うちもエリちんと同じ答えをいったんすけど、青葉は……殺さないことだよ……って言っていたっすね」


「殺してしまったら、情報を聞き出せないですからね。つまり加減が大事と言うことですね」


 私の答えに対して、犬山は、「ちょっと違うっす」と、答えた。


「加減はもちろんするっすけど、情報を聞きだす前に死かけたら治すって事みたいっす」


 治す?


「血を流させてしまったら輸血して、切りすぎてしまったら、縫合する。心臓が止まったら電気ショックで動かすみたいっすよ」


 まるで……。

「医者みたいですね」


「そうっす。青葉家の役割は尋問し、相手を治療する……ちょっと違うっすね……」


 言い表す言葉を探しているのか、顎に手をあて考え込むと、「……延命」と、呟いた。


 言いえて妙だと思った。

 命を延ばす。

 いずれ刈り取る命を尋問する間だけ、引き伸ばす。


「青葉は仕事のあった翌日とかに良く嘆いていたっすよ。僕は何のために治すんだって……」


 なるほど。


 殺し屋でも悩むとこがある。

 自分はなぜ人を殺すのだと。


 もちろん殺しの援助をする私にもあった。

 自分の手を血に染めてないというのに。


 悩み苦しんだこともあった。


 青葉の悩みは比べられないほど重いのだろう。

 拷問で苦しめ、治療をする。


 治せば待っているのは拷問による苦痛。

 治療が終るとき、それは全て聞き出し終えたとき。


 つまりは死ぬときだ。


 何度傷つけ、何度傷つけるために治してきたんだろう。

 何度死ぬ苦痛を与えてきたんだろう。


「……」

 返す言葉が見つからなかった。

 青葉の辛さが分かった気になっても、本当の辛さを私が知る事はできないのだから。


 私は人を殺めない傍観者。

 治すどころか傷つけもしない。


 私が何を言おうと、それは創られた言葉。

 心から分かる事はできない。


「……」

「……」

 気持が暗くなり、私も犬山も押し黙っていると、「……っと、青葉のプロフィールがまだだったっすね」と、笑みを作り言ってきた。


 けれど、会った時のような無邪気な少女のような笑みではなく、片思いしていた異性の友人から結婚の報告を受けた女性が作るような、強がって作り出した笑みのようだった。


 

 私はその事には触れずに、「はい」と答えた。


「青葉は身長百六十二センチ、靴のサイズは二十四センチっすね。うちのクラスの男子の中では一番背の低い男っすね。性格は穏やかでいつも本を読んでいるのが印象的っす。文学美青年を形にした男子っすね」


 文学青年は聞いたことあるが、文学美青年という単語は初めて聞いたな。

 早く教室に行きたい。

 文学美青年と言う言葉のインパクトは、悲しい気持を消すには十二分だった。


「戦闘技能は実際に見たり、NESTの情報網でも戦った事実は確認できないので、不明っすけど、壊さない壊し方を知っているっすよ」


 壊さない壊し方とは、矛盾する言葉に聞えるが、私には良くわかった。


 体を壊すが命までは壊さない。

 心は壊すが、命までは壊さない。


「医学の知識がハンパないっすからね。そこらの医師よりは治療がうまいんすよ。外科だけじゃなく内科の治療も出来るっすから、青葉に睡眠薬を処方してもらったこともあるっすよ」


 高校生の青葉が医師免許を持っているはずないので、睡眠薬の処方は違法行為だが、裏の世界の学園ならではの出来事だろう。


 ちなみに私は寝つきはいいほうなので、枕を抱けば直ぐに夢の世界にいけます。

 三秒あれば十分です。


「身の安全の為に何かしらは持ってきているはずっすけど、見た事はないっすね。ちなみに注射器や針とかの治療用具はカバンに入れて持ち歩いているっす。あと薬剤も持ち歩いているっす」


「注射器に針ですか……ちなみにメスとかは入っていなかったですか?」

 医者の技能があるなら、メスの扱いにも慣れているはず。

 メス=切れ味が鋭いという発想のもと聞いてみた。


「持っているはずっすけど、切り口もメスのような細いものではないっすよ。そもそもメスみたいに握りの細い刃物じゃ、動いている人間を斬ることなんか出来ないっすよ」


 そう言うものなのか……。

 殺しの世界に踏み入り三年目にして、衝撃の事実を知った。

 私のバタフライナイフも持ち手が細いから、変えたほうが良いのかな?


「青葉のプロフィールはこんな感じっすかね」


 犬山の持っている青葉の情報は以上らしい。

 詳しい武器の情報も、争ったという情報も得られなかった。


 青葉の強さを秤る事はできなさそうだな。


「十六人殺すことが出来るかどうかはわからなさそうですね」


「そうとも言い切れないっすよ」と、犬山は答えた。


 まだ話していない情報があるのかと思い、「それは?」と聞いてみる。


「プロフィールの説明でも分かるように、戦闘技能は分からないっすけど、暗殺技能は高いんじゃないっすかね」


 プロフィールでも分かるという事は、犬山の話から推測することが出来るということか。


 戦闘技能と暗殺技能は全く違うと言っても過言ではない。

 戦闘技能はその名の通り、戦闘する強さを表す。

 殺し屋だけではなく、軍隊や、武闘派のやくざまで強いものはいくらでもいる。

 生まれつきの強者から、鍛錬に次ぐ鍛錬により強さを手に入れた者までいる。


 暗殺技能もその名の通り、暗殺する技能の高さを表す。

 格闘技の強さは必要ない。いかに相手を殺すか。その一点にのみ特化した技能さえ手に入れればいい。

 護衛をになうこともあるNESTには少ないだろうが、フリーの殺し屋には格闘技能が無い者もいる。

 

 強い人間が好きな、日向子さんは否定するだろうが、人を殺すのに格闘技能なんて必要ないのだ。


殺す方法なんていくらでもある。

 絞殺・刺殺・射殺・銃殺・圧殺・扼殺・殴殺・撲殺・斬殺・轢殺・毒殺に……。


「薬殺ですか」

青葉のプロフィールを考え、答えを出した。

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