第31話
十鳥の十翼と言うものがあると聞いたとき、予想がついていた。日向子さんが一殺し屋だったとしたら、十鳥の翼なんていう名称が付けられるはずない。
それならNESTの十人でもいいはずだ。
それでもなお日向子さんの名前がついていることから考えると、トップは十鳥日向子だということだろう。
それに、三翼を斬翼と名付けたのも日向子さんだと思う。
あの人なら厨二的な名称を好んでつけそうだもん。
「十鳥日向子は三年前に十人の翼のうち、四人を引き連れて、急にNESTを抜けたんすよ。まぁその時にゴタゴタはあったんすけど、今は良好な関係みたいっすよ」
「ゴタゴタですか……」
日向子さんのことだ、急に抜けるなんて言い出して、仕事に支障でもきたしたんだろう。
抜ける抜けるなの押し問答でもあったのだろうか?
「ごたごたって言うか、戦争が起きたっすね」
ごたごたなんてレベルじゃない。争いまくっているじゃないか。
「組織を抜けようとする十鳥日向子と四人の翼と、掟を守ろうとする、当時二翼だった鷹弓社長と五人の翼が争ったすからね。戦争といって間違いはないっすよ。それぞれの力は拮抗していたみたいっすけど、抜けて仲介屋なんてやっているところから分かるように、勝ったのは十鳥日向子と四人の翼っすね」
日向子さんと響さんの二人でも十分化け物なのに、同程度の実力者十一人で争ったとなると、戦争以外の何者でもないな……。
町ひとつくらい消えるんじゃないか?
それにしても、日向子さんが掟を破ったとは何をしたんだろうか。
戦争を起こすほどの掟とは何なんだ?
私はその事を犬山に聞いてみた。
「掟を破ったって、日向子さんは何をしたんですか?」
「NESTの最大の掟は、ポイント・オブ・ノー・リターンっす」
「後戻りしたという事ですか?」
「そうっす。NESTに入った人間は、死ぬまで抜けることができない。NEST、そこが所属する殺し屋の家……巣であり、墓場でもあるからっす。それなのに、掟の体現者であるはずの、組織のトップ十鳥日向子は、簡単に破ろうとしたんすよ。そりゃあ戦争が起きるのも頷けるっすね。鷹弓社長はそれを許せば起きえるであろう事態を予見して、止めようとしたんすけど、ダメッだったすね」
「何が起きたんですか?」
「人材の流出ッす。十鳥日向子に続くように、下っ端から腕利きまで、組織を抜けようとしたんすよ。鷹弓社長は話合いから、手荒なことまでして、なんとか流出を最小限で防ぎ、自分が新社長になり、NESTの再建を果たしたんすよ」
話を聞いていると、日向子さんが悪いとしか言えないな。
なぜ日向子さんが組織を抜けたかは分からないが、サラエボでの一発の銃弾が戦争を起こしたように、日向子さんの身勝手な行動が、争いを生み出したのだ。
「そんなことがあったなんて、知らなかったです」
「知れば組織を抜けて、十鳥日向子の傘下に入るやつも出そうっすから、NESTでも若手には知らされていないことなんすよね。まっ、外で仕事をするようになったら嫌でも耳に入るような有名な話っすけどね」
「犬山さんはその話を聞いても組織を抜けようとはしなかったんですか?」
「うちは下っ端すから、組織の庇護がないとやっていけないっすよ。それに……」
饒舌に話していた犬山の口が突然止まった。
「……」
私は黙って言葉の続きが紡がれるのを待つ。
催促しようとはしなかった。
「……うちは戦争の時十五歳で、まだ組織の訓練所にいたんすよ。その教官が鷹弓派の当時の八翼、加賀美円だったんで、あの人の顔に泥を塗るわけにはいかないっすよ」
そう言うと一瞬だけ、切なげに笑い、「それにしても」と、話を変えた。
この話をこれ以上続けたくないのだろう。
加賀見円と言う人は犬山にとって、大きな存在だということが分かった。私もこれ以上詮索するべきことではないだろう。
「十鳥の翼の内、二人の名前を聞けるなんて驚きっすよ」と言った彼女の顔には、明るさが戻っていた。
「十鳥の片腕、三翼の猫屋敷響。通称斬翼の響。それに、四翼の秤恵美奈。通称味方殺しの死翼の秤の名前を聞けるなんて、予想もしていなかったすね」
「しよく?」
ザン翼という言葉から斬る翼と変換することが出来たが、し翼と言う言葉は、私欲や刺翼や視翼や死翼など色々と変換変換できたので聞いてみた。
「出会ったら死ぬ翼で死翼っすよ」
味方殺しに、死翼って、秤の通称は物騒なものだった。
「味方殺しとは、物騒な名前ですね」
「訓練所でも言われてたっすよ。任務に失敗したら秤が殺しに来るって」
「秤さんは、任務に失敗した人を処分していたんですか?」
組織では任務に失敗したものには死が待っていると聞いていた。
殺し屋を殺せるのは……より強い殺し屋だけだ。
「それだけじゃないっすよ。うちらみたいに大所帯の組織じゃ、情報を流すやからや、上の者の首を取って名を上げようとするやからまでいるっすからね。組織に不利益をもたらすものを消す人間。それが四翼の役割っすね。今の組織の四翼も同じ役割をしてるっすよ」
今も四翼があるという事は、「十鳥の翼はまだあるんですか?」と、聞いてみる。
「残っているっすよ。まあ十鳥と言う名前から、今は鷹弓の十翼と呼ばれているっすけどね。下っ端はみんな羽持ち……翼に数えられるのを夢見て頑張っているっすね」
頑張る。
それはよりターゲットを殺すということだろう。
多くの死をもたらしたものに与えられる称号。
それが羽持ちなのだろう。
「とまぁ、十鳥日向子の事が分かったところで、うちが言いたいのは、十鳥日向子に仲介されたエリちん……もとい、波原刑に会えるのが楽しみっすと言うことっすね」
「そんなに楽しみなんですか?」
「そりゃ楽しみっすよ。あの秤の再来と言われているやつっすよ。今回の依頼だって、秤を差し置いて任命されたんっすから」
「依頼主も秤さんに依頼したかったみたいですね。生徒としてしか入れないと言うのに、秤さんをどうやって潜入させるつもりだったんですかね?」
首をかしげ聞いてみる。
「えっ、そりゃ生徒としてっすよ」と驚いた表情を見せる。
生徒としてという事は、身分証を偽造して、十八歳として潜入すると言うことか。
けれど、大人がこの制服を着れば、コスプレ感が出てしまう気がするが……。
しかし私の疑問は、犬山のたった一言で解決した。
「秤は今十八歳っすよ」
「えっ!」
「秤が組織を抜けた三年前は十五歳の中坊だったっすから、今はうちらと同じ十八歳っすね」
「響さんの口ぶり的に三十代だと思っていました……」
響さんは年下の子供には男なら君、女ならちゃんを付け、大人にはさん付けか、呼び捨てで呼んでいた。秤さんもてっきり大人だと思っていた。
「秤は十二歳で羽もちになった、化け物っすよ」
十二歳。十二歳のときの私はまだランドセルを背負っていた頃であり、寝るときにティディベアを抱いて寝ていた頃だ。
その頃に羽もちになるなんて……。
私が衝撃を受けていると、犬山が口を開いた。
「ちなみに、今回の依頼を秤にお願いしようとしたってことが、どういうことか分かるっすか?」
秤さんにお願いすると言う事は、確実に依頼を完遂させたかったと言うことではないのか?
十二歳で羽もちになった秤さんなら完遂できる。
そう思ったからじゃ……。
「……ッ!」
唐突に私は犬山の言いたいことを理解した。
雲ひとつない空の下、日差しを遮るものが何もない屋上だと言うのに、私は寒気を感じた。
確実に依頼を完遂するには……秤さん並の力が必要と依頼主が考えていたとしたらどうだ。
今回のターゲットはそこまでの化け物だと思われているのか?
そんな化け物に……刑で勝てるのか……。
いや、もし刑で達成できないような依頼ならば、日向子さんが仲介しないだろう。
大丈夫。
刑なら……殺せる。




