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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第1章 波原刑と私
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第2話

 辺りを気にしながらビルを出て、弘前のねぐらのビルに踏みいり目的の扉の前に立つ。扉に耳をつけ中の音をさぐるが、物音一つしなかった。中には刑を含め、誰もいないのだろう。

 いるのは死体だけ。


「ふぅ」と、深呼吸し肺いっぱいに新鮮な空気を取り込み鍵の壊れたドアノブを掴み中に入ると、むせ返るような血の臭いが、鼻腔いっぱいに広がった。


 深呼吸しておいて良かった。この中で深く息を吸っていたなら、吐き気を催していただろうなと思いつつも、外での呼吸など付け焼刃に過ぎなかったと思い直した。

 三秒も過ぎると、胃の奥から込み上げてくるような吐き気を感じた。


「気持ち悪いなぁ……早く終らせよう……」

 私は顔をしかめながら、室内を見回した。


 室内は学校の教室二つ分ほどの広さがあった。窓が二箇所に取り付けられてはいるが、ブラインドが閉められており、陽光は遮られ、室内はうす暗かった。


 明かりをつけようかとも思ったが、暫くすれば目も慣れ、問題はないだろうと思い私は歩を進めた。


 室内は閑散としていて、インテリアと呼べるものは皮製のソファーにガラス製のテーブルが置かれているのみだった。

 他に室内に置いてあるものとしては、インテリアとは到底言うことのできない、部屋の奥に積み上げられた、大量の段ボール箱、そして倒れこんでいる死体が上げられる。


「……ひい、ふう、みよ、いつ……む……」

 指差しながら死体の数を数える。電話で聞いていた通り、死体は六体あった。


 一体は首にナイフが刺さり、仰向けに倒れ死んでいた。グリップを掴み垂直に引き抜くと、ピュッと音を立て血が噴出した。


 血が着いたためか、頬が温かくなるのを感じる。刃渡り十センチほどの両刃のナイフからは、ポタポタと血が滴り落ち、足元に幾つかの血の花を咲かせた。


 

 頬の温かさと、足元の花により、この男がついさっきまで生きていた事を実感する。

 私はリュックを腕にかけなおし、中からハンカチを取り出し、頬を拭う。白いハンカチに、血の跡が付いていた。


「……これは洗わないとダメかな……また失敗しちゃった……」

 ナイフを引き抜けば、血が飛び散るのは当たり前のことだというのに、忘れて引き抜いてしまった自分に落胆しつつ、私は顔の汚れを後回しにし、武器の回収作業を急いだ。

 ナイフに付いた血をハンカチで拭いバックにしまった。


 二体目の死体は床にうつ伏せに倒れていた。頚動脈を切られたのだろう、右側に血溜りを作っていた。


 三体目は、喉から血を滴らせながら、跪くような体勢で事切れていた。


 四体目は胸を刺されたのだろう、シャツを赤く染め上げうつぶせに倒れていた。その上には五体目の死体が折り重なっていた。

 血で汚れたシャツを枕の様に頭にし、眠っていた。茶髪の髪を、血で汚しながら眠る彼は、安らかな眠りについているとは言えないだろう。彼の口からは、ナイフのグッリプが生えていた。


 私は彼の枕元――死体の傍らで中腰になり、今度は返り血を浴びないように、口元をハンカチで押さえながら、引き抜いた。

 反動で死体の首が横になり、シャツの上に真っ赤な涎が浸透していく。

 

 引き抜いたナイフの血をハンカチで拭い、バックにしまいこみ、最後の六体目の死体に向かい、歩を進める。

 オールバックにした髪を血で赤く染め上げた死体。弘前の死体へと。


 弘前の死体は、積み上げられた段ボール箱に背中を預け、部屋の隅に無造作に置かれたティディベアーのように、足を放り出し座っていた。

 だらりと垂れ下がった右腕からは血がぽたぽたと滴り落ち、刺し傷があることが分かった。


 足元にはナイフが二本落ちていて、どちらも見慣れた刑のナイフだった。一本は投擲に使ったのだろう、リュックにしまった二本と同じ、刃渡り十センチほどの両刃のナイフだ。


 腕からの出血と、電話から聞えてきた、金属同士がぶつかり合うような音を照らし合わせて考えてみるに、弘前は投擲され、腕に突き刺さったこのナイフを、左手で抜き取り刑と対峙したのだろう。

 拾い上げ、血を拭い刀身を確認して見ると、ひび割れており、グリップの直ぐ上の部分が欠けていた。もうこのナイフを武器として使用する事は不可能だと思ったが、この場に残していくわけにも行かないので、バックにしまった。


 そして落ちている最後の一本に手を伸ばした。先程の三本のナイフとは違い、ずしんとした重量が手に伝わる。

 そのナイフは、片刃のファイティングナイフで、刀身は二十五センチ、グリップを含めると、優に三十センチを超えるという、大振りのものだ。


 先程の三本は、投擲を主な目的とした、スローイングナイフと呼ばれる種類のものだったが、このファイティングナイフは、敵の肉を引き裂き、骨を砕く事を目的とした、より殺傷能力の高いナイフといえる。その威力は弘前の死体が物語っていた。


 頭頂部から突き刺したのだろう。頭蓋骨を突き破ったナイフの一撃は、顎を貫通するほどの威力だった。顎に開いた穴からは、血と脳髄の入り混じった赤黒い、液体とも個体とも言いがたいものが、ぽと、ぼとっと、滴り落ちていた。

 

 死体に慣れているはずの私でも、思わず顔を背けたくなる光景だった。

 ファイティングナイフにも血と脳髄がこびり付いていた。


 私はハンカチで刀身を拭った。血とは違う柔らかいゼリーのような感触が指先に伝わったが、手を止める事無く作業を進め、ナイフをリュックにしまった。


 部屋をもう一度見回して見る。刑の武器のしまい忘れをしてはいなさそうだった。


 見回し、そこで私はあることに気づいた。

「―――足跡が……ない?」


 室内には刑の足跡はどこにもなかった。わたしは血を踏んで、足跡を残すというヘマをしないよう、注意して歩いていたが、刑は殺しをしながら、血溜りを作りながら動いていたというのに、室内には、ターゲットの男達の大きな足跡しか残っていなかった。


 武器を回収した今、刑の痕跡はどこにも残っていなかった。


 まるで初めから刑はこの部屋には入っておらず、死体が元からインテリアとして置かれていたような感覚すら、覚えてしまう。


「……ハァー、疲れているのかな……」

 この三日ほとんど寝ずに、この部屋と、弘前の動向を監視していた疲れなのか、この部屋の血でむせ返る匂いのせいなのか、分からないが、思考がおかしくなってきた私は、思わずため息を漏らした。


 心と体に疲れを感じた私は、早く家に帰り休むため、仲介屋に仕事完遂の報告をすることにした。


 携帯を取り出し、電話を掛ける。

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