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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第2章 十鳥日向子と依頼
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第28話

 またドクンと心臓が鳴った。


 息を吸いつつ、右足を下げ、対峙する体勢を作る。


 構える私を見ると、犬山は肩をくすめた。

「素手でうちの相手が出来ると思ってるんすか?」と言うと、ナイフでちょいちょいとバックを指す。


 武器を取れと言うことなのか?


「素手でこの学園に来たって訳ではないっすよね?」


 もちろん武器は持参している。そしてバックに入れているが、なぜ武器を取る事を許すのだ?


 私はパニックになりそうだった。


 犬山が私を襲うなら、彼女が犯人と言うことだろう。


 犯人が殺し屋――正しくは殺し屋のパートナーだが――を狙う理由なら分かる。

 殺られる前に殺ということだ。


 組織の殺し屋であり、今回の依頼の協力者である犬山だが、決して容疑者から外れているわけではない。


 十六人を殺した殺人鬼が犬山明日葉だったと言うことなのだろうか。


 けれど……彼女が犯人なら……何のためにナイフを取る事を要求するのだ?


 刑を呼ぶべきなのか?

 それとも、言われたとおり武器を取るべきか?

 けれど、十六人を殺したNESTの殺し屋に私のナイフが通じるのか?


 様々な考えが私の頭に浮かんでは、消えていく。

どうするのが正解なのか……と、考えながら犬山の構えを見る。


 ……あれっ?


 犬山の構えを見て、私はブレザーを脱ぎ捨てると、バックを開き、バリソン社のバタフライナイフを一本取り出す。


 犬山は私のナイフを見ると、「バタフライナイフっすか。プロで使っている人を見るのは久々っすよ」と、笑った。


 バタフライナイフは強度に難があるので、プロでは使う人はいないだろう。携帯性は高いが、実践には不向きだ。


 その事は分かっていたが、私は彼女の言葉には答えず、右手でナイフのグリップを握り直し、軽く振り遠心力でブレードを出す。


「おっ、手馴れているっすね」


 彼女の言葉を無視し、片足を引き、半身の体勢をとると、犬山にナイフの切っ先を向ける。


 犬山は舌をぺっろと出すと、唇を舐める。


「準備は……出来たみたいっすね!」

 話し終える前に犬山は飛び出した。低い体勢でのナイフを構えての突進だ。


 速い。


 

 後ろが扉だと言うのに構わず突っ込んでくる。


 避けられるかと言う思いが頭によぎるが、身体は考えるよりも早く動き出した。

 サイドステップで右に飛び、着地した足を軸に右回りし、そのままがら空きとなった犬山の側面に突きを放つ。


 犬山はまだ見てもいない。


 決った!


 そう思ったとき、犬山は見もせずに、左手を振り上げる。ナイフのブレード同士がぶつかり合い、ガキンッと音が鳴った。


「……ッ!」

 重い。


 

 フィンガーリングナイフとバタフライナイフでは、力の伝導率が大違いだった。グリップにしっかり握りがついている彼女のナイフとは違い、私のバタフライナイフでは、ナイフ同士で打ち合うには向いていなかった。


 一度交えただけで、手が痺れるのが分かった。


 落としそうになるナイフをしっかり握り、バックステップで距離をとり、体勢を立て直す。


 完璧に虚を突いたというのに……反応速度が違いすぎる。


 このままただ突いても防がれるだけだし、何度も防がれれば、私の手がもちそうになかった。

 私は半身の構えから、ナイフを逆手に持ち直し、両足をやや内股にし、重心を落とした構えに変える。


「守りの構えっすか」

 リングに通した指で、ナイフをくるくると回しながら言った。


 私はじりじりと後退する。


 一見無防備な状態に見えたが、一度交えただけで実力差は分かっていたので、守りの構えと言うこともあるが、攻め込むことができなかった。

 

 間違いなく犬山のほうが強い。


 微かな差などではなく、子供と大人ほどの差。


 プロとアマチュアほどの差があるだろう。


 更に下がり、三メートルほど離れた瞬間、犬山は一歩踏み込み、薙ぎ払うようにナイフを一閃した。

 ブレードを立て一撃を防ぐ。

ナイフがぶつかった瞬間、右手が吹き飛んだんじゃないかと言う衝撃が襲うが、歯を食い縛り耐える。


「……ッ! シャァッ!」

 力を込めナイフを弾き上げる。


 犬山の左腕が跳ね上がる。


 チャンスだ。


 好機が訪れたと同時に逆手のナイフを突き立てるように前に飛び出す――が、弾かれたのも、犬山の誘いだったようで、跳ね上がった左腕はピタリと止まり、そのまま振り下ろされてくる。


 

 左右に避ける余裕も、後ろに飛ぶ時間もない。


 ならば……と、私は更に前に飛び、そのまま体ごとぶつかる。ナイフは避けられたものの、小柄な体格の私だが、同様に小柄な犬山を押し倒す事は難しくなかった。


「ぐぅっ」と、犬山から声が漏れる。

 

倒れながらも、マウントの体勢に移り、犬山の上に乗り、首元に順手に持ち直したナイフの切っ先を向ける。


 勝った。


 これが相撲ならば、座布団が舞うほどの、大方の予想を覆す、大勝だろう。


 そう思った瞬間、ナイフのグリップとブレードの間を犬山のナイフが一閃する。


 いつナイフを振ったのかも見えなかった。

 油断していなかったとは言いきれないが、それを差し引いても、異常な早さだった。


 衝撃が右腕に走り、ナイフが弾き飛ばされる。

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