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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第2章 十鳥日向子と依頼
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第27話

「この後続く三部屋は、特進クラス専用の学習室になっているっす。昼休みや放課後に、うちらのような護衛人には分からないような、経済書やら、法律書の勉強する部屋っすね」

 どの部屋も、壁沿いに本棚が設置され、難しそうな本が陳列されていた。部屋には机がなく、丸テーブルが五つ置かれていた。


「ちゃんと勉強しているんですね」

 学生の本分は、勉学に励むことだと言うのに、思わず口走しってしまった。

 やくざの子供とはいえ、やくざが勉強をしているイメージが湧かなかったからだ。


「組関係の学校っすけど、特進クラスの学力は県内では抜きん出ているはずっすよ。うちらのような外部業者や、SP代わりの組の護衛の生徒はともかく、組のご子息や、ご令嬢方は、一年で大学入試レベルの学力は身につけるっすからね。二年では経済と法律の知識と、大学レベルの学問、三年では経済と法律の上級知識を身につけるっす」


「そこまでやるんですか……」


「うちらは着いていけないっすから、普通科の授業内容のプリントをやっているっすけれどね。エリちんも今日は、プリント授業受けるっすよ」


「……はい」

 口角がぴくぴく動くのがわかる。

 苦笑いしか生まれてこなかった。

 勉強などここ三年はしてこなかったので、プリントが出来るとは思わなかった。


「一階はここで終わりっすね。渡り廊下を抜けると、職員棟になるんすけれど、そっちは放課後にでも見るとしましょうっすか。さっ、次は二階っすね」

 手すりに手を付き、階段を軽やかに上っていく。


 踊り場まで来ると、犬山は足を止め、くるりと振り返った。


「二階なんすけれど、一階との違いは、一番奥の教室が二年六組の教室になるっす。上の階の騒音が、下の階の授業に影響を与えない配慮になっているっす」


「じゃあ三年六組は……一番手前ですか?」


「そうっす」


 話を聞くと、一年六組の二階上に三年六組があるようだ。


「教室の場所をずらす配慮が、犯人にとっては好都合だったんっすね」


 十六人も殺害すれば、物音がしないはずなかった。それなのに誰にも気づかれずに、犯行を及べたのは、この校舎のつくりがあったお陰かもしれない。


「それで、二階三階の説明なんすけれど、一階と同じだから省略して、事件の話をゆっくりできる場所に移らないっすか?」


「事件の話ができるなら、行きたいですね」


「じゃあ付いてきてくださいっす」と言うと、階段に向き直り、また上がっていく。


 三階も通り過ぎ、階段を上りきると、一つの扉があった。

 鍵は掛かっていないようで、犬山がドアノブを回すと、ギギギと言う音と共に、薄暗い踊り場に、光が射し込んできた。


 扉をくぐった犬山に続き、私も扉をくぐると、一面に青空が映し出された。


「わぁ……綺麗」

 思わず感嘆の声をあげてしまう。


「そうっすよね。ここは普通科校舎や、職員棟からは上ってこれない、特進校舎の特権っすよ」


 特進校舎の特権。それはこの屋上からの景色。


 三階建ての校舎の屋上からは、遠くの景色まで見通すことが出来た。 

 色づく山々に通いなれた駅からの道のりや町並みも、上から眺めるとまた違った美しさを感じさせられた。


 犬山は辺りを見回し、鞄とブレザーを置くと、カーディガンの袖を腕まくりし、扉の横に備え付けられたはしごを上りだした。

 はしごを掴むために、腕まくりしたんだろう。


「今日は誰も来ていないみたいっすね」と、校舎の最上部を覗き言った。


 その時風が吹き、犬山の短いスカートがふわりと捲れ、スカートの中が露になった。


「あっ……」

 私は声をあげた。


 もちろん、パンツが見えたことに対しての感嘆の声ではない。

 私は響さんとは違う。


 はっきり言うと、パンツは見えなかった。スカートの中に黒のスパッツを履いていたからだ。


 私が声をあげたのは、犬山の右太ももに小さなホルスターをつけていたからだ。

 中身は装着されていないようなので、何が入っていたかは分からないが、銃を仕舞うにはホルスターが小さいように気がするので、ナイフを仕舞うものだろう。


 その光景に、今いる場所は応法学園、裏の世界に属する場所だと再実感させられた。

 武装が許される場所。


 思わずナイフをしまったカバンを持つ手に力が篭る。


 そこでふと疑問が湧いた。ホルスターとは銃やナイフをしまう物だ。

 それが空なら……中身はどこにあるんだろうか?


 その時、梯子を握る犬山の左手がきらりと輝いた。左手に持つ何かが太陽光を反射したのだ。


 眩しさで、思わず片手で目を覆いそうになる。


 何に反射したんだろうかと、確認したく目を細めて見てみると、突然犬山が梯子から飛んだ。


 約二メートル半の高さから、落ちたのでも飛び降りたのでもなく、弧を描きながら、空中で一回転――バク宙だ――をしながら、私の背後へと飛んだ。


 何ぜ飛んだんだ? 

 と、考える余裕はなかった。


 頭上を越えていくときに、犬山の左手に――ナイフが握られているのが見えた。

 グリップの先に人差し指を通すリングのついた小ぶりのナイフ。フィンガーリングナイフだ。


 ナイフを確認した私は、咄嗟に前方に転がり込み、足が地面につくと同時に百八十度反転する。


 さっきまで私が立っていた場所にはナイフを握った犬山が立っていた。


「なっ、何をしているんですか!」

 もちろん、突然飛んだ事を聞いているわけではない。ナイフを構えている理由を聞いた。


「可笑しな事をいうんすね」

 クスッと笑うと、「ナイフを構えた人間がすることと言ったら……一つっすよ」と、猫目を輝かせ、ナイフの切っ先を私に向けた。


 刃渡り五センチ程度のファインがーリングナイフは小型拳銃のようなフォルムで、銃口を向けられたような気分になった。


 ドクン。

 心臓が高鳴る。


 考えるまでもなかった。

 

 ナイフを握っている理由……それは殺すためだ。

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