第26話
「……」
返事の言葉が見つからず、私は押し黙った。
犬山も返事を求めてはいないようで、ロッカーの前に進んでいくと、四と番号札が貼られた扉を開け、中から白い上履きを取り出した。
つま先にゴムのカバーのついたシューズだった。
「こんな所で、立ち話もなんですから、中に入るっすか」
「そうですね」
「エリちんの出席番号は二十三番になるっすよ」
私は番号を指で追い、二十三番の札を見つけ、ロッカーを開ける。
「あっ……」
当たり前のことだが、中は空だった。
上履きも持参するべきだったのか。もちろんカバンにも入ってはいない。
こういうときはどうするべきなのか……。
裸足で歩くわけには行かないし、土足ももちろんダメだ。来客者用のサンダルとかないかな?
私がキョロキョロ辺りを見回すと、「上履きないっすか?」と、犬山が聞いてくる。
「はい……」と答えると、「えっと……」と呟き、私の足元に視線を送った。
「二十二・五……いや、二十三センチっすかね」
「足のサイズですか?」
「そうっすよ」
「はい。二十三センチです」
犬山が答えたのは当たりだった。響さんといい、犬山さんといい、なぜ一目で当てられるのだ?
「当たりっすね。そのサイズだと……」と、呟きながら、別のロッカーの列に歩いていく。
一年生か二年生のロッカーだろうか。
「おっ、ビンゴっすよ」
ロッカーを開けると、中から上履きを取り出し持ってくる。
「これ、うちの後輩の上履きっすから、使っていいっすよ」と、上履きを差し出す。
「私が使ったら、持ち主が困るんじゃないですか?」
今ロッカーに入っているという事は、遅刻か欠席だろうが、もし遅刻なら、後で困ることになる。
「大丈夫っすよ。一、二年は今回の件が解決するまでは、自宅学習で、登校はしないっすから」
初耳のことだった。
これだけの事件を起こした殺人鬼がいたんだ、登校させたくない気持はわかる。
私も出来れば、来たくはなかったし……。
「お言葉に甘えて、お借りします」と言いながら、受け取る。
上履きの土踏まずの部分には、二十三センチと印字されていた。履いてみると、フィットした。
ロッカーに革靴を入れ、扉を閉めると、「それじゃ中を案内するっす」と犬山は言い、歩き出した。
「まずは一階なんすけど、昇降口、階段、トイレの後に、教室が四つ並んで、渡り廊下と階段が並んだ造りになっているっす。あっ、トイレの向かいには水飲場もあるっすから、喉乾いたらそこで飲むと良いっすよ」
トイレの前で、アバウトな説明を聞く。
校門付近は豪勢な造りではあったが、校内はいたって普通の造りだった。
見回しながら進んでいくと、「一番手前の教室が、一年六組っすよ」と、犬山が指差す。
中を覗いてみる。木製の机が並び、黒板の前には教卓が置かれている普通の教室だった。
教室の後ろにはロッカーと、掃除用具入れもあった。
変ったところと言えば、窓ガラスが曇りガラスになっていることと、ロッカーの上に置かれた進学校には不似合いな水槽と、教室が通常の学校よりも広いことくらいか。
「普通の教室なんですね」
「そうっすよ。教育委員会の視察やらもあるっすから、一般の教室を意識して作っているみたいっすよ」と答えると、「あっでも、窓ガラスは特別製っすね」と付け足した。
確かに曇りガラスの学校は、珍しそうだが、特別製とはどういうことだろうか?
「廊下側は、職員等に面しているから普通の窓っすけど、外に面している、教室内の窓は防弾使用になっているっすね。三十口径の狙撃ライフルにも耐えられる作りみたいっすよ」
犬山の話に私はなるほどと頷く。
組関係の子供が通っていれば、命を狙う人もでてくるだろう。窓の外は柵まで庭園が続き、その外には木々が生い茂っていた。身を隠して、狙撃するにはうってつけの環境だ。
教室を見回す。
「三年六組の教室も、同じつくりなんですか?」
「どのクラスも、教室は同じ作りっすよ」
それならば、このどこにでもありそうな教室に、十六人の死体があった事になる。床に死体が転がっている様子を想像してみる。
折り重なるように、寄り添うように、死体が転がっている様子。
思わずぞっとした。
これから私は、その惨状を生み出した人間に会う。
背中に寒気が走り、ずきんと、偏頭痛がした。
怖いなと思うと、「じゃあ進むっすよ」と、犬山が歩き出す。
頭痛に耐えながら、私は後を追う。




