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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第2章 十鳥日向子と依頼
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第18話

 弘前の依頼を受けたときもそうだ。私は結論を急ぐ傾向がある。

 パズルのピースをはめ終える前に、絵を答えてしまう子供のように。


 集めたピースの一つ一つの意味を考え配置し、繋げ、絵を完成させ、初めて一つの作品になる。


 ピースの足りない絵は、額には飾れない。ピースを置き間違ったパズルは、絵にさえならない。


 私は応法学園の門の前に立ち、そんな事を考えていた。


 今回手にしたパズルのピースは、応法学園の実情について。


 三つの暴力団が作った学校。


 表向きは、両家の子息が通う新学校。


 十六人もの人の命を奪った、殺人鬼がいること。


 そして十鳥日向子から仕事を仲介されたことだ。


「響さん……許さない……」と、小声で呟く。


 そんな私を尻目に、生徒達は守衛に向かい、「おはようございます」や、「ごきげんよう」と、挨拶をし門を通っていった。


「はぁ」と、ため息を漏らし、私は朝の出来事を思い出した。


 約束の七時半に、喫茶雛鳥に向うと、日向子さんと響さんが待っていた。

 モーニングコーヒーを入れているのか、店内はコーヒーの香りが漂っていた。


「おはようございます」


挨拶をすると、カウンターに座った、寝巻きのスウェット姿の日向子さんが、椅子を回し振り返った。

「エリちゃんおはようさーん」


 ドリップしたコーヒーの香りが漂う中、片手にサンドイッチ、片手に缶コーヒーという、喫茶店ではあるまじき姿をしながら、弾むような声で言った。


「エリちゃんおはよう。コーヒーが出来たところなんだけれど、飲んでいくかな?」と、響さんがカウンター越しに話しかけてくる。


 響さんは、スウェット姿の日向子さんとは違い、昨日と同じく、白シャツにベスト姿だった。開店前の時間だからか、エプロンはつけてはいない。


「えー。響君の淹れたコーヒー飲むくらいなら、缶コーヒー飲んだほうがましだよ。エリちゃん缶コーヒー飲もうよー」


 私としてはドリップしたコーヒーのほうが飲みたかったが、長いものには巻かれろの精神で、「じゃあ缶コーヒーを……」と答えた。


「缶コーヒーは、お手軽、美味しい、程よい苦味が楽しめる、完璧な飲み物だよね。今はチェーンのカフェと提携したものから、各社がバリスタと協力し、試行錯誤した作品が出回り、市場競争も過熱しているから、味は日に日に上がっているよね」


 まるで、缶コーヒーのプレゼンをするように、饒舌に話すと、「響くん、エリちゃんに缶コーヒー一本、エリちゃんのつけで出してあげて」と、頼んだ。


 奢りじゃないんだ。

 響さんはカウンター下の冷蔵庫から、缶コーヒーを取り出し、カウンターの日向子さんの席の隣に置いた。

 ここで飲みなと言うことなのだろう。


 コーヒーの置かれた席まで進み、「失礼します」と、一礼し着席した。


 鼻腔に淹れ立てのコーヒーの香りを感じながら、「いただきます」と言い、プルトップを開け缶コーヒーを一口飲んだ。


 口の中に程よい苦味が広がる。依頼を前に高ぶりつつあった気持が、落ち着いていくのが分かった。


「どう? 美味しいでしょ」

 ドリップコーヒーを淹れている響さんの前で言うのは、心苦しかったが、味は間違いなく美味しかった。


 もう一口のみ、私は店の隅の階段に視線を移した。


「刑はまだ寝ているんですか?」


「まだ夢の中かな。仕事前に、可愛い天使の寝顔を見ていく?」

 日向子さんは、缶コーヒーを指先で持ち、イタズラな笑みを浮かべた。


「いえ、大丈夫です」


 寝ているのなら、そのままにして置いてあげたかった。いつ相対するかは分からないが、今回の依頼のターゲットは、弱いと言うことはないだろう。

 少しでも体力を回復させて、殺しに挑んだほうがいい。


「刑は……私が潜入中はどうするんですか?」


「刑ちゃんはエリちゃんから連絡があるまではここで待機かな。どのくらいの時間で犯人を見つけ出せるかも分からないし、ずっと学園そばに潜ませておくわけにもいかないしね。そこで今回は、エリちゃんには定期連絡をしてもらおうと思うんだけれどいいかな?」

「定期連絡ですか。それは刑にですか、それとも日向子さんにですか?」


「どっちでもいいよ。定期連絡をして、犯人が分かりそうになったら、響くんが自慢の愛車で、学園側まで刑ちゃんを連れて行ってあげるから」

 日向子さんは言うと、「あっ、もちろん無料でね」と、にっと笑った。


「さぁってと、そろそろ準備しようか」

 残ったコーヒーを喉に流し込み、日向子さんは立ち上がった。

「響くん、手配して貰ったやつ、持ってきてもらえる?」


「了解」と、返事をすると、響さんはカウンターの奥にある扉を開け、バックヤードに入っていく。


 何を持ってくるんだろうか。


「手配したやつと言うと……なんですか?」


「えっ、エリちゃん本気で言ってるの!」

 質問をしたら驚かれた。

「これからエリちゃんは、女子高生として、学園に潜入するんだよ。その為の七つ道具を手配したんだよ」


 七つ道具って何だと思っていると、響さんが紙袋と、紺色の服を手にし、バックヤードからでてきた。


「七つ道具その一。制服だよ」


「……あっ……」

 失念していた。高校に潜入する以上制服を着ていくのが当たり前だ。


「高校といったら制服でしょ。制服を着ていない高校生なんて、意味ないものだよ。もはや制服が高校生といっても過言じゃないよ」

 日向子さんは熱く語ったが、制服が高校生は過言だと思う。


 制服だけが独りでに登校。制服だけが授業を受ける姿を想像した。現代の新たな妖怪の誕生だ。


「エリちゃん見て、この品の良い濃紺のブレザーに、濃紺のスカート。白シャツに映える赤のリボンもポイント高いね」


 響さんから制服を受け取ると、自分に合わせ、よりいっそう熱く語りだした。


「現代ではセーラー服が減り、ブレザーが増えてきたから、セーラー服愛好家は嘆いているけれど、私は逆だね。ブレザーにはセーラーには出せない色気と可愛さの融合があるよね。下と上を合わせるブレザーも良いし、下だけチャックのスカートと言うのも、ポイント高いね。あと、セーラー服は黒髪だと重く見えがちだけど、濃紺のブレザーなら、黒髪が映えてグーだね。今回はワンポイントとして、シルバーのバレッタも用意したから、付けてみてね」


 勢いと熱さに圧倒され、私は「はぁ……」と頷くのがやっとだった。


「足元は革靴なら何でもオーケーみたいだから、茶色のローファーを用意したよ。靴のサイズは二十三で良いんだよね?」


「……あっ、はい」


「靴下は黒が良いか、白が良いか、響くんと一昼夜議論したけれど、白にすることにしたよ」


 真剣な表情で言っているが、それは大人二人で、一昼夜も議論することなのか?


「白にしたのは、僕の案だよ。エリちゃんの透き通るような白い肌には、同色の白が良く似合うと思うよ」


「制服も靴下も全部響くんが手配してくれたんだよ。ほら、エリちゃん着てみて、着てみて」

 制服と紙袋を手渡された。

 紙袋の中には、四角の紙箱が入っていた。革靴が入っているんだろう。


「えっと……制服は、どこで着替えれば……」と、制服を胸に抱きながら、目を爛々と輝かせる、日向子さんに聞いてみると、「ここですればいいよ」と、くい気味で響さんが答えた。


「響くん黙れ」と一喝すると、「裏のバックヤードで着替えると良いよ」と、日向子さんが、カウンターの裏を指差した。

 さっき響さんが入っていった部屋だ。

「あっ、響くん、覗いちゃダメだよ。覗いたら、コ・ロ・ス・ぞ」と、笑顔で物騒な事を言う。


 そんな日向子さんに響さんは、「分かっているよ」と、微笑を浮かべた。


 本当に分かっているのだろうか?


 不安になる。

 この人、覗く気満々な気がするな。


 不安を感じながら、「それじゃ、着替えてきますね」と、カウンターの裏に回りこみ、バックヤードに入る。


 悲しいことに、バックヤードの扉には、鍵はついていなかった。


 日向子さんが響さんを止める事を――多少暴力的な事をしてもいいので――願いながら、扉を閉めた。

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