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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第1章 波原刑と私
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第17話

 がめつい訳ではない……筈だ。

 確かにお金は大事でしょう。


 人が生きていく上でお金は必須であり、幾らあっても困るものではないでしょう。

 いや、多すぎるお金は税金の問題はあるか。


 あっ、でも私達の報酬は世間には報告できない収益だから、確定申告の必要はないか。


 兎も角、私はお金にがめついのではなく、必要最低限のお金を確保したいだけだ。

 それが四千万と高額だと言うこともあり、人一倍お金を欲しているだけだ……って、あれ?

 これはがめついって言うことなのか?


「おーい、エリちゃん戻ってこーい」

私がお金について真剣に考えていると、日向子さんに呼び戻された。


「あっ、はいっ、がめつくないです」


「……そんなこと聞いていないよ。何回も呼びかけても反応なしだから、幽体離脱しちゃったのかと思ったよ」


 返事なしイコール幽体離脱はどうかと思うが。


「返事しないから、エリちゃんの精神が、あの世へ飛んでいったのかと思ったよ」


 それはもう幽体離脱じゃなく、死亡じゃないかと思ったが、話を聞いていない私が悪かったので、「すいません。聞いていませんでしたので、申し訳ないんですが、もう一度お願い致します」と、謝る。


「じゃあもう一度言うね。今日はここでお開きにして、明日の朝七時半にうちに集合してね」


 明日の集合時間の説明をしていたのか。


 今日は気づかれもしていたので、できれば休みたかった。これ以上の情報は今の状態では、頭に入りそうになかったので、ありがたいことだ。


「分かりました。刑にもそう連絡しておきますね」


「刑ちゃんには私から話しておくから大丈夫だよー」


「ですが、今回は潜入捜査の打ち合わせも必要なので、私から話したほうがいいんじゃないですか?」


「エリちゃん何か勘違いしていないかな?」


 勘違い? 

 私が何を勘違いしているというのだ。


 理解できなく、小首を傾げる。


「今回潜入するのは、エリちゃん一人だよ」


「……はぁっ?」



 今までの話で、日向子さんは私と刑の二人で学園に行くとは言っていなかったが、てっきり二人で潜入捜査をすると思っていた。

 けれど、考えてみれば、潜入するのは三年生の教室だ。刑は入り組むのは難しそうだった。


「エリちゃんが潜入捜査して、刑ちゃんに犯人を伝えたら、突入する。今回もいつもどおりの形で行くしかないよ」


 そう言うと、わたしの肩をポンと叩き、「頭脳班の腕の見せ所だね」と言った。


「刑が突入するのは、応法学園のルールに反しないんですか?」


「そこは、仲介屋として私が動くよ。姫路の爺様には貸しもあるし、刑ちゃん一人なら、なんとかするよ」


 日向子さんが何とかすると言うなら、刑の突入は滞りなく出来るだろう。

 私が心配しなければならないのは……。


 私の頭の中を読んだのか、日向子さんは「お金は取らないよ。ホントなら一束くらいは貰いたい所だけれど、今回は無茶な依頼だし、無料でやらせてもらうよ」


 一束だと百万か。

 そのくらいの請求はあると思っていたが、無料と聞き、ほっと胸を撫で下ろした。


「あっ、それから応法学園のこと調べるのはいいけど、ネットくらいに止めてね。情報屋を使うと、学園でなにかあったと露見しちゃうから、ダメだからね」


 情報屋を頼ろうと思っていたが、私は渋々頷いた。


「ネットで調べられる内容なんて、微々たる物だし、パンフレットの内容と大差ないくらいだから、今日はこのパンフレットを読んで大人しくしているんだよ」


 パンフレットを手渡され、パラパラめくって見る。校舎の写真や地図は確認できそうだが、裏の世界のことがわかりそうなものは無さそうだった。


 どうやら今日は、装備の準備など最低限の事しか出来そうになかった。


 私はリュックを下ろし、中から血のついたビニール袋を取り出し、交換するようにパンフレットをしまった。


「響さん、これ刑のナイフなんですけれど、磨ぎをお願いしてもいいですか?」


「ああ良いよ」と、受け取って中を覗き込むと、「一本は処分かな?」と言った。


「はい。一本は刑のファイティングナイフとぶつけ合ったので、ひび割れたみたいですね」


「じゃあ、このダガーの補充もしておくよ」

 血がつきひび割れたダガーを、ライトに照らし覗き込みながら言った。


「お願いします」と頼み、リュックを背負い直すと、さっきまでとは違い、軽く、肩の荷が下りたのがわかった。

 物理的にも、気持的にも、弘前の依頼に一段落ついた。


「それじゃあ……明日の朝、七時半にまた来ますね」


「刑ちゃんには会っていかないの?」

 日向子さんが親指でお店の隅の階段を指し示した。


 そう言えば、刑が無事に帰ってきたかどうか確認していなかったことに気づいた。


 勝手に無事に帰ってきていると思っていたので、気にも留めていなかった。


 パートナー失格かもしれない。


「刑は……無事でしたか?」


「無事だったよ。怪我一つしていなかったし。タクシーで帰ってくるなり、ご飯を食べて寝ちゃったね」


「それなら、起こすのもなんですから、今日も会わないで帰りますね」と、私は微笑を作った。


 響さんみたいには上手く笑えなかったのか、日向子さんがそんな私に、悲しげな目を向けた。


「……」


「……」

見つめてくる日向子さんに、話す言葉が見つからず、私は沈黙した。


 沈黙が辛かったのか、日向子さんから何か言葉をかけられるのが恐かったのか、私は、「失礼しますね」と、顔を背け逃げることにした。


「また明日ねー」と、扉に向かい歩き出す私の背中に、日向子さんの言葉がぶつかる。


 重い扉に手を伸ばし、力を込めて開ける。


 外の陽射しが店内に射し込んでくる。


 外に出て振り返り一礼すると、日向子さんは椅子に座ったまま、響さんはカウンターの奥で手を振っていた。

 無邪気な笑顔と微笑が向けられているはずなのに、降り注ぐ陽射しのため、輪郭がぼんやりと白んでいた。


 ポケットに手を入れると、紅葉がくしゃっと、音を立てた。


 私は殺し屋のパートナー。


 殺し屋波原刑のパートナー。


 私の手は汚れていなくても、心は汚れている。


 紅葉した葉も、青い葉も落ちれば同じ。


 どっちも……。

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