第149話
「二人っきりになったし、愛の告白をしてきていいよ。フル準備は出来たからさ」
フラれるのかこの僕が。
捨てられるのか……この僕が。
そもそも僕が告白するわけがない。
日向子に敵意はあっても好意はないんだからね。
日向子だって僕に悪意はあっても善意はないんだしね。
僕と日向子の関係はそんなものだ。
「僕は愛の告白はしないよ。僕がするのは哀……悲しい告白だけさ」
「悲しいね。秤はなにが悲しかったのかな?」
頬杖を付き僕の心を覗き込むように瞳を見つめてきた。
「悲しいよ。日向子の思惑通りの結末を迎えることになったんだからね」
「思惑通り? うん? それは……皆が無事に帰ってきてくれたことかな? まあ刑ちゃんは大怪我をしちゃって今は病院にいるから無事ではないか」
「違うだろ。君の狙いは……僕と刑を引き離すことだろ?」
「おかしな事を言うね。秤と刑ちゃんを引き離して私に何のメリットがあるの?」
「メリットは十分にあるよ。波原刑と言う稀代の殺し屋を手駒に出来るからね。刑はいずれ僕を殺しに来て、命を刈り取ってくれるはずさ。そして、僕の死を見届けて命を絶つ。これは僕の望みでもあり刑の望みでもある。日向子だって十分承知しているだろ?」
「そうだっけ?」
日向子はしれっと答えた。
知らないはずはないだろうに。
「けれど、刑の側に僕がいなかったらどうだい? 逃げ回る生活をしなければならなくなり、刑に近づけなくなれば、僕を殺すことはできない。つまり、僕を殺して刑が死ぬことはないと言う事さ」
僕の言葉を聞き、日向子は椅子から降りカウンターの中に入っていった。
「よっと」と、掛け声と共に私に向かい缶コーヒーを投げてきた。
「微糖なら飲めるでしょ。長くなりそうだから喉を潤しながら話でもしようか」
席に戻ると日向子はブラックの缶コーヒーのプルトップを開け、「さて、話の続きと行こうか」と言った。
「続き? 今ので終わりだろ。日向子は刑をずっと手元に置き続けたいから、僕を追い出す。いや、追い払うと言ってもいいね」
「うーん。じゃあミステリー事件の後だから、こう聞こうかな。根拠はあるのかい? うん、良いね良いね。事件の犯人になった気分だよ。私が犯人だとするなら、秤が探偵役かな? それともエリちゃんが言っていたみたいに、探偵の助手役かな?」
僕はプルトップに手をかけ、封を開け口にする。
甘みの中に微かな苦味が感じ取れた。
確かに美味しいが僕としては響のコーヒーにミルクを入れて作ったカフェオレの方が好みかな。
「エリハが助手のワトソンなら、僕はさしずめホームズかな。君もそう思うだろ? ねえモリアーティー教授」
と、僕。
「たはははは」
と、笑い、「それじゃあ私が黒幕みたいじゃない? 私はただの仲介屋のお姉さんだよ。事件の仲介をしただけで黒幕呼ばわりはないんじゃないかな? そもそも、私が事件の事を知ったのは姫路の爺様から依頼を受けた時だよ。その時にはもう十六人は死んでいた。ほら、私が黒幕である可能性はゼロ。ゼロパーセントだよ。このコーヒーの糖分のようにね。さあホームズさん、どう弁明するのかな?」と、僕の推理を楽しむかのように言うと、缶コーヒーに口をつけた。
「……日向子は何の事を言っているんだい? 事件は昂弥が暴走し、明日葉が偽装を行った。それを知った姫路叡山が犯人を昂弥意外にするようにNESTに指示を出し、念のために生き残りの口封じと、首里組の追及を止めるために松山を唆した。これが十六人の少年少女が死んだ事件の真相 であり全てだよ。僕が言いたいのは、起承転結の承。この事件の裏で僕と言う存在を抹殺するために暗躍したのが、日向子、君だと言っているんだよ」
「うーん。面白い仮説だけれどその証拠はどこにあるのかな?」
僕の推理を楽しんでいるのか、コーヒー片手に面白そうに聞いてくる。
「証拠? 日向子が証拠を残すようなずさんな暗躍するはずないだろ。ただ、証拠はなくても根拠はあるよ。なぜ刑のバックの中に僕のコルトを忍ばせたんだい?」
僕は指を鉄砲の形に曲げ日向子を指差す。
「ふーん。それが根拠なの?」
と、つまらなそうに返事をすると、「犯人は十六人の裏の世界の人間を殺した相手だから、もしもの時の為の保険だよ」
と、答えた。
「日向子嘘はいけないよ。高々腕が立つ程度のヤクザの子息令嬢に響の教えを受けた刑が負けると本気で思っていたのかい? 違うだろ? 日向子は犬山明日葉が鷹弓の十翼であり且つ共犯者だと知っていたからコルトを持たせたんだろ」
「ああ、言葉が足りなかったね。そう、そう。犯人の共犯者が明日葉ちゃんだと分かったから持たせたんだよ」
「それはいつ分かったんだい? まさかエリハが電話で犯人の名前を出した挙げた時とは言わないだろ? あんな短時間じゃコルトをここから持ち出して、学園に向う時間はないだろうしね」
「……ホームズの推理力には参っちゃうな。いつ気づいたか? 答えは簡単。秤が犯人が昂弥君と明日葉ちゃんだと気づいたときだよ」
「僕と一緒か。それは……図書室で昂弥と話したときと言うことかな?」
「ザッツラーイト」
両手の親指を突き出しおどけるように言った。
「あれはエリちゃんの優しさが生み出した奇跡だよね。もしあの場にいたのが秤だったとしたらあの言葉を引き出せなかっただろうね」
「そうだね」
と、僕は認めた。
昴弥が図書室で壊れたかのように自分を卑下した時、エリハは組を抜けて日向子を頼れと言った。
エリハからしたら自然と出た言葉だろうが、本当ならば失言だ。
あの時、エリハは自分をNESTの殺し屋と名乗っていた。
それだと言うのに、いがみ合っているはずの日向子を頼れといってしまったのだ。
本当ならば、どうして十鳥日向子を頼れと言うのだと聞く場面だが、昂弥はエリハがフリーの殺し屋であり、十鳥日向子の仲介を受ける者だと初めから知っていたから、この失言に気づく事無く返答してしまったんだろう。
ではなぜ知っているのか?
答えは昂弥が案内者であるNESTの明日葉から殺し屋が学園に潜入する事を聞いていたからだ。
そして逆に考えれば、明日葉の存在にも疑問が湧いてくる。
なぜ明日葉は昂弥にエリハの存在を教えたのか?
それは二人が共犯であるからだろう。
ではなぜ共犯なんだ?
そして、護衛任務を失敗した明日葉は生かされているんだ?
そう考えていけば答えは出た。
その答えはエリハが導き出し、屋上で言ったとおりだろう。
僕とエリハの違いはいつ気づいたかの違いだけだ。首里組の襲撃を終えた後と、図書室で昂弥と話し合った直後の違い。
それだけ。