第148話
「……ッ!」
驚く亜弥とは裏腹に、僕の中でパズルのピースが組み合わさり、答えの絵が見えたので、僕の心は落ち着いた。
「なるほどね」
僕の中で疑問はあった。
なぜ日向子は亜弥を手元に置こうとしているのかと言うことだ。
失礼な話ではあるが、亜弥の力は殺しの世界では中の上程度だろう。
あの首里組のカマキリ男にも劣る。
まあ、これから響や日向子の指導を受ければ多少は強くなるだろうが、それでも姫路叡山の首を取れるかどうかの確証はない。
それじゃあなぜ手元に置くのか?
答えは、僕をもってして末恐ろしいと感じさせた来流を手駒にするためだろう。
「それは鶴賀組からの依頼かい?」
「依頼主の素性を担当するわけでもない殺し屋に教えるわけないでしょ」
と、僕の目を見つめ日向子は言った。
その瞳から感情を読み取る事はできなかった。
はいと言っているようでもあり、いいえと言っているようでもある。
やっぱり読めないな。
「ただ今回の依頼で一番の難点が、来流君一人だと爺様を殺せるか不安なんだよね。外にでるときはNESTの羽持ちが護衛についているし、屋敷の中にいるときはどこに爺様がいるか分からない。あぁあ、どこかに姫路邸の内情に詳しい殺し屋がいればいいんだけどなー」
と言うと、白々しく亜弥をチラリと見た。
「つまり私ならば殺せるということでしょうか?」
「亜弥ちゃんもこの依頼受けてくれるかな?」
「はい。やらせてください」
「良かった。良かった。亜弥ちゃんなら依頼を受けてくれると思っていたよー」
良かったとは言うが、日向子は初めから亜弥に依頼を仲介するつもりだったのだろう。
どんな手を使ってでも、イエスと言わせただろう。
そうしなければ……来流を手駒にできないのだから。
日向子は病院のベットで横たわっている来流にこう言ったのだろう。
亜弥が殺し屋になり姫路叡山の殺しの依頼を受けたと。
そして、このままで行けば、残されたクラスメイトでもある亜弥が死ぬ事になる。
誰かが彼女の手助けをしないと。
そう言ったのだろう。
だからこそ、来流は殺し屋になる事を決意した。
全ては日向子が来流を手駒にするための策略だ。
やっぱりこの人は恐ろしいな。
欲しいものを手にするためならば、目的を達成するためならば手段を選ばない人間。
姫路叡山なんかよりもよっぽど狸だ。
「さあ、そうと決れば亜弥ちゃんも訓練しないとね。今の技量じゃ爺様のところに辿り着く前に死んじゃうからね。とりあえず当面は訓練を受けながら、依頼をこなしていこうか。爺様抹殺の依頼の期限はまだまだあるから、まずは一年以内に明日葉ちゃんを殺せるくらいの技量は身に付けてもらおうかな」
「……お犬様と言うと……NESTの十翼を殺せる力と言うことですか? 私に出来るでしょうか……」
「出来るよ。流石に妃弓や、それに近い力を持つ翼には届かないだろうけど、十翼の中でも下に位置する明日葉ちゃんくらいなら一年あれば追いつくと思う」
まあ、確かに明日葉の力は僕がいた頃の十翼に比べれば驚くほど弱かったのは間違いないな。
そもそも刑が負けたのが信じられないくらいだ。
「亜弥ちゃんは獲物はナイフだったよね? 来流君は巽爺に指導してもらうんだけど、亜弥ちゃんはどうしようか? ナイフなら響君にお願いするのが一番なんだけど、響君は刑ちゃんの訓練もあるし、亜弥ちゃんにセクハラするのも目に見えているからな……久々利君にお願いしようかな」
「僕はセクハラなんかしないよ」
響は微笑みながら言うが、信憑性はゼロだった。
亜弥もそのことがわかったのか、怪訝な目で響を見ていた。
「そうだ。今から来流君と刑ちゃんの入院している病院に行くんだけど、そこに巽爺と久々利君も護衛としているんだ。亜弥ちゃんも挨拶に行かない?」
「はい。ご一緒させていただきますわ。ご指導していただく方がいらっしゃるなら、挨拶に伺わないといけないですから」
「それじゃ響君、車出してもらっても良いかな?」
「構わないけど、店はどうする?」
「どうせお客様なんて誰も来ないだろうし、閉めちゃって構わないよ。依頼の仲介も今日は断わるつもりだったしねー」
オーナーである日向子は閑古鳥が鳴く店内で言い放った。
まあ、車も一台通るのがやっとと言った狭い裏道にあるこの店には、まず普通の客は訪れない。
訪れるのは殺し屋か依頼人だけ。
開けても閉めても遜色はないのだろう。
喫茶店のオーナーが缶コーヒーのほうが美味しいといっているような店だ、営業努力をし、店を流行らせるつもりなど微塵もないのかもしれないな。
響がエプロンを外すと、亜弥も席を立った。
亜弥はいまだ席に座ったままの僕にチラリと視線を送る。
「秤様も行きますよね?」
「僕は日向子と話があるから、先に行ってもらってもいいかな? 日向子、ちょっといいかい?」
「いいけど、二人っきりで話したいなんてもしや愛の告白かな? 秤は百合っ子ちゃんだっけー? えー。話だけなら聞かないでもないけどー」
髪を指にくるくると絡めながら、おどけた風に言うと、「愛の告白されちゃうから、響君と亜弥ちゃんは先に行っててもらってもいいかな? 私達はタクシーでも拾っていくからさ。あっ響君! 二人っきりだからって亜弥ちゃんに変なことしちゃダメだよ。もし変なことしたら去勢するからねー」
呪詛のような言葉を日向子が口にすると、「出会って直ぐにはしないよ」と、微笑みながら、カウンターから出てきた。
手には車の鍵が握られている。
「……」
亜弥は『出会って直ぐにはしない』と言う言葉に顔を曇らせながらも、響のエスコートで扉に向かい歩を進める。
開け放たれた扉をくぐる時、亜弥は振り向き、「先に行ってますわ」と、一礼した。
「うん。またね」と、僕が手を上げると、亜弥はまた一礼し喫茶雛鳥を後にした。
またね。
これは便利な言葉だ。
いつのことか明言せずに再開を誓える言葉なんだから。
三分後でもまた。
三時間後でもまた。
三日後でもまた。
三年後でもまただ。
いつかもわからない再開を誓い、僕は閉められた扉に向かい、もう一度、「またね」と呟いた。
日向子はそんな再開の言葉を吐いた僕を見て、楽しそうに、にっと笑った。
店内には僕――元十鳥の四翼、秤絵美奈と、元NESTの社長、現仲介屋十鳥日向子の二人が残った。
さあ終演の時だ。
嘘つきが揃ったこの事件の登場人物の中でも最大の嘘つき二人が残った。
大嘘付の揃い踏みだ。