第144話
「そう言う事だよ。彼の嘘は……犯人が誰か分からないと言ったことなんだよ」
「最初から分かっていた? それは可笑しいですわ。犯人が鶴賀様ならともかく、青葉様だったのですよ。なぜ庇うんですの?」
「庇うのは徳人でも亜弥でも沙弥でも誰でも良かったんだよ。彼は自分以外の誰かが死ぬ事を怯えているようだったからね」
昨日、応法学園で出会った裏の世界の住人の中で最も強かったのは間違いなく来流だろう。
明日葉と一対一で殺り合っても来流が勝つと僕は思う。
誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも甘く、誰よりも……心が弱かった。
それが白石来流だ。
「昨日エリハが始めて教室に入ったときの事は覚えているかい?」
「昨日ですと……そう言えば緊張して顔色が真っ青になっていましたわ」
「あの時、エリハは緊張していたわけじゃなよ。ただ僕と来流のお互いにぶつけ合った殺気に当てられたんだよ。僕は人一倍殺気には敏感だからかな? 来流のただただ守りたいと言う気持ちから洩れでた殺気に気づいてしまったんだ。いや、誰も殺したくないと言った彼から溢れ出た殺気には殺意はなかったら、殺気と言うと語弊があるかな? 言うなれば非殺気かな?」
非殺気と言う言葉にピンと来なかったのか、亜弥は納得しないかのような顔でコーヒーを啜った。
「犯人でも守りたい。私にはその気持ちが理解できませんわね」
「生まれ育った環境の違いは、人間の感性さえ左右するんだよ。裏の世界で生きてきた人間には表の世界の人間の考えは分からないだろうね。来流は表の世界の人間だと言うのに、その強さを受け入れられるのは裏の世界だけだった。彼の生い立ちは気になるね」
「白石様が元々は表の世界の人間だとは聞いていますが……生い立ちがどう関係するんですの?」
亜弥の言葉を聞き僕は視線を響に送った。
昨日エリハはノートに『来流の意味とは?』と書いていた。
好奇心旺盛な日向子が調べていないなんて事はないだろう。
「……生い立ちは時間がなくてまだ追えていないけど、名前の意味から多少は想像できるかな」
「どんな意味だったんだい?」と、聞いた僕の質問に響はたっぷりと間を置き答えた。
「……死の道。ライはアイヌ語で死。ルは道って意味だったよ」
「 興味深いな。元々神威と名づけられるはずの子供が、死の道と名づけられた。彼が生まれてそれだけの事が起きたんだろうね。そして徳人もそれを知っていてこう言った。来流になるなと。うん。面白い。日向子が欲しがるはずだね」
「私には今一、意味が分からないのですが……どういう事なんですの?」
亜弥は今日何度目かの、どういう事なんですのと聞いてきた。
口癖なのか、理解の範疇を越えた出来事が続いた末口癖になったかは分からないけれど、疑問を持つ人は好きだから僕は答えてあげることにした。
「亜弥は気づいていたかな? 首里組の松山を殺したときの白石の動きは僕をもってしても末恐ろしさを感じたよ。間違いなく教室にいた人間の中ではトップといえるくらいに強かったね。体は」
「体ですか……」
亜弥が考え込むようにぼそりと呟いた。
「けれど、彼の心は誰よりも脆かった。血を恐れ強行に及んだ昂弥よりも、僕を殺したい思いと、殺されたい思いが一つの体の中で渦巻いている刑より、表の世界の人間のような甘い言葉を口にするエリハよりも、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと弱かったんだ」
そこで一度言葉を止め、亜弥の瞳を覗きこむ。
「亜弥、問題だ。君に表の世界のボーイフレンドがいたとして、一緒に外を歩いていました。そんな時、君の命を狙って刺客が銃を乱射してきた。君は避けて刺客を撃退したが、ボーイフレンドは流れ弾に当たり死んでしまった。さあ、ボーイフレンドを殺したのは誰かな?」
僕はなぞなぞのような問題を出す。
もちろんなぞなぞでも引っ掛け問題でもない。
ただ、答えが二つある問題なだけだ。
一つは銃を乱射した人間。
もう一つは……。
「私ですわ。私が狙われる原因を作った以上、彼を殺したのも私ですわね」
「そうだね。手を汚しても殺意が全くなくても、死なす原因を作った人間も殺したといえる。来流も同じなんじゃないかな? 彼は誰も殺していない、殺したくないと言ったけれど、本当は心の中で自分が皆を殺したんじゃないかと考えたんじゃないかな? 昂弥を犯人と言わなかったのは自分が告発して彼を死なすのが恐かった。しかしその結果、徳人と沙弥が死んだ」
沙弥の名前が挙がったところで、亜弥の瞳がまた射殺すように鋭くなった。
そりゃそうだろう、僕の話し振りじゃ、沙弥を殺したのは――来流と言った様なものだからね。
「早まった考えを持つのは待って貰ってもいいかな? 僕は別に来流に復讐しろなんて言っているわけじゃないよ。君が復讐を果たすべき人間は別な人なんだからね」
そう、亜弥が殺すべき相手は来流ではない。来流同様初めから犯人が昴弥だと知っていたあいつだ。
「僕が言いたいのは、彼は自分が皆を殺していると考えている。その考えを否定するために、徳人が来流になるな。人を殺したくないお前のその力は人を殺せる。つまり力を使って死なせてしまい、初めて殺しになると言いたかったんだよ。来流も馬鹿だね。誰かを殺してしまえば楽になるというのに。自分は人を殺す人間なんだ。だから他の死も全て受け入れようってね。まあ、それができないからこそ……日向子に目を付けられたんだろうね」
「十鳥日向子ですか」
「日向子は裏の世界の人間のクセに甘い考えを持つやつが大好きだからね。刑のようなエリハのような、来流のような七五三の千歳飴よりも甘ったるい考えの人間が大好きなんだよ」
と言い、「まあ千歳飴なんて食べたことはないけれどね」と、続ける。
「十鳥様は変わったお方なんですね」
亜弥は昨日、日向子が僕らを迎えに来た時も気絶したままだったので会っていないし、病院から戻ってくる時も日向子は所用で出ていたので会っていないようだった。
一度でも会えば日向子を変わったなんて表現するはずがないからね。
あいつは変わっているんじゃなく……異常。
いや、異常者が集まるこの世界において異常と称される事を考えると……異端か。




