第143話
響の内心を想像してクスッと笑うと、「どうしたんだい? いきなり笑って気持ち悪いな」と、響が微笑みながら言ってきた。
「おや。気持ち悪いかな? 君はエリハの事を気に入っていたじゃないかい。顔が同じなんだから僕の顔を可愛いと思うものじゃないのかい?」
「秤とエリちゃんは別物だろう? 例え同じ顔をしていたとしても、中身が違うんじゃ愛することなんてできないさ」
「そういうものなのかい?」
「そうさ。エリちゃんは可愛らしく少しドジで短気でお尻が可愛くて、毒舌で頑張り屋でお尻が可愛くて健気な胸の小さく夢見がちな美少女だったんだよ。君みたいな無感情な女じゃないよ」
うん。あながち間違いではないだろうな。
私もそうイメージでエリハを作り出した。
そう。一般的な女の子を想像して作り出したのがエリハだ。
僕の持っていないところを持っている少女。それがエリハだ。
僕が理解できない感情を持った少女。それがエリハだ。
だから、僕は響がお尻が可愛いと二度言った事に触れずに話を進めようとすると、「セクハラですわ」と亜弥が突っ込みを入れてきた。
突っ込みと言うのは話を円滑に進めるためにも必須なスキルだというが、亜弥が持っているとは思わなかったな。
うん。貴重な人材だ。
「セクハラ? ああ、そうか」と、響はグラスを置き、手をポンと鳴らし、「アヤちゃんは少しお尻が大きめだけど、ハリもあって美尻だから安心していいよ」と、言った。
「それがセクハラだって言うんですわ。そもそもなぜハリがあると知っているんですの? 触った? 触ったんですの?」
「うん。がっしり掴んだよ。昨日ヘリから降ろすとき、僕が抱きかかえて降ろしたからその時触れたんだ」
「抱きかかえたときに触れたのは事故だとしましょう。けれど、擬音ががっしりの時点で意図的ではありませんか。ああ。もうお嫁にいけませんわ……」
カウンターに項を垂れると、「大丈夫だよ」と、響は言った。
「今の時代、籍を入れずに暮らすカップルも増えているし、お婿を貰う人だって増えているらしいよ。お嫁にいけなくたって大丈夫だよ」
「そう言うことじゃありませんわ」
面白いやり取りだな。
そう思って眺めていると、亜弥は響からソッポを向くように僕を向いた。
「……話を戻しましょう。みんな嘘つきと言うのはどういう事ですの?」
響に何を言ったところで話が通じないことに気づいたのか、亜弥は事件の話しに戻した。
「そのままの意味だよ。皆がみんな嘘つきだった。勿論、亜弥も沙弥も僕もね」
亜弥はコーヒーに口を付け心を落ち着けると、「確かにそうですわね」と、呟いた。
「そう。亜弥も沙弥も明日葉も徳人も来流も昂弥もみんな嘘つきだったね」
亜弥は僕の言葉に引っかかる所があったのか、少し考え込んだ後、「白石様もですか?」と聞いてきた。
学園での話と喫茶雛鳥での昨日の経緯の話しで、姫路姉妹が姉妹の関係を偽っていたこと、鶴賀が姫路姉妹の奏でたピアノの音を聞いていないと言った嘘、青葉が犯人はハイドだと言った嘘、明日葉がNESTの下っ端ではないとを言う嘘を暴いたが、来流だけは話してはいなかった。
エリハも気づいていたようだが口にしなかった嘘だ。
「来流の嘘は簡単なことだよ。彼は犯人が誰なのか最初から分かっていながら、知らないと言った嘘だよ」
「……えっ?」っと、僕の発言を全く予想していなかったようで間の抜けた声を漏らした。
「来流は徳人を庇わなかったんだよ。主従関係にあるはずの来流と徳人なのに、徳人は来流を庇い一緒にいたと言った。けれど、来流は寝ていて分からないと言ったんだよ。これはどうしてなのか、答えは簡単。徳人に真実の報告をさせ、自分自身のアリバイのみ立証出来ない様にする為だろうね」
「立証できないと言うと、容疑者から外れる事はできないのでは?」
「そう言う事だよ。もしかしたら犯人として指名されてもいいと思っていたのかもしれないね」
「意味が分かりませんわ。それでは、犯人として処理されてしまうではないですか」
「そうだよ」
と、僕は言い、少し乾きかけた喉をカフェオレで潤した。
「考えてごらん。徳人はどうして来流を庇ったのか」
「それは……」と呟き、亜弥はその理由を考えると、シンプルな答えを出した。
「犯人だと思ったからではないのですか?」
「そう。徳人は犯人は来流だと思ったんだよ。その事に来流も気づいていた。気づいて考えたんだろうね。なぜ自分を疑うんだ? 姫路姉妹も犯人の可能性があると言うのに。そうか、徳人はいつも姫路姉妹のピアノを聞いていた。事件のときも聞いていたんだ。つまり徳人と姫路姉妹は犯人じゃない。だから犯人だと疑われたのか……ってね」
僕の話を聞き、亜弥は目を見開いた。
どうやら僕の言いたかった事に気づいたのだろう。
「簡単な引き算だね。自身が犯人じゃないと分かっている来流が、時間的なアリバイがある
明日葉と徳人と姫路姉妹は犯人じゃないと分かった。残ったのは一人。昂弥だけ」
「……白石様は……最初から犯人が分かっていたのですか?」