第13話
「えっと……これって……」と、戸惑いの声を出す。
「それは今年の応法学園のパンフレットだよ。エリちゃん応法学園って聞いたことない?」
「聞いたことくらいならありますよ。区の外れにある学校ですよね。両家のご子息が通う、進学校で有名っていうのは、聞いたこともありますけど……」
日向子さんは、「そうそう」と、頷くと、私からパンフレットを奪い取りパラパラめくる。
「私としては、学生には勉強だけじゃなくて、部活に恋愛、不順異性交遊に励んで、真実の青春を謳歌してもらいたいものだけれどね」と、困ったような表情を見せる。
困っているのはこっちだ。
依頼書がパンフレット?
意味が分からないよ。
いや、この学園にターゲットがいるくらいは考えついてはいるが、ターゲットの顔や、名前が分からなければ、暗殺の仕様がない。
そう考えていると、パンフレットの裏に写真が載っているのが見えた。
「貸してもらっても良いですか」と言い、返事も待たずに日向子さんの手からパンフレットを奪い取り、ひっくり返し、裏面に視線を落とす。
そこには学園長と書かれた男の名前と写真が載っていた。
なるほど、そういう事か。
「この男を殺せ。そういう事ですね」と、写真を指差す。
けれど日向子さんから返ってきた答えは、「えっ、違うよ。その人はただの学校の校長先生だよ。殺しの依頼が来るわけ無いじゃん」だった。
私の予想は外れていた。自信満々に答えていた分、恥ずかしいという思いが込み上げてくる。
顔が赤くなりそう。
「じゃッ、じゃあターゲットは誰なんですかっ?」
恥ずかしさのあまり、声が裏返りそうになる。
「ターゲットは……」
溜める日向子さん。
よほどの大物の名前が出るのではないかと思い、緊張感が増し、身構える。
「……わかんないんだよねー」
「……はっ?」
予想外の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
ターゲットがわからない?
私には日向子さんの言っている意味が分からなかった。ターゲットが分からないのならば、暗殺のしようが無いじゃないか。
「ターゲットがわからないとは、どういうことですか? 名前がわかっているが、顔がわからないとか、顔はわかっているが、名前がわからないとかですか?」
「うーん、名前も顔もわからないんだよね」
それなら本当に暗殺のしようがないではないか。
その事を言おうとしたが、「だけど」と言う日向子さんの言葉を聞き、言葉を飲み込んだ。
「だけど……クラスならわかっているよ」
クラスならばわかる、顔も名前もわからないは可笑しいんじゃないか?
クラスがわかれば、その担任の名前や写真を手に入れるくらい、容易なことなんじゃないか?
「クラスがわかるなら、それなら――」
それなら担任の写真を手に入れるくらい出来るんじゃないのかと、言おうとしていたが、一つの考えが頭に浮かび、言葉を変えた。
「それなら……生徒?」
暗殺のターゲットを大人だと決め付けていたが、子供の可能性もあるのではないかと思い言った。
可能性としては限りなく低そうではあると思ったが、「そうだよ」と、日向子さんは、はずむような声で答えた。
「子供を……殺すんですか?」
刑の手で高校生を殺す。
想像したくなかった。
あの小さな手で握られたナイフで、十代の子を殺す。
「子供と言っても高校三年生。エリちゃん今十八歳なんだし同い年だよー」
六月生まれの私は、今十八歳。
高校に通っていたならば、三年生になる年だ。
「同い年でも、やはり子供を殺すのは……刑だって殺りたくないんじゃ……」
甘いと言われるだろうが、私には子供を殺す手助けをするのは腰が引けた。
刑を出汁に使ってしまったが、出来れば殺りたくなかった。
「そもそも、五百万もの金額で高校生の殺しの依頼が来るなんて、その子が何をしたって言うんですか」
私達のようなフリーの殺し屋には高額の依頼は、そうそう回ってくるものではない。そんな中、回ってきた五百万の依頼。高校生が何をしたなら、そんな高額の以来のターゲットになるというのだ。
私の思いに日向子さんはたった一言で答えた。
「十六人殺した」と。