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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第9章 波原刑と私
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第137話

「――ッ刑」

 と、叫び私は駆けつけ抱きかけた。

「刑ッ、当たったの? 刑ッ」


「……」


 抱きかかえた手にはぬるっとした手触りを感じる。手に視線を移すと血で赤く染まっていた。


「……ッ」

 ブレザーとシャツを一緒に捲りあげると、雪のように白い刑の脇腹から血が脈打ちながら溢れてきた。

「……病院。今病院に連れて行きますからッ」


 制服が汚れるのも厭わずに私は刑の体を抱き上げ刑の瞳を見つめると、私の背後に注がれていた。


「無理っすよ。うちが行かせるとでも思っているんすか?」

 背後には顎からだらだらと血を流しながら犬山が立っていた。

「いやー。こんなに上手く決るとは思わなかったすね。どうだったっすか? 太腿に手がぶつかって暴発しないか見た演技と進行方向を塞いだときに見せた笑みは。左手に持っているのがデリンジャーだと思ったっすか?」


「……」

 刑は歯を食い縛り痛みに耐えながら犬山を睨みつける。


「そんなに睨まないで欲しいっすね。ケイちん、動きが速かったっすし、なかなか攻めて来なかったっすから、知恵を働かせたんすよ。そのお陰で手首が痛いこと痛いこと」

 犬山は右手首をぶんぶんと振った。


 手首を返しデリンジャーを撃ったようで、捻挫したかのように赤く腫れていた。


「さて……エリちん退いて貰っても良いっすか?」


「退きません」と、刑を抱きかかえながら犬山に言った。


「それは困るっすよ。秤と殺り合う為にも止めを刺さなくちゃいけないんすから。まっ、もう抵抗できそうにないっすし、エリちんの腕もたいしたことないっすから、いつでも止めはさせそうっすね」

 犬山は顎から流れる血をごしごしと拭いながら言ってきた。

「あちゃー。結構深いっすね」と、袖に着いた血を見ると、「ハンカチ持ってないっすか?」と聞いてくる。


「持っていません」

 バックには入っているが、今ここにはもって来ていなかった。


「女の子なんすから持ち歩かないとダメっすよ」と、自分の事は棚に上げ言うと、「ケイちんは持っていないっすか?」


「……」

 刑は答えずにはっはっはっと、短い呼吸をすると律儀に震える手でリュックを指差した。


「おっ、リュックっすか? 借りるっすよ」

 と、私と刑に背を向けると、ポケットにデリンジャーをしまい、フィンガーリングナイフもくるくると回し、ホルスターにしまって、リュックに向った。


 敵に背を向けるなんて有り得ない事だが、犬山にとっては怪我をした刑も力のない私も敵にすら成りえないのだろう。


「ハンカチハンカチー」

 と、呟きながらリュックのファスナーをジジジと開けると、「うん? なんすかこれ?」と言い、リュックから大きな白い木箱を取り出した。


「重いっすねこれ。うん? 張り紙があるっすよ」


 あの木箱には見覚えがあった。

 喫茶雛鳥のバックヤードに置かれていたものだ。


 なぜここに持ってきているんだ?

 そう思ったとき、心臓がドクンと高鳴った。


「七つ道具の七。秘密兵器? その六、波原刑が負けそうになったら開けること? なんすかこれ?」


 ドクンと、また心臓が痛いほど鳴る。


 犬山の手が蓋に延びる。


「開けちゃダメ!」

 どうして犬山を止めたのかは自分でも分からなかったが、あの箱がパンドラの箱のように思えてならなかった。


「開けるなって言われると開けたくなるんすよね。ご開帳―!」と言うと、箱を勢いよく開けた。


 箱の中身が目に入った。


「……リボルバー拳銃っすね。コルトガパメントっすかね?」


 箱の中には二丁の回転式拳銃が入っていた。

 カーボン製のグリップに四インチのシルバーの銃身。


 コルトアナコンダとコルトキングコブラだ。

 どちらも僕の愛用の拳銃。


 明日葉が物珍しげに拳銃に手を伸ばした。


 ドクン。


 心臓が破裂しそうなほど高鳴ると、今度はズキンズキンと頭を万力で締め付けているんじゃないかと言うほどの頭痛が襲ってきた。


 痛い。


「触るな」


 手をピタッと止め、「なんすか?」と、犬山が私に聞いてくる。


「えっ? 私は何も……」


「……ああ、この拳銃でバキューンと止めを刺されると思ったんすか? 十鳥が用意した秘密道具で止めを刺すのも面白そうっすね」と言うと、拳銃を一丁掴んだ。


「触るなと言っただろう」


「うちに言ってるんすか?」

 銃口を私に向け歩いてくると額に向けた。

 銀色の銃身の中の真っ黒な銃口が私を覗き込んだ。


 まるで人間の黒目のような銃口が。


 嫌だ。見ないで。

 見透かすような黒目が私の心を覗いてくる。


 やめて。


 嫌だ。


 嫌だ。


 頭が痛い。ズキン。万力がギチギチと私の頭蓋を潰そうと締め付けているような痛みが襲う。


 痛みで顔が歪んでいくのが分かる。

 痛い。痛いよ。


 お父さん。


 お母さん。


 助けて。


 ……お父さん?

 あれ、お父さんて誰だ?


 お母さんなんて私にいたのか?


 痛みのせいかお父さんの顔もお母さんの顔も思い出せない。


 どうして?


 あんなに……好きだったのに。

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