第136話
刑はその動きに合わせるようにバックステップすると、左右に小刻みなステップをし犬山の左右の手から逃れるように縦横無尽に駆ける。
時には沙弥の死体を飛び越え、時には壁をかけ犬山の隙を探るように走り続ける。
「いつまで逃げ回れるっすかね!」
走り回る刑に右手を向ける動きを見せると、刑は地面を転がり斜線から逃れる動きを見せる。
すると、犬山はそんな刑に今度は左手を向ける。
刑は後ろに飛び左手一本でバック転をし、また駆け出す。
今足を止めれば撃たれる。そんな刑の気持ちが私に伝わってきた。
「いい動きっすけど、その速度をいつまで維持できるっすかね!」
犬山は目と短いステップで刑の動きを追うと、太腿に手が当たりチラリと視線を左手に移した。
すると犬山は今までは距離を一定に保つ動きしか見せていなかったと言うのに、突然前進した。
距離が一気に縮まると刑は右にステップしかわすような動きを見せるが、犬山の左手が動き、カーディガンにふくらみが作られ進路が塞がれる。
このふくらみがナイフかデリンジャーかは分からなかったが、一瞬だけ犬山の口角が上がり笑みが作られた。
笑った?
今まではまた距離をとる動きを見せる場面だったが、その顔に気づいたのか刑は意を決したように急停止し膝を曲げ犬山の体に向かいダンッと、勢いよく飛び掛る。
速い!
私がそう思ったときには犬山の懐に潜り込んだ。
左手に握った武器がナイフかデリンジャーかは確認できなかったが、刑にも私にも犬山の左手の武器が何なのかが分かった。
進路を防ぐときに見せた笑み、太腿に手がぶつかったときに視線を送った意味。
左手に持たれた武器は――デリンジャーだ。
刑は急激な速度変化で射線から外れることによりデリンジャーを封じ込んだ。
犬山は重心を後ろに下げ刑と距離をとろうとしたが刑は更に踏み込みコンパクトなスイングでナイフを横凪に振るった。
右腕は未だだらりと下げた状態で攻撃もガードも出来そうになかった。
攻撃もガードもできない犬山はもう一つの選択肢、避けるという道を選んだ。
まるで地面に引っ張られたかのように右に体を倒すと顎をかすり無骨なナイフが通過していった。
地面に手を着いて倒れ掛かった体を支える犬山は楽しげに猫目を輝かせた。
刑は振り切ったファイティングナイフの勢いに引っ張られていくが、その中でも視線を犬山の左手に送った。
右手は地面に着いている以上追撃は左手からくると考えたのだろう左手のデリンジャーから。
すると刑の目が見開かれる。
体を倒したときに袖が下がってしまったのだろうか、先端から銀色の刃先が見えていた。
デリンジャーではなくナイフの先端が。
そんな馬鹿な。
左手の武器はファイティングナイフだった。
刑は瞬時に顔を右手に動かしていく。
その時見えたのだろうか、笑う犬山の顔を。
バァン。
顔を戻しきる前に、薄暗くなりつつあった屋上に銃声が響いた。
一瞬の攻防の後、犬山の体は衝撃で跳ね上がると、また重力に引っ張られ背中から地面に落ちた。
右袖の中からは銃身が顔を覗かせていた。
刑はよろよろとよろめき歩くと、糸が切れたかのようにその場に膝を着き――うつ伏せに崩れ落ちた。