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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第9章 波原刑と私
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第135話

「おっ、エリちんはピンと来ていない見たいっすけど、ケイちんはこの銃の恐さが分かった見たいっすね」


「恐さ? 射程も短く、装弾数も一、二発しかない銃ですよ。それが……恐い?」


 デリンジャーを見つめ私は答えた。


 私のような半人前からすれば銃は恐いが、あのデリンジャーからはそんな脅威は感じなかった。

 もちろん、銃には変りはないので当たり所が悪ければ命はない。


 けれど、それはナイフも同じだ。いや、犬山のような卓越した身体能力を持つ人間が扱うのだと考えればナイフのほうが怖いと言ってもいい。


 それなのに犬山のデリンジャーに刑は怯えていた。


 私の視線に気づいた犬山は、「エリちんはコンシールドキャリーは分かるっすか?」と聞いてきた。


「……はい」と私は答えた。


 コンシールドキャリーとは武器を隠し持つことだ。私のヘアピンも隠し武器であるので、コンシールドキャリーといって良いだろう。


 他にも犬山のデリンジャーや指輪に仕込んだ毒爪が有名だろうか。

 携帯性の高い武器、暗器隠し持ち、相手の予期しない攻撃を行うことが出来るが欠点もある。


「コンシールドキャリーは……ばれたら使えないものですよね?」

 形態性が高いという事はイコール小さいということでもある。


 存在が知られてしまえばデリンジャーよりも普通の銃を使ったほうが殺傷力も高く使いやすい。

 私のヘアピンナイフで考えると分かりやすいだろう。


 同じ技量を持っているものが小さなヘアピンナイフを持つ者と、普通のナイフを持つ者が武器を見せ合い戦ったならどっちが勝つか?


 答えは簡単。普通のナイフを持つ者だ。


「まっ……普通はそうなんすけどね」

 普通はそうと言うことは犬山が普通ではないということなのか?


 普通じゃなければどうと言うことなんだ?


 犬山にとって普通の銃よりもデリンジャーのほうが使いやすいということなんだろうか?


 もし犬山がデリンジャーの使い手だろうが、刑に通じるようには思えなかった。

 刑は響さんの手解きを受けてきた凄腕の殺し屋だ。銃を出されたところで斜線に入ることもないだろうし、弾丸が当たることなどないだろう。


 一発目のような不意打ちならばともかく、もうその存在がばれている。

 種明かしをした手品をしているようなものだ。


 いまさら驚くこともない。


 しかし私の考えとは裏腹に刑は警戒しているかのようにジリジリと交代し距離をとろうとした。


「……刑?」


「……」

 刑は答えずに下がりながら額の汗を袖で拭った。


 そんな刑に犬山は笑みを浮かべデリンジャーもフィンガーリングナイフも構える事無く近づいた。


 銃も構えずに?


「どうしたんすか? プロなんすから銃なんて恐くないっすよね?」

 刑がジリジリ下がると犬山の猫目がカッと見開かれた。


 仕掛ける。


 犬山はたたっと二歩の助走で飛んだ。


 金髪の少女が黒髪の少女に飛び掛り、小柄な刑の頭上から右手のフィンガーリングナイフをを振り下ろした。

「――えっ?」


 思わず声を出してしまった。

 

 犬山の動きは肉食の獣を思わせるしなやかな動きではなく、ただ飛び掛ったような雑な動きだった。


 左に避ければ急所ががら空きになる。


 私が思った通り刑は左に飛び楽々とナイフの攻撃をかわした。後は着地に合わせナイフを突き立てれば終わりだ。


 しかし刑はかわすと犬山に視線を向けバックステップで距離をとった。


「あれ逃げるんすか?」

 着地して振り返ると、犬山は余裕を見せ言いまた直線的に駆け出した。


 今度は飛ぶ事無く突きを繰り出した。


 速度は速いが踏み込みと同時に上半身ごと飛び込むような突きだ。


 いくら早かろうが避けるのは容易そうだった。刑は半身の構えを取ると同時にその攻撃を避ける。   

 

 突きを返せば勝負は決る。私がそう思うと刑はまたバックステップで下がり、地面を転がり距離を取った。


 どうしてなのかと思い、転がる刑の視線の先を追うとなぜ反撃しないのか答えは出た。


 視線の先にはデリンジャーがあった。


 そうか。

 犬山がかわして下さいと言わんばかりの攻撃を行なったのはこの為か。


 雑な動きでわざと避けさせ、その動きの先に予め銃口を向けておく。


 気づかずに追撃すれば打ち抜かれる。


 もしかしたら避ける場所も予め銃口を向けておき制限しているかもしれないな。


 軽く小さなデリンジャーならではの使い方なのかもしれない。デリンジャーならば手首の返しだけで相手を追うことが出来る。


 刑はまた距離を取ると額の汗を拭った。

 肩を上下させ呼吸をしているところから見ると相当疲弊しているようだった。


 音も気配もなく青葉を葬った刑だが、今は見る影もなく呼吸音も足音も私の耳に届いていた。


「いやー。ケイちんやるっすね。避けるときにもっと足が地面から離れてくれれば撃ち殺していたんすけど、なかなか綺麗に避けるっすね。それにナイフを見ながらもデリンジャーの銃口から目を離さないなんて流石は十鳥の秘蔵っ子っすよねー」


「……」

 刑は話を聞きながらも銃口から目を逸らそうとしなかった。


「このまま攻めたら突破口を見つけられそうっすから――奥の手を出すっすかね」

 そう言うと捲くっていた袖を下ろした。


 ぶかぶかのカーディガンの袖は長く握ったフィンガーリングナイフもデリンジャーの姿も隠した。


「――!」

 犬山の行動の意味が分かったのか、刑はジグザグにステップを踏み犬山に駆け出したが、犬山の左袖口が僅かに膨らむとまたバックスッテプで下がった。


 僅かに膨らんだという事は銃口を向けたということだろう。

 銃身が露になっていたときのような射線の詳細は分からないが、注意深く見ていれば刑ならば何とか対処できそうだった。


「大した奥の手ですね。いくらデリンジャーを袖で隠しても銃口を向ければ凹凸が出来ます。それを見切られないような刑ではありませんよ」


 犬山は奥の手を見破られたと言うのに、余裕の笑みを続けた。

「奥の手? まだ奥の手はみせてないすっけど。奥の手と言うのは……これの事っすよ」

 と、言うと、今度は両手を頭上に伸ばした。


 袖は重力に引っ張られ下がりフィンガーリングナイフもデリンジャーも姿を現した。


 すると、「ほいっ」っと手首のスナップで二つとも後ろに投げる。

 回転した武器は犬山の頭上を越え背後に消えていくと、また「ほいっ」っと声を出し背後でキャッチする。と、また両手をだらんと下げた。


「……ッ!」

 また長い袖がフィンガーリングナイフとデリンジャーを隠した。


 いやただ隠しただけじゃない。

 今までは右手にナイフ左手に銃だったから片手に注意すればよかったが、今度はどちらの手にナイフが、どちらの手に銃が握られているのか分からなくなった。


「さて、ケイちんはどう対処するのか楽しみっすね」


 右手に握られているのはナイフなのか? 

 銃なのか?


 一撃目はナイフの攻撃か銃での攻撃なのか?


 今までは一撃目はナイフだったが、袖を隠したのだから銃での攻撃だろうか? 

 いや、裏をかいてまたナイフで来るのか?


 ダメだ答えが出ない。

 これじゃ相手のじゃんけんの手を予想するようなものだ。


 分かるはずがない。


「さて、エリちん問題です。どうしてうちがこんな刃渡りの短いフィンガーリング付のナイフを獲物にしているんでしょか?」


 どうして?

 犬山のナイフは刃渡りは10センチもないフィンガーリングナイフ。

 全体の大きさは大体デリンジャーと同じくらいだろう。


 持ち方もグリップを握り人差し指をリングに通すという拳銃と似た握り方……


「……ッ! デリンジャーとフォルムが同じ」


「正解っすよ。うちはこのナイフは……デリンジャーとほぼ同じ大きさだから使っているんすよ。さあケイちんうちの右手に握られているのデリンジャーっすか? ナイフっすか? 手首を返しても凹凸も同じ。さあどうやって判断するっすか?」


「……」

私は、返す言葉が見付からず黙った。


「答えは簡単。ナイフが刺さるか、銃弾が体を撃ち抜けば分かる――っすよ」

 言い終える前に犬山は駆け出す。

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