第133話
立ち上がり斬り合う二人を見る。
犬山も刑もこの数分間でどれだけ斬り結んだのだろうか、肩で息をし、制服もボロボロになっていた。
刑の新品の制服も何箇所も切り裂かれていた。
犬山はと言うと首里組のカマキリとの戦いでパンクファッションのような格好になっていたが、今では何十年も着続けたといっても信じてしまうほどのボロボロの制服になっていた。
いや、もう制服と言うよりは布キレを纏っていたといっても過言ではないかもしれないな。
「犬山さん」と、私が叫ぶように言うと、犬山と刑の四つの瞳が私に向いた。
「……青葉さんは――亡くなりました」
その言葉を聞き犬山は青葉の死体に視線を移すと生死を判断するかのように顔から足元まで見る、「……あちゃー任務失敗っすか」と、テストの点が悪く嘆く子供のようにばつが悪そうな顔をし頭を掻き、「しくじったっすね」と、言った。
「これであなたが受けた青葉さんの護衛任務は失敗に終りました。NESTの掟では任務失敗した者は命で償わなければならないんですよね?」
「……そうっすね。まあ全ての依頼が即抹殺に繋がるわけじゃないっすけど、今回の依頼は……命の償いが必要なものっすね」
「つまりあなたはNESTの殺し屋に抹殺されるんですよね?」
「そうっすよ」
自分が死ぬことが決ったというのに、犬山は表情一つ変えずに当たり前の事のように答えた。
命は仕事。
仕事の失敗をしたら死ぬだけ。
ただそれだけの事。
「死ぬことが決ったんですから……もう一つの任務を遂行する必要はもうないんじゃないんですか?」
「……もう一つの依頼? 何の事っすかね?」と、犬山は何の事か分からないと言ったポーズを取るが、私には確信があった。
彼女は私に言ったのだ。波原刑は殺し屋燕尾や上官殺しの弘前を始末したと。
「あなたは二、三個の依頼を常にこなしていると言いましたよね?」
「言ったっすよ。うちは羽持ちになったばかりっすから、仕事を色々押し付けられて大変なんすよね」
「青葉さんの護衛以外に何の依頼を受けているんですか?」
「アハハ。仕事内容を話せるはずないじゃないっすか」
「じゃあ私が話をさせていただきますね。あなたは波原刑の殺しの依頼を受けているんじゃないですか?」
「……なに言っているんすか? うちがケイちんの殺しの依頼を受けている? 意味不明っすよ」
犬山は否定したが、最初の一言を発するまでにやや間があった。
彼女は嘘をついている。
「嘘ですね。だってあなたは刑が弘前を殺した事を知っていたじゃないですか。あなたがその事を知っていたのは、刑の殺しの依頼を受けたから。違いますか?」
「……違うっすよ。朝言ったじゃないっすか。弘前殺しは有名な事だって」
「有名なんですか。じゃあいつ刑が弘前を殺したのかも知っていますよね?」
「……知らないっすね」
犬山はまた間を開けて語ったが今度の言葉は嘘ではないだろう。
この間は考えて語ったために生まれたものだろう。
「可笑しいんですよ。弘前の情報が日向子さんから洩れる事はまずありえません。それならば依頼主から洩れるとしか考えられませんが、あの依頼主は政府関係者、早々洩れる事はありえません」
「そうっすか? 人の口には戸板は立てられないもんすよ。時間の経過と共に口が緩んで話しちゃったんじゃないっすか?」
「時間の経過と共にですか? 刑が弘前を殺したのは――昨日のことですよ。NESTに……犬山さんの耳に情報が入るのが早すぎませんか? それならなぜ犬山さんの耳に入ったのか。答えは依頼主が口封じのために刑の殺しの依頼をNESTに頼んだから。違いますか?」
「……うーん。八十点!」
八十点という事は大部分は当たっているが、細部は違うと言うことか。
「うちとしたことが口が滑ったっすね。昨日、殺したと言う情報を吐かせていればあんなこと言わなかったんっすけどね」
「吐かせて……ですか」
八十点の理由が分かった。
足りない二十点は、依頼主がなぜ弘前を殺したと言ったかと言う点だ。
「拷問したんですね」
「当たりっすよ。だっていきなり仲介屋が五百万で波原刑と言う殺し屋を処分しろなんて依頼を持って来たら、その理由くらい調べたくなるじゃないっすか。それで拷問したら波原刑が弘前を殺したって事を聞きだしたんすよ。まあNESTの面々は波原刑を秤恵美奈のアナグラムだって気づいていないから五百万なんてはした金で依頼を受けちゃったんすけどね。もしケイちんが秤だったら数千万は貰わないといけない依頼っすから、費用対効果的に割に合わない仕事ッすね」
数千万と言う依頼額に私は衝撃を受けたが、震える口で質問を投げかけた。
「……費用対効果が割に合わないのなら、なぜ犬山さんは依頼を受けたんですか?」
「簡単なことっすよ。五百万の依頼っすけど、波原刑を殺せば秤も一緒に殺せる、一石二鳥だって思ったっすからね。ほら秤を殺しても一銭の得にもならないっすけど、ケイちんを殺す依頼を受ければ五百万も手に入ってさらに秤を殺したって栄誉も手に入れられる。いい事尽くめじゃないっすか」
「そんなに栄誉が欲しいんですか?」
「欲しいっすよ。実績を上げないと中々上にはいけないっすからね。秤の首を取れば十翼でよりも上に行けるっす。そうすればこんな小間使いみたいな仕事から解放されて、楽しい仕事が出来るようになるんすよね」
「……私には理解できない感情です」
「そうっすか? 上を目指すのはNESTの人間にとっては当たり前の考え方っすよ」
「……そんな事の為に人を殺すんですか」
「それ以外の理由がいるっすか?」




