第131話
「ヒメちん」と、叫び犬山が駆け寄るが、刑がナイフを振るい牽制する。
「ッ、退くっすよ」
「……」
刑は首を振り拒否を示すと、犬山に微笑みとナイフを向けた。
「……ワンちゃん……ごめん。これは致命傷だよ……」
青葉は傷口を押さえたまま地面に膝を着き、ごろんと横になった。
「ッ! ダメっすよ。ヒメちんが死んだら――仕事をしくじったことになるじゃないっすか」
慌てる理由は仕事失敗になるから。
だから助ける。
犬山の命の持ち方はぶれる事はなかった。
「……巻き込んで……ゴメンね」
半分閉じかけた瞳で犬山を見つめ青葉は言った。
その時の瞳を私は見てしまった。
命とは何かは分からないと言った彼が、死を間近に向えどんな目をしているのか気になって、見てしまったのだ。
その目は……微笑んでいた。
刑のように。
ズキンと頭の中で何かが暴れたような痛みが走った。
痛のあまり目を閉じ手を当てると、無数の映像と爆音が流れ出してきた。
まるで映画館の最前席で映画を見ているような気持ちだ。
なんだ?
なぜ今こんな映像が流れるんだ?
何かまだ知らなくてはならない事があるのか?
痛い。頭が割れる。
絵が見える。痛い。絵が。痛い。痛い。
ピースが足りない。この欠けた絵はなんなんだ?
痛い。青葉。姫路。ハイド。姫路。ジキル。青葉。昂弥。ジキル。ハイド。
何が当てはまるんだ?
何が足りないんだ?
画面に殺人鬼ハイドとなった青葉の絵が映し出された。白石と鶴賀と亜弥と沙弥に凶刃を振るい悲しげに笑った青葉の顔が。
何だろうこの映像は?
私は何に気づきかけてるんだ?
そんな時にずっと言う音が聞こえた。
その音の元を見ると白石がいた。
苦悶の表情をしながら、鶴賀の元に進もうとしているのか手を伸ばしていた。
白石が生きている。
そうだった、刑は亜弥と白石にナイフを向けていた。
刑は最初から白石が生きていたことに気づいていたんだ。
白石の口元には吐き出した泡がくっつき、白シャツはもう二色のシャツのように上は白で腰からは赤に分かれていたが、生きていた。
犬山は刑から目を離したら殺られると思っているようで、視線を外す事無く見つめ合っていて、白石が生きていることには気づいていないようだった。
白石が生きている。
刺された鶴賀。
投擲された沙弥。
踏みつけられた亜弥……。
「……あっ」
集めなくてはならないピースが分かった気がした。
私は知らなくてはならない事が一つあった。それはジキルとハイドだ。
「ッ。犬山明日葉を――私に近づけないで下さい」
「……」
刑は返事はしなかったが、音もなく犬山に向かい駆け出した。
「殺気と音がないくらいでうちを止められると思ってるんすか」
犬山も四足歩行の獣のように、両手を地面に着け勢いよく飛び出す。
犬山と刑のナイフがぶつかり合うと最上級の殺し屋同士の本気の戦いが幕を開けた。
一秒にも満たない時間に三発、四発と互いにナイフを振るうと、避けるや受けるを駆使し防御した。
刑のナイフが惜しいところまで迫ったが、犬山はその卓越した体捌きでギリギリでかわした。
若干ではあるが刑が押しているように思えた。
直ぐには決着が着かないだろうと私は考え、傷を押さえる青葉の枕元に急ぎ、膝を着き顔を覗き込んだ。
「……どうしたのかな……ターゲットの死ぬところを見に来たのかい? ……それなら後三分もたてば……間違いなく失血死するよ……」
息も荒く青葉は答えた。
彼は自分が死に逝く事を覚悟しているようだった。
「三分ですか」と、私は呟くとブレザーを脱ぎ、青葉の傷口に押し付けた。
「ぐっ。あっつう……何するんだい?」
「止血です。これで助かるとは思いませんが、死ぬまでの時間を伸ばすことくらいは出来るはずです。あなたには答えてもらいたいことがあるんです」
「止血の仕方がめちゃくちゃだけど……少しは長生きできるかな……。なんだい。いつまで喋れるか分からないけど……答えるよ」
青葉はいつまで喋れるかと言ったが、嘘ではないのだろう。
ブレザーは見る見る赤黒く染まっていき、生地を浸透した血が私の指先も汚してきた。
「ジキルとハイドの結末を教えてくれませんか?」