第12話
顔を上げ五十万を受け取ると、私の表情が曇っている事に気付き、日向子さんが、「お金が少なくてがっかりかな」と、聞いてきた。
三日間張り込んで、ほとんど報酬を手にすることが出来なかったのだ、がっかりしても仕方の無いことだろう。
「ええ。四千万貯まるのはまだまだ先になりそうですね」
苦笑いをし、肩を竦めながら言った。
四千万を貯めるために、私は必死に働いていた。
まだ十代の若い身空の私だ、そんな高額の借金があるわけではない。
ただ四千万が必用なだけだ。
刑に依頼をするために。
アイツを暗殺する依頼を、日向子さんを通し行なうために。
あの凄腕の殺し屋を暗殺するためにも必用だった。
ミイラ取りをミイラにするためにも……。
日向子さんはそんな私に、にっと悪意のこもった笑みを送ると、「そんなエリちゃんに朗報です」と言い、レストランできざな男が、ウェイターを呼ぶかのように、指をパチンと鳴らした。
その音で響さんはカウンターの下から、大き目の茶色の封筒を取り出した。
「実は五百万の大口の仕事が舞い込んできたんだけれど、どうする?」
その言葉を聞き、私は頭の中のそろばんを弾いた。仲介料の二十五パーセントを差し引いても、三百七十五万も残る。
お金がいっぱい残る!
私は目を輝かせ、封筒に手を伸ばすと、「あっ、中身を見たら、もう断われないよ」と、日向子さんが言った。
五百万の大口の仕事は是非とも請け負いたかったが、中を見たら断われない。つまり、機密性の高い仕事であり、危険度も高いものなのだろう。
「……」
封筒に手を伸ばしたまま、日向子さんの顔色を伺う。
まるでババ抜きをしている気分になった。封筒は一枚だが、取るか取らないか。この依頼はジョーカーなのか、そうでないのか。日向子さんの顔は、『取れ取れ取れ』と言っていた。
あっ、これは相当危険な依頼だと分かった。
取るべきじゃないと思いつつ、視線を響さんにも送って見る。
ババ抜きのとき、傍観者から答えを得ようとするのは、ルール違反であろうが、これはババ抜きではない。
しかし傍観者のポーカーフェイスは破れそうに無かった。響さんはいつも通り微笑んでいた。
響さんは日向子さんからの信頼も厚く、この依頼を知らないと言うことはないだろうが、危険だから私を止めようとする気持もなさそうだった。
どうしよう……。
刑は、依頼を受ける、受けないの判断を、全て私に一任していた。私の判断ミスで、刑を危険にさらすことになる。
私は断わるべきだと、心の中で答えを出した―――が、気持とは裏腹に封筒を手に取っていた。
……五百万は大金だ。
四千万を貯めるためにも、この依頼は受けなければならないものだ!
と、自分に言い聞かせ、心の中で刑にごめんと謝る。
金額に目をくらんだ私を許してくれ。
封筒を開け、中から書類を取り出す。
書類は冊子状になっていた。大口の依頼だけあって、情報を大量に頭に入れる必要がありそうだった。
暗記は得意ではあるが、これだけの量は肩がこりそうだなと思いながら、書類に視線を落とすと、「……って、あれっ?」と、間抜けな声がでた。
冊子状の書類かと思ったが、本当に冊子だった。
表紙に書かれた文字を読み上げてみる。
「私立応法学園……有名市立、国立大学に多くの合格者を輩出。皆で青春を謳歌しよう……?」
冊子と言うよりはパンフレットだった。