第128話
「面白いっすね」と、呟くと犬山も両手を垂らし近づいていく。
二人の距離が近づくと先に犬山が動いた。
犬山が突きを放つ。
けれどその一撃を刑はダガーで軽く払うと、同じように突きを返す。
犬山は半歩後退し交わすと下がりながらナイフを振るうが、刑はまたダガーで払い除けられた。
すると犬山がバックステップで距離をとった。
「やるっすね。じゃあこれはどうするっすか?」
犬山がナイフをくるくる回すと連撃を放った。
突く斬る突く斬る斬る斬る斬る突く斬る。
刑は一撃一撃をダガーとファイティングナイフを使い防ぐが、犬山の攻撃は止まらなかった。
反撃に移りたそうな刑だが、犬山の攻撃のリズムは早く、刑が割り込む隙はなかった。
「ほらどうしたんすか? 受けるだけじゃ勝てないっすよ!」
犬山が挑発的に言うと、私の前を人影が通り過ぎた。
「えっ?」
思わず声を上げてしまった。
今まで傍観に徹していた青葉が動き出していた。
犬山に神経を集中している刑の目には映っていないようだった。
「……ッ!」
知らせないと思い口を開こうとすると、青葉は振り向き私を睨み付けた。
「少し黙っていてね」と、私に釘を刺すと、ゆっくりと二人に近づいて言った。
刑は犬山の連撃を捌き続けていたが表情に曇りは見えなかった。
どこか余裕な雰囲気すらあった。
攻撃しているはずの犬山が徐々に後退しだした。
心なしか連撃速度も落ちてきているように見えた。ナイフを振るうたびに犬山の口からは、「くっ!」「ッ!」っと声を漏らしている。
そうか、両手を使って防ぐ刑と片手のみで攻撃する犬山とでは片腕に走る衝撃の量が違うのか。
金属同士を何度もぶつけ合っているんだ、いくら体格では勝る犬山とは言え腕が痺れてきていても可笑しくはない。
痺れを切らしたのか犬山が腕を引き勢いをつけ「うらぁぁぁぁぁ」と言う叫びと共に突き放った。
速度も威力も今まで以上だったが、傍目に見ても分かった。
大振りだ。
刑の目が見開かれ瞳が勝利の色に染まった。
首目掛け繰り出されたナイフをファイティングナイフで払いのける。
「ぐっ」っと犬山から小さな声が漏れ腕が弾かれ脇腹が露になった。
刑は斜め下に潜り込み、剥き出しのわき腹に左のダガーを突き立てに動いた。
決る。
そう思った瞬間視界の端にいる青葉の手に握られたジャグリングナイフが一本消えていることに気づいた。
どこに消えたのか考えるまでもなかった。
ジャグリングナイフは投げるためにあるナイフだ。消えて現れる先は的に決っている。
犬山の脇腹の横から刑が顔を出すと、突然ナイフが現れた。
「……!」
刑がナイフに気づき倒れるかのように体を無理やり捻り避けると、ごろごろと地面を転がり膝を着き、犬山、青葉のそれぞれにナイフを向け牽制した。
避けられたのかと思ったが、目にかかる長さの前髪は、眉の上でまっすぐ切りそろえられ、額からはうっすらと血が垂れた。
命は助かったが、間一髪避け切れなかったようだった。
「今のは惜しかったすね」と、犬山は命の危機が迫ったと言うのに焦った様子もなく言った。
その口調から私は気づいてしまった。
あの大振りも全て青葉に投擲させる瞬間を作るための囮だったことに。
「うん。でも今のは確実に決ったと思ったけど、彼女を少し見くびっていたかな?」
「確かにそうっすね。うちも今ので殺ったと思ったすけど反応速度はうちとどっこいどっこいってとこっすかね。ナイフ捌きはケイちんが上、反応速度は互角、体捌きはうちの方が上って感じっすね」
「じゃあはっきりしたね」
「そうっすね。ケイちんはうちよりもヒメちんよりも弱いって事がはっきりしたっす」
犬山はナイフをまたくるくる回し余裕を露にした。
「まだ分かりませんよ。現に刑は今あなたと互角に斬りあっていたじゃないですか」
「エリちんそれ本気で言っているんすか? 考えれば分かるじゃないっすか、体捌きにすぐれるうちが足を止めて殺りあって互角なんすよ。動きでかく乱して殺りあえば殺すのは容易っすよ」
「……ッ」
犬山の言葉を聞き私はその通りだと思ってしまった。
足を止めて斬り合う犬山からはあの猫科の動物のようなしなやかさが無かった。
まるで刑の実力計っているような戦い方だった。
「そもそもケイちんの攻撃じゃうちを捕らえるのは無理そうっすから、防御に徹しているだけでも勝てるっすよ」
「どうしてですか?」
「殺し合いの最中に説明するのもなんなんすけど、エリちんも気づかずに死ぬのは嫌だろうっすから教えるっすよ。ケイちんが殺気だっているからっすよ。その辺の殺し屋相手ならそれでも十分通用するっすけど、うちは鷹弓の翼っすよ。こんなに殺気を感じたら攻撃する前に攻撃するよーって言われているようなもんす。防御するのは余裕っすよ」
殺気だっている?
刑が?
私が刑に視線を送ると、刑はすっと視線を反らした。
「なんすかね。殺気と言うよりも……イライラしてる感じなんすよ。カルシウム不足っすか?」と言うと、刑から視線を外し青葉を向いた。
「ヒメちんもケイちんの底は見えたっすから、殺り合っても良いっすよ」
「そうかい。じゃあ心置きなく殺らせて貰おうか」
「念のためにバックアップするっすか?」
「いいや大丈夫だよ。ワンちゃんも分かっているんだろう、この子のナイフは僕には届かないって」
「それもそうっすね。じゃあうちは高みの見物でもさせていただくっすかね」
犬山はそういうとナイフをくるくる回しホルスターにしまいこんだ。
手出しはしないといったのは事実のようだった。
これで刑は二対一と言う形から殺人鬼ハイドと一対一の形となった。
圧倒的不利な状況から抜け出た形であるというのに私は不安を感じていた。
刑と犬山の殺り合いは私からは互角に見えていた。
殺意を読まれているとは言ったがそれは体捌きが優れている犬山だから避けきれるようなもので、戦闘訓練を多少学んだ程度のヤクザが避けきれるようなやわな物ではない。
人外の化け物、猫屋敷響から三年間血反吐を吐くような訓練をつんできた刑の技量は並ではないのだから。
それなのに……なぜ青葉は余裕を見せ、ナイフは届かないなど言ったんだ?
どこからその余裕が出てきたんだろうか?
その疑問は直ぐに解決した。
私が今日一日の出来事をちゃんと整理することが出来れば気づき、刑にアドバイスが出来たのと言うのに。
事件の犯人を導き出し私は余ったピースを横にどけていたんだ。
そのピースで別な絵が出来上がるかもしれないというのに、放置していた。
「……ッ。刑――ッ」
叫びと同時に刑のスカートに隠れた太股から鮮血が飛んだ。
たった十数秒の斬り合いだったと言うのに刑は青葉に圧倒された。
刑がナイフをしまった犬山から視線を外し青葉を見据えると、青葉はジャグリングナイフを交差させ、「おいで。格の違いを見せてあげるよ」と不適に笑った。




