第127話
二秒、三秒と拮抗状態が続いたが「おっ」と、犬山は呟くと後ろにステップし距離を置いた。
「危ない危ない。後二秒も耐えたらうちの愛用のナイフちゃんがへし折られるところだったすね」と言うと、ナイフをしげしげと見つめた。
「そのナイフをまともに受けたらうちのナイフちゃんじゃ折れちゃいそうっすね。さてどうしたものか」と言うとナイフをくるくる回し考え出した。
刑は青葉に視線を送り、動きを牽制すると、また犬山に駆け寄った。
「まだ考え中っすよ。せっかちっすね」と言うと、犬山は腕をだらりと下げ今までとは違う戦闘体制を取った。
ナイフを構えずにどうするのだろうかと私は思ったが、答えは直ぐに出た。
刑のダガーの連撃を下がりながら避け続けた。
横薙ぎの攻撃をバックスッテップで避け、切り上げの攻撃はサイドステップ避けた。
五発六発七発八発九発十発と刑の攻撃は空を切った。
構えを変えた理由はこれか。避けられるのならば、受ける必要はないという事だろう。
しかし、避け続けられても刑の表情に焦りの色は浮かんでいなかった。
そのまま犬山に斬撃を振るい続けた。
空振りが二十を超えた時に状況に変化が起こった。犬山がバックステップで避けると、背中が金網に当たった。
「……にゃっ!」と犬山が声をあげると、刑は受け止めることのできない一撃――ファイティングナイフを横凪に振るった。
今まで切り上げの攻撃と振り下ろしの攻撃はサイドステップで避けていたが、横凪の攻撃はバックステップで避けていた。
しかし背後に金網がある以上バックステップで避けることはできないし、小さなフィンガーリングナイフでは受け止めることも出来ないだろう。
詰んだ。私がそう思うと犬山は予想外の行動を取った。
左右も前後もダメならば――上に逃げた。
刑が腕を振り出す前にジャンプをすると金網を左手で掴み、体を引き上げた。
刑のファイティングナイフ犬山の足の下を通過し金網を切り裂いた。
ナイフが通過すると犬山は足を刑の肩に置き、更に飛び上がり、金網の上に猫のように軽やかに着地した。
「体捌きはうちのほうが上っぽいっすね」と言うと、金網から飛び降りた。
空中で回転しながら体を捻り刑の背後に降り立った。
着地をすると「十点!」と言い、ナイフの切っ先を刑に向けた。
体捌きは犬山に軍配が上がりそうだった。
足裁きに体の使い方はまるで猫科の肉食獣のようだ。
「さて、次はナイフ捌きはどっちが上か決めるっすかね」
退路を断たれている状態の刑は、右に左と細かいステップを繰り出し、窮地を脱しようとするが犬山は顔を軽く左右するだけで動きを追った。
「逃がさないっすよ。ケイちんに残された道は特攻しか――」
犬山が言い切るよりも早く刑は懐に入り込むようにダガーを突き出しながら一歩前に出た。
しかし、犬山はその動きに合わせ体を半身にし避けると、刑の複部に前蹴りを放ち吹き飛ばした。
小さな刑の体が宙に浮き背中から金網にぶつかる。これがブロック塀だったならダメージも大きいだろうが、金網は衝撃をよく吸収してくれたようで、刑は綺麗に着地した。
「話の途中っすよ。まっ、今みたいに特攻してもうちには通じないようっすけど、どうするっすか?」
刑はダガーとファイティングナイフを交互に見るとなにやら考え出した。
早いダガーで攻撃するのか、重いファイティングナイフで攻撃するのかを考えているようだ。
暫く考えると答えが出たようで、両手を垂らし無造作に犬山に近づいていった。