第126話
呟くと、刑が私を振り向きこくんと首を振った。
その動作が戦闘開始の合図となった。
視線が外れた刑に向かい青葉がジャグリングナイフを一本投げた。
投擲するために作られたナイフは弾丸のように早く、指先を離れたと思った瞬間には刑の眼前まで迫った。
しかし、弾丸のように早くといってもナイフはナイフ。
秒速三百メートルの速度が出るわけではない。
弾丸を避けることが出来る響さんの指導を受け続けた刑は軽くしゃがみその一撃を避けた。
避けたナイフは一直線上に立っていた犬山に迫った。
「わお!」と、一言漏らすと犬山は迫り来るじゃグリングナイフを刑から視線を外す事無く自身のナイフで弾いた。
私なら体に替わったオブジェを生やすような投擲だったが犬山は隙一つ作らずに捌いていた。
私の目には確かにそう映ったが刑にとっては違うようで、弾かれると同時に犬山に向かい駆け出していた。
「……いい判断っすねッ」と、犬山は呟くとフィンガーリングナイフを利き腕の右に持ち替えた。
刑の一撃目は逆手に構えた刃渡り二十センチを超える無骨なファイティングナイフだった。
ブォンと轟音と共に犬山の頭部に迫る。
「はやっ!」と、言いながらも犬山は上体を反らし紙一重で避けると、反らした反動で地を蹴り回転しながらの右蹴りを放った。
サマーソルトキックと言うものだ。
重いナイフに引きずられるように体勢を崩した刑では避けられないと思ったが、顎の下に左手を差込蹴りをガードした。
「……やるっすね」
左足一本で立ちながら犬山が言うと、刑は左のダガーを突き刺しに移った。
片足立ちの犬山は左足一本で飛び上がり、刑の右肩に足を置くと押し後ろに飛び退いた。
着地の瞬間を刑は見逃さずに詰め寄ると、今度は軽いダガーを振るった。
ファイティングナイフの一撃よりは軽そうであるが、速度は圧倒的だった。
首里組のカマキリの突きの連打も早かったが、ダガーを振るう刑の斬撃はそれとは比べられない程の速度だった。
自転車とバイク。車と戦闘機程の違いがあった。
しかし、犬山はその戦闘機の斬撃をフィンガーリングナイフで払って避け、追撃まで放ってきた。
刑も体捌きで避け反撃をするが、犬山は重心を後ろにずらし避けるや、体を前後左右に倒し避けた。
互いに傷一つ追う事無く斬り合うと、刑のダガーと犬山のフィンガーリングナイフがぶつかり合いガキンと金属音を奏でた。
ダガーとフィンガーリングナイフの押し合いが起きた。
互いに小柄な体格の刑と犬山だが、十センチ以上の差のある二人だ。力では犬山の勝ちだった。
ダガーが押され顔に刃が近づいてくる。
「小さな体で縦横無尽に斬りかかってくるのはやっかいっすけど……止めちゃえばなんてことないっすね」
勝機を見つけたのか犬山がニヤッと笑うと視線を刑からわずか後ろに反らした。
その意味を刑は直ぐに悟ったのかファイティングナイフを背後に一閃した。
犬山が背後に視線をそらした理由。
一対一の戦いならまずしないその動作は、一対二だから出来たものだろう。
そう、もう一人――青葉に送った視線。刑もそのことが分かったからナイフを振るったのだろうが、無骨なナイフは空を切った。
「――!」
刑の顔に驚きの色が浮かんだ。
それもその筈だろう。背後には誰もいなかったのだから。
青葉は動いていなかったのだ。
ただ刑の力量を測っているのか、二人の争いを見守っていた。
それならなぜ犬山は視線を背後に逸らしたのか。
答えは簡単だった。
フェイントだ。
ダガーの動きを封じたとは言え、刑はまだ主力の武器であるファイティングが残っていた。
次の動きを起こそうにもファイティングナイフを振るわれては劣勢になる恐れもあり、それを封じるために行ったものだった。
そして、このフェイントは封じるだけでなく優勢に運ぶチャンスを生み出した。
「若いっすね!」
刑は腕力だけで重いファイティングナイフを振るったために、重力に負け、体勢がやや右に偏った。
そのタイミングを逃さずに犬山が強引に腕を振り切ると刑を吹き飛ばした。
倒れまいと刑は後ろにステップをし堪えるが、そこに犬山が詰め寄りフィンガーリングナイフを振るった。
刑のダガーを振るう速度は速かったが、この犬山の斬撃もそれに負けず劣らぬ速度だった。
力負けを実感したのか、今度はファイティングナイフでその一撃を受けた。
ガキンとまた金属音が響いた。
「……惜しかったっすね。もし振り返ってヒメちんを見ていたら、ぐさりと刺し殺していたんすけど、腕を振るだけで対処しようとするなんて、どんだけ命知らずなんすか?」
「……」
いつ青葉からの攻撃が来るかも分からない状態で、犬山から目を離す事無く耐え続けた。
一見ダガーを持つ手が開いている刑が有利に見える展開だが、青葉を警戒しているためにダガーは封じられていた。