第123話
犬山を睨みつけ私が叫ぶと同時に学園のチャイムが鳴った。
時刻は四時。授業は全て終り、生徒はもう帰る時間だ。
チャイムの音に釣られたのか、青葉のナイフの切っ先が揺れると私から離れた。
青葉は立ち上がると、空を見上げ、「聴こえる」と、呟いた。
「聴こえるって、チャイムッすか? それならうちにも聴こえるっすけど」
「違うよ。耳を澄ましてごらん。この音は……」
言葉に従い、犬山は片手を耳に当てた。
私も釣られるように耳を済ませてみると、大音量のキーンコーンと言う音の中に、微かではあるがバババと言う音が聞こえた。
その音は徐々に大きくなってきた。いや、音量が上がったんじゃない、この音は近づいてきているんだ。
「この音はヘリ――」
犬山が口を開いた瞬間大音量と共に突風が私達に降り注いだ。
「にゃっ!」
「クッ!」
物凄い突風に、犬山と青葉の体が浮き、吹き飛ばされる。
私の体も今にも浮きそうだったが地面に張り付くように必死に耐える。
この風はダウンウォッシュだ。
上空に突如現れた――ヘリのプロペラから発せられる風が地面にぶつかり私たちを押し上げようとしていた。
何故ヘリが?
とは、私は思わなかった。
こんな馬鹿げた登場方法を考えるのはあの人しかいない。
ヘリは止まる事無く私たちの五メートルほど頭上を通りすぎていったが、通り過ぎざまに扉から何かが飛び出した。
その何かは地面に着くと受身を取りつつゴロゴロとその場を転がった。
「……ッ」
転がり現れた人物を見て私は声をあげた。
「刑ッ!」
私の声を聴き犬山も続けていった。
「刑? これが波原刑だって言うんすか? この……子供が?」と。
現れた人物は小柄な私や犬山よりも更に十センチ以上背が低い、百四十センチ中盤の少女だった。
私の愛用の茶色いリュックを背負い、合うサイズがなかったのか少し丈の長い応法学園の制服に身を包み、長い黒髪をツインテールにした可愛らしい顔をした少女――波原刑だ。
その手には可愛らしい顔とは不釣合いな無骨なファイティングナイフと細身のダガーを握っていた。
ダウンウォッシュから解放され私は起き上がった。
風の直撃を受けた犬山と青葉も立ち上がり突如現れた乱入者、波原刑を見つめていた。
「子供っすか?」と呟く犬山に私は、「十五歳ですよ」と答える。
背も低く顔も幼い顔をしていて一見中学生……場合によっては小学生に間違えられる刑ではあるが、れっきとした十五歳であり、学校に通っていれば高校一年生になる。
「嘘っすよ……だって秤は……十八歳っすよ。もし幼い顔をしているんだとしても……この子供はどう考えても……十八歳には見えないっすよ……」
「刑は秤なんかじゃありません。秤を殺す殺し屋……それが波原刑です」
私が答えると、轟音と共にヘリが現れ、私たちの近くでホバーリングし、扉の前にワンピースにハットと言ういでたちの女性――十鳥日向子が立った。
その姿を目撃すると、「十鳥日向子!」と、犬山が叫んだ。
日向子さんはパクパクと口を開くが、声はプロペラの音にかき消され、私たちの耳には届かなかった。
日向子さんは何かを閃いたかのように手を叩くと、親指と小指を耳元に当てながら振る――電話をすると言う古いジェスチャーをすると、ヘリは飛び立って言った。
「どこ行くんすか!」
ヘリに向かい犬山は叫ぶが、その声もヘリには届くこともなく、プロペラ音は遠ざかっていった。
刑はファイティングナイフを握ったまま手を振り見送ると、ダガーを咥え、リュックをその場に下ろし、中から携帯電話を取り出す。ボタンを押し前に突き出した。
『やっほー。エリちゃんに刑ちゃん聴こえるー?』
ハンズフリーにしているのだろうか、バババと言うプロペラ音と共に日向子さんの弾むような声が聴こえた。
「聴こえるすっよ、十鳥日向子!」と、私ではなく犬山が答えた。
『おっその声は犬山明日葉ちゃんだね。妃弓の秘蔵っ子。鷹弓の十翼の十翼目』
その言葉を聞き私はやっぱりなと思った。