第120話
「……なんで話したんですか?」
「うん? 何がっすか?」
私は沙弥の手を離し、彼女の目をそっと閉じ立ち上がり、犬山を向く。
「どうして亜弥さんが死んだと言ったんですか!」
「どうしてって、サヤちんがアヤちんのこと聞いたから、正直に言っただけっすよ?」
犬山は私がそんな当たり前の事を聞くんだろうと不思議がり、小首を傾げながら言った。
「そう言う事じゃないんです。死に逝く沙弥さんの心を何故踏みにじったんですかッ」
「踏みにじったって、どうせ死ぬのは一緒じゃないっすか。喜ぼうが悲しもうが死んじゃえば全部一緒っすよ」
「……ッ」
やっぱりだ。犬山の命の捉え方は狂っている。
いや犬山だけじゃない、あの首里組のカマキリの男もそうだ。
死ぬ前に子供を殺したかった言った。死をなんとも思っていない女と、死ぬよりも殺す事を優先した男。
NESTは狂っている。
私には到底理解することはできないものだ。
「松山のおっちゃんの時もうっすよ。切腹するとか意味分かんなかったすよ。自害するくらいなら、匕首片手に飛び掛ればツルちんくらいなら殺せたって言うのに、意味不明っすよ」
「……あなたは狂っています」
「……狂っている? エリちん、うちは狂ってなんかないっすよ。もしうちが狂っているように見えるなら、それはエリちんが狂っている証拠っすよ」
「えっ?」
「エリちんは本当に裏の世界の人間なんっすか? 生きるか死ぬか。殺すか殺されるかの世界でそんな考え方を持てるなんて、うちからしたら異端児、異常者、異次元生物って感じっすよ」
可笑しいのは……狂っているのは……私?
「今日一日、一緒にいてエリちんには何度驚かされたことか。朝も昼も夕方も驚かされっぱなしっすよ。特に謎解きを始めたとき、うちは驚きすぎて腰を抜かしそうだったっすからね」
「謎解きのとき?」
私は何か可笑しい事を言ったのか?
それとも推理を間違っていたのだろうか?
「どういう事ですか?」と、私は殺人鬼の共犯者に尋ねる。
「エリちんの推理は概ね当たりっす。そこまで分かっているなら、なぜヒメちんが生存者がいないか教室に駆け込んだかも分かっているんすよね?」
犬山の質問に、私は頭の中に浮かんでいた推理を口にする。
犬山が携帯で撮影をし、生存者一人としていないことを確認した教室に、なぜ青葉が飛び込んだのかを。
「きっと犬山さんが、連絡をして教室に戻ってきたら……生存者がいないか確認するように言ったからですよね?」
「それは何故っすか?」
まるで、答えを言ってもらいたいような合いの手だった。「青葉さんはきっと返り血は一つも浴びていなかったんでしょうが……ズボンの裾か、靴下に、地面をけった時に跳ねた血がついていた。だからそれを誤魔化すためにも教室に駆け込み、血の中を駆け、再度裾を汚した。違いますか?」
「さすがエリちん。直ぐにでも名探偵になれそうっすよ」そう、おどけるように言うと、にやりと笑い続けた。
「そこまで分かっていながら、なぜうちが驚いたのか予想もつかないなんて……やっぱり探偵になるのは無理そうっすね」
探偵になる気など更々ないけれど、私は聞き返した。「どうして……驚いたのですか?」
何に驚いたのか見当がつかなかった。
犬山の話のピースを組み合わせ答えを探そうにも、何がピースになるのかすら見当もつかなかった。
私には分からない。
私は探偵ではないから。
「うちが驚いたのは……ここまで事件の真相が分かったというのに、なんでヒメちんを犯人だと言えたかって事っすよ。サヤちんだって言ってたじゃないっすか、自分の首を取らなければこの事件は終らないって。エリちんだってその意味くらい分かっているんすよね?」
「……姫路叡山の意思を私が無視したということですか?」
「分かっているんじゃないっすか」
今回の事件は昂弥が犯行に及んだ所に、犬山が来たことから始まったのだろう。
通常ならそこで犬山がNESTか学園の職員に報告し、昂弥を処分し終わるのだが、今回はそうは行かなかった。
なぜなら昂弥が青葉組の子息ではなく、鳳凰會会長姫路叡山の実子であり、犬山がその専属の護衛だったからだ。
犬山は昂弥の犯行だと露見しないよう偽装工作をしたのだろう。
教室についてから守衛に電話を入れるまで三分の誤差があったのはそのためだろう。
そしてここから、本当の偽装工作が行われたのだろう。
昂弥が事件の犯人ではないとするためにまず、いつわりの犯人をでっち上げることにした。
それが亜弥と沙弥。
鶴賀と白石が犯人だと上げても良いが、その場合音羽會が徹底的に調べに入る可能性がある。
けれど、自分の孫の首を差し出せば調べに入る組はないと姫路叡山は判断したのだろう。
しかし、これには問題が一つあった。
誰が亜弥と沙弥を犯人だと述べるかだ。
鳳凰會の息のかかった者では、亜弥と沙弥の死に不審がる者が出るかもしれなかった。
そこで選ばれたのが十鳥日向子の仲介を受ける殺し屋だ。
その中で名前が挙がったのが秤だ。
ただの若手の殺し屋では姫路姉妹を殺せない可能性があったので、確実に殺すことの出来る名うての殺し屋を雇いたかったのだろう。
しかし、私は気づいてしまった。
姫路叡山の隠したかった実子の存在に。
「分かっていてなんでこんな馬鹿な真似したんすか? アヤちんサヤちんを犯人だと言っていたら、死ぬ事はなかったっすのに」
その通りかもしれない。
私が二人を犯人だと言っていたなら、自分の命も首里組の襲撃を乗り越えた鶴賀と白石も死ぬ事はなかったのかもしれない。
けれど……。
「私が受けた依頼は十六人殺した殺人鬼を抹殺せよです。どこにも姫路叡山の掌の上で踊らされろなんてものじゃないんですよ!」
復讐の為に始めた殺しの仕事だが、それでもポリシーくらいはある。
日向子さんや響さんに教えられた殺しの教示だってある。
「あなた達NESTに後戻りするなと言う教えがあるなら、仲介屋十鳥に仲介を受ける殺し屋には……殺すのは悪人だけって教えがあるんですよ」