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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第8章 殺人鬼ハイドと探偵
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第119話

「三十秒が三秒しか持たなかったっすね。まっ、アヤちんを狙ったヒメちんのナイフを体を張って守ったんすから、倒れるのも無理はないっすねー」


「あぁぁおぉぉばぁぁぁぁぁぁああああああああ!」


 絶叫と共に、掴んだ私の腕を強引に振り払い駆け出した。


「――ッ! 待って!」


 制止の声は亜弥には届かなかった。


 走りながらナイフを抜き取ると、姫路昂弥に向かった。


 無理だ。

 そんな激昂して直線的な動きがかなうような相手ではない。


 利き腕である右腕は傷が深いのだろうか、力なくだらりと垂れ下がり戦いに使えそうではなかった。

 亜弥は左手にナックルガード付のナイフを逆手に握っていた。


「おいで。愚姪」


 本からジャグリングナイフを取り出すと、切っ先を亜弥に向け挑発的に笑った。

 

 二人の距離が近くなると亜弥が飛んだ。


 高く舞ったのではなく、切っ先の下に潜り込むような低く、野球のヘッドスライディングのように飛んだ。


 全速力からの低空ジャンプだ、昂弥の視線は追えてはいなかった。


 しかし、その体勢から出来ることなど精々足を切りつけるくらいだと私には思えた。

 頭の高さが膝付近では致命傷を与えられるような急所はないと私は思ったが、さすがは姫路組の令嬢と言ったところだろうか、うつ伏せの体勢を左腕を振り体を捻る事により仰向けの体勢に変え、わき腹目掛けナイフを突き立てにいった。


 前を向いた青葉には亜弥の動きは見えなかっただろう。


 沙弥を傷つけられ激昂した、亜弥の命を懸けた動きは昂弥の目には映っていなっかった。


 それは間違いない。


 彼の視線はただ悲しげに私を見つめていたのだから。


 どうしてそんな目をするの?


 私が疑問に思ったときゴガンと石と石がぶつかるような、硬いものどうしの衝突音が耳に届いた。


「……そんな……」


 亜弥の命をかけた一撃は昂弥には届かなかった。

 ナイフの切っ先が腹に突き立てると思った時に、昂弥は亜弥の顔を踏みつけていた。


 目で追っていなかったというのに、昂弥は階段を上るように片足を上げ、勢い良く下ろしていた。


 衝突音と共に反動で亜弥の両手が上がり、そして力なくばたりと下りた。


「こんなものが姫路を名乗っていたのか……反吐が出る」


 亜弥を罵ると、昂弥は足を離し、視線を倒れたままの沙弥に向けた。

 釣られるように私も視線を移した。


 沙弥の口の端から血が漏れると、かはっと血を吐き出した。


「沙弥さん。大丈夫ですかッ」


 沙弥はまだ生きていた。


 私は駆け寄り呼びかけると、薄く目を開けた。


「……あら……歌波さん……どうして……逃げてない……ですの……」

 顔を覗き込むが沙弥と視線は合わなかった。


 ナイフの刺さった場所が悪い。特に左胸に刺さったナイフは肺を貫き、間違いなく致命傷だった。


 沙弥が助からない事は明白だ。


「亜弥……は? 亜弥は……逃げられた……んですの?」


「……ッ!」

 亜弥も死んとは言えなかった。


 死に行く沙弥に絶望を与えることなど私には出来なかった。


「亜弥さんは、逃げましたよ。日向子さんが来てくれてたんです。亜弥さんの無事が確保されたので、私が沙弥さんの加勢に来たんですよ」

 震える彼女の手を取り私は語りかけた。


「良かったです……わ……」

 沙弥は目を閉じ笑みを浮かべた。


 優しい笑みだった。


 妹の無事を心から喜ぶような、愛に溢れた優しい笑み。


 姫路組の後継者として育てられた沙弥とその影武者として育てられた亜弥だが、二人は後継者と影武者の関係よりも、もっと、もっと深い双子の姉妹の関係があったんだ。


 沙弥がどれだけ亜弥の事を愛していること事が伝わった。


 沙弥の指先の震えがゆっくりとなっていった。

 呼吸も弱まり、彼女の死が近づいてくるのが分かった。


 最後に亜弥を守れたことを誇りに彼女は安らかに死んでいった――。


「アヤちん死んだっすよー」


 静寂を切り裂くような犬山の痛烈な一言。


 沙弥の目が見開かれ、私を見つめた。


「……ッ」


 どうして?

 どうして安らかに逝かせてあげないんだ?


 沙弥に犬山の言ったことが嘘だと伝え様とした時に、私は気づいてしまった。


「……沙弥さん? 沙弥さん?」


 返事はなかった。

 そうだろう。

 見開かれた沙弥の瞳孔は開き、全く動いてはいなかった。


 沙弥は死んでいた。

 妹の死を伝えられ、私を睨みつけたまま死んでいった。

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