第11話
赤い屋根が目立つレンガ造りの外見は、オランダの牧草地帯にありそうなファンシーなもので、日本家屋が立ち並ぶこの細道では酷く浮いていた。
木製のドアに手をかける。
扉は見た目よりも遥かに重く、力を入れないと開かないくらいだった。
「お邪魔します」と、声を出し、店内に足を踏み入れる。
内装は外装に合わせてか、ウッド調の温かい雰囲気となってる。
店内にはカウンター席が五つに、四人がけのテーブルが四つあるこじんまりとした造りだった。
テーブルの間隔は広く、詰めれば後一つか二つテーブルを置けそうではあったが、常に閑古鳥が鳴いているこの店では、これ以上の席は不必要なのかもしれない。
「おっ、エリちゃんに響くんご一緒かな?」と、カウンターに座っていた十鳥日向子さんは、缶コーヒー片手に、備え付けられた丸い椅子をくるりと回し振り向いた。
毛先にパーマをかけた、茶色の髪がふわりと揺れた。
三十代中盤には見えない幼い容姿と相まってか、まるでビスクドールの様だった。
さっき親子と述べたが、やはり姉で当たっているのかもしれない。
「調度買い物帰りに会ってさ、一緒に帰ってきたんだよ」
響さんはそういうとカウンターに荷物をどさりと置き、カウンターの裏に回ると、黒いエプロンを身に纏い、「二人っきりの、楽しい帰り道だったよ」と、付け足した。
「じゃあ釘はしっかり刺さったみたいだね。良かった。良かった」
日向子さんはそう言うと、缶コーヒーを持ったまま、私を指差し、「今回の点数は三十点だね。依頼完遂は出来ても、事後処理はダメダメ。エリちゃんがもうちょっとで、死ぬところだったんだよ」
「すみませんでしたッ!」
勢いよく頭を下げる。
日向子さんは私に向け話を続けた。私は頭を下げたまま、その言葉に耳を傾ける。
「今回みたいなケースでは、逃げ道を確保するなり、依頼人を牽制するなり、身の安全を確保しなきゃだよ」
「以後気をつけます」と、頭を下げたまま答える。
「分かればいいよ。さっ、顔を上げて」
言葉に従い頭を上げると、日向子さんの手には分厚い封筒が握られていた。
私は思わず目が輝いてしまった。あの封筒は……。
「それじゃ、お待ちかねの、報酬分配タイムといこうか」
日向子さんは封筒から札束を二束取り出した。
思わず、「ごくっ」と、生唾を飲み込む。
「今回の依頼内容で、二百万は安い気もするけれど、まっ、エリちゃんの勉強にはなったことだし、よしとしようか。それに、前金で貰えたことだし、踏み倒される心配のない依頼は良い事だね」と言うと、日向子さんは帯を外し、枚数を数え始めた。
「――――――四十八、四十九、五十っと。仲介料として、二百万の二十五パーセント、五十万円頂まっす」と、弾む様な声で言った。
仲介料を差し引かれても、残り百五十万。刑と二人で分けても一人七十五万の取り分となる。
生活費や装備の補充をしても、今月は多く手元に残すことが出来そうだ。
思わず笑みがこぼれそうになる。
私は残った百五十万に手を伸ばそうとすると、「あと、手打ち代として百万円いただきまっす」と、はずむような声で言い、一束を自身の膝の上に置いた。
「……」
手を伸ばしたまま固まる私。
「……」
現状把握できずに、固まり続ける私。
「日向子……それはさすがに取りすぎじゃないか?」
固まる私の代わりに響さんが苦言を呈してくれた。
そうだ! そうだ!
心の中でエールを送る。
「響くんは黙って」
微笑む響さんに低い声が届けられる。
「今回は依頼代行者から遡っていって、実際の依頼主を突き止めて釘まで刺したんだから、このくらい取るのは当然だよ」と、響さんに向かい言うと、私に視線を移す
。
「本当だったらこれはエリちゃんが私に直接以来をするか、自分で手配することなんだよ。そうすれば、時間にも余裕があって、もっと安く済ませることも出来たんだし」
「……すいませんでした。以後気をつけます」
もし相手が政府だと言うなら、対策を練るにしても、金がかかりそうなのは間違いなかった。
私は百万を諦め、手元に残る金額を計算した。
残りは……五十万。刑と二人で分けて二十五万ずつか。壊れたナイフを買い換えや細々とした出費を考えると、手元には数万円残るかどうかで、今回は貯金に回すお金はなさそうだった。
思わずため息を吐きそうになる。
目標の貯金額に達するのはまだまだ遠そうだった。