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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第8章 殺人鬼ハイドと探偵
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第118話

「徳……人……」

 体を痙攣させながらも白石はずりずりと這って近づいていく。

 青葉はそんな白石を気にしていないのか目もくれずに、落ちたバタフライナイフを拾った。


「青葉ぁぁ……許さねぇ……絶対――」


 白石の言葉を遮るように、「姫路だって言っただろ」と、バリソン社のバタフライナイフを宙に放った。

 ナイフは回転しながら落下し――白石の腰に突き刺さった。


「っあ……くっ」


「麻酔を打っているから痛みはないだろうけれど、血を流しすぎだよ。中毒で死ぬのが先か失血死が先か僕でも判断は出来ないけれど、君はもうすぐ死ぬよ。直ぐに胃を洗浄して輸血すれば奇跡的に助かるかもしれないけれど、もう残っているのは歌波さんと姪が二人……助かる可能性はゼロだね」


 姫路昂弥の言うとおりだ。

 今の私達がこの二人から白石を助け出し、逃げ果せる可能性はゼロ。


 せめて刑がこの場にいれば可能性があったかもしれないが、もう連絡を取る術はなかった。


 もしかして、携帯が途切れたのを不審に思い助けに駆けつけてくるんじゃないかとも思ったが、刑が来る可能性のほうがゼロといえるかもしれない。


 私は電話で『私が次に刑と呼びかけたら学園に侵入し、屋上を目指してください』と言った。


 刑は間違いなくこの指示を守るはずだ。

 今私が考えなくていけないのはこの場から逃げ出し、刑と連絡を取る方法だった。


 どうすれば逃げられる? 

 考えろ。


 姫路姉妹二人と協力し何とか逃げる方法を。


 じりじりと後退し、犬山と姫路昂弥と距離をとる。


 最悪の展開として刑が来る前に二人が動き出すことも想像はしていたが、その最悪のケースよりも今の状況は悪かった。


 私は青葉と犬山の二人を甘く見ていたんだ。

 首里組の殺し屋と戦う姿を見て、白石の脳内麻薬が出たときの実力ならば、怪我をしているとはいえ、刑が来るまで犬山を押さえられると。流れるような沙弥の動き、松山に通じはしなかったが、大太刀を振るう鶴賀の実力ならば青葉に対抗できると考えていた。


 しかし、結果はこれだ。

 姫路姉妹と私以外は倒れている。

 刑も呼ぶことができていない。

 

 これがゲームならば詰んでいる状態だ。


「さてと……残りは愚姪二人に歌波さんか。フェミニストって訳じゃないけれど、女の子を痛めつけるのは趣味じゃないんだよね。動かないでいてくれたら、痛みを感じるまもなく、逝かして上げるよ」


 また本からナイフを一本取り出すと、手元を見る事無くジャグリングを始めた。


「エリちんどうするっすか? 選択肢は二つっすよ。大人しく首を差し出すか、抵抗して痛めつけられ殺されるかの」


 犬山の提示には逃げるという選択肢は入っていない。

 どちらの選択肢を選んでも結末は死だけだった。


「逃げ切るという選択肢はないんですか?」

 自分で言いながらも結果は分かっていた。


 二人が発するプレッシャーは半端ではなかった。


 対峙しているだけで額から汗が噴出してきた。

 視界を遮らないように気をつけながら袖で拭う。


 一瞬でも目を離せば命取りだということが直感で分かった。


「逃げ切れると思っているんすか?」と、犬山は笑って言った。


 逃げるのは……不可能だ。身のこなしから何から何まで私は犬山には遠く及ばないし、姫路昂弥の投擲がある以上、背を向けるのは命を捨てるようなものだ。


 そして亜弥と沙弥に関しては別の理由で逃げる事はできそうになかった。


 逃げることができないんじゃない、逃げ帰る場所が彼女達には残されていないからだ。


「逃げられませんわ」

 背後から声がする。


 同じ声なので亜弥と沙弥のどちらが口にしたのかは分からなかったが、声に震えはなかったので、多分沙弥だろう。


「私も馬鹿ではありません。今回の事件を収めるためには私の首が必要と言うことくらい分かっております。そこで相談なんですが……亜弥の命を助ける事はで来ませんか?」


「……ッ! お姉様何を仰ってるのですか」


「お黙りなさい。あなたも気づいてるのでしょ、私達は……いえ、私は影武者に使われたという事を。犬山様、もう一度言いますわ。私が死ぬ代わりにアヤを生かすことは出来ますか?」


「美しい姉妹愛っすから生かしてあげたいところなんすけど……うちに出された指令は、姫路亜弥と沙弥の首を取らせることなんすよ。途中経過がどうであれ、二人が死ぬ事は確定事項なんす。申し訳ないっすね……これも仕事なんで」


「……そうですか」と、沙弥が呟くと、背後から足音が聞え、私の隣でピタッと止まった。


「歌波様……先ほどから犬山様が波原刑の名前を挙げていますが、あなた様はNESTの殺し屋ではなく十鳥日向子の息のかかった殺し屋と考えてよろしいでしょうか?」


「……はい」

 正確には違うが私がそう答えると、沙弥、「良かったですわ」と言い、切り裂き短くなったスカートをはためかせナックルガード付のナイフを抜き取った。


「三十秒は時間を稼ぎます。亜弥を十鳥様の元まで逃がしてください」


「お姉様。何をおっしゃるんですの。私も一緒に戦いま――」


「歌波様答えを!」

 沙弥は亜弥の言葉を遮った。


 その声には覚悟がこもっていた。


「分かりました。逃げられたら必ず日向子さんに預けます」


 私の返事を聞くと、沙弥は嬉しそうに笑った。

 妹の命が助かる可能性が出たことが嬉しいという気持ちが溢れ出た笑みだった。


「十八年間守っていただきありがとうございます。ですので最後は――私が命をかけてあなたを守ります」


「いやっ! お姉様! 私も一緒に――」


 涙の交じった言葉は、「亜弥!」と言う叫びにも聞える声に再度打ち消された。


「愛していますわ」


 私はその言葉を合図に振り返り、亜弥に向かい駆け出す。


 沙弥の最後の覚悟を踏みにじるわけにはいかない。絶対に逃げ切ってやる。

「逃げて!」


 両手で顔を覆い涙を流す亜弥に向かい叫ぶ。


 三十秒持たせることが出来るかどうか分からないが、一秒たりとも無駄にしたくなかった。


 怪我をした腕を引っ張ってでも逃げてやる。


 顔を覆う手を掴み、引っ張ろうとしたときに、亜弥の瞳が見えた。


 悲しみが覆っていたのでも、恐怖が現れていたのでもなく、そこには絶望が表れていた。


 どうして絶望なんだ?


 そう頭を過ぎった瞬間、どさっと言う音が耳に届いた。


 どさっ?


 立ち止まってはいけないと分かりつつも、私は足を止め振り向いてしまった。


「沙弥ぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!」

 亜弥の絶叫の中、ジャグリングナイフが沙弥の左腕、左胸、左脇腹に刺さり倒れていた。

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