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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第8章 殺人鬼ハイドと探偵
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第117話

 三メートルほど飛ばされた私は手をつき、一回転し体勢を立て直すと、拳を振るう白石の姿が見えた。


 大振りの右拳を犬山に振るう。しかし犬山は踏み込みかわすと、白石の裂かれた腹に膝蹴りを放った。


「……ッ! 効かねえよ!」

 叫ぶと、くの字に曲がったまま前蹴りを放った。


 傷口を蹴られたばかりだというのに白石の反撃は早かった。


 犬山はとっさに下がろうとするが、白石の蹴りが届くほうが早かった。


 犬山は、「わぁお!」と、声をあげながらフェンスまで吹き飛ばされる。


 信じられない光景だった。


 人間がライナー性のボールのような勢いで飛び――くるりと半回転しフェンスに掴まった。

 その動きは猫のようだった。


「いやー。やっぱりシラちんは強いっすね。けど女の子のお腹を蹴っちゃダメって教えられなかったすか?」

 全くダメージを受けていないように平然としながら、腹を擦り犬山は言った。


 本当に受けていないかもしれない。犬山は避けきれないとわかった時点で、自分から後ろに飛び威力を消していた。


 体重が軽く、猫のように柔軟な筋肉を持つ犬山だからこそ出来る芸当かもしれない。


「悪いな。次からは顔を狙うわ」


「女の子の顔を殴るのはもっとだめっすよ。まっ、殴らせるつもりは元からないっすけどね。ヒメちんシラちんの相手はうちがやるっすから、他は任せて良いっすか?」


 姫路昂弥は、「いいよ」と、答えるとゆっくりと本を開き、ジャグリングナイフを一本取り出した。


「雑魚ばかりだけど……姪っ子を殺せるなんて早々経験できないだろうから――楽しみだね」


 殺気が迸り私は無意識に、「逃げて!」と、叫んだ。

 しかし背後からは返事はなく、代わりにガンと扉を叩く音が聞こえた。


「逃げる? だちが戦ってんのに逃げられっかよぉおおおおぉおおおッ」

 叫び声と共に鶴賀が姫路昂弥に向かい斬りかかった。

「殺したやつにあの世で詫びろやっぁあああぁあああああ」


 青葉に向かい大太刀を振り下ろす。


 いや、振り下ろそうとしたその瞬間姫路昂弥は一歩前に進み鶴賀に抱きついた。


 たったそれだけの動きで鶴賀の動きは封じられた。


 剣線の外に出るのではなく、身動きが取れないほど密着することによって刀を無効化した。


「ここまで近づくと人は何も出来なくなるんだよね」

 言い終えると同時に、青葉は右手に握ったじゃグリングナイフを鶴賀の背中に突き立てた。


「うがぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああぁぁ」と、絶叫が鼓膜を振るわせた。


「痛いかな? そりゃそうだよね、ナイフが心臓の数ミリ隣に刺さっているんだからね。ああ、そうだ。痛いからって下手に動いたら、心臓に傷を付けて失血死するから気をつけるんだよ」


「あっ……がぁっ!」

 痛みの為か鶴賀は顔を歪ませ、握った大太刀を落とした。


「徳人ぉぉおっ」

 叫びながら白石は青葉に向かい駆け出そうとしたが、犬山がナイフを振るいその進路を塞ぐ。


「行かせないっすよ。シラちんの相手はうちって言ったじゃないっすか」


「どけよ!」


 そう叫ぶと、白石の瞳孔が収縮していくのが分かった。

 あれは脳内麻薬を分泌した時の目だ。


「犬山どけ! どかないなら……お前を……殺す」

 青葉の吐きそうな殺気とは違う、押しつぶすような殺気が屋上に広がる。


「……ッ。来たっすね。モード来流―。音羽會の狂獣。音羽會会長の首を取りに行ったうちの殺し屋を何人も撃退したという化け物っすねー。恐ろしい殺気っす。これはうちも本気出さないとヤバイっすね……」

 犬山は袖を垂らし首をコキコキと鳴らし、白石を見つめ、唇をぺロット舐めた。


 二人の戦いが始まる。


 私がそう思ったとき、突然白石の頭が揺れると、そのまま倒れた。


「えっ?」

 何が起きたのか私には理解できなかった。


 犬山は構えはしていたが身動き一つとっていなかった。

 姫路昂弥も鶴賀にナイフを突き立てたまま、動いてはいない。


 もしやと思い、姫路姉妹のほうを向いたが、亜弥も沙弥も呆然と光景を眺めているだけで、誰も動いてはいなかった。


 この四人が何もしていなかったのならば、もしや狙撃とも思ったが、銃声も聞えなかったし、白石の様子からしても、出血はなく、撃たれたようには見えなかった。


「何が……起きたの……」

 私の呟きに答えたのは、姫路昂弥だった。


「オーバードースって知っているかな?」


 知らない言葉だった。


「分からないようだね。オーバードースって言うのは、薬物の過剰摂取による中毒症状のことだよ。今の白石君は脳内麻薬が出ている状態だけど、彼は一つ忘れていたみたいだね。さっき僕が痛み止めの注射をした事をね。僕が打ったのはモルヒネなんだけど、主成分は脳内麻薬と同等のものなんだ。高濃度のものを三本打った状態で、常人なら死んでも可笑しくないほど脳内麻薬を分泌されればどうなるかな?」


 白石は薬物中毒の症状が出ていて、倒れたまま小刻みに震え口からは白い泡が見えた。


「おっ……がぁっ……」

 単語にならぬ言葉を漏らしながら、白石の震えは強くなっていった。


「残念っすよ。シラちんとなら楽しい殺し合いが出来そうだったんすけど、万が一って事もあるっすから、アオちんにお願いして打っておいて貰ったんすよ。いやー思った通りに事は進まなかったすけど、いい結末を迎えられそうっすね」


「しら……っ……いし……ッ」

 倒れる白石に鶴賀が手を伸ばそうとするが、刺されたナイフが痛み顔を苦痛に歪め、手がブラント落ちる。


「鶴賀君だって致命傷なんだから、動いたらダメだよ。親友が苦しむのを見続けるのは辛いんだったら、僕が楽にしてあげるよ」

 と言うと、姫路昂弥はジャグリングナイフから手を離し、鶴賀の腰に挿した匕首を抜き取った。

「鶴賀君に選ばせて上げるよ。匕首とそこに落ちている日本刀のどっちで止めを刺すのかを」


 どっちで止めを刺す? 

 首里組の松山は首里悠一郎の形見の匕首で敵を取ろうとしたが、姫路昂弥の提案は似ても似つかないものだった。


 友人の止め刺す獲物を選ばせるなんて、悪趣味そのものだった。


 姫路昂弥は鶴賀の顔を覗き込み、「どっちがいいかな?」と、微笑を浮かべる。


 表情は柴犬のような愛くるしい顔をしているというのに、吐き気を催すような不気味さを感じた。


「はん……どっちも……ごめんだ」と言うと、鶴賀はにっと笑った。


「どっちもごめん?」

 と言うと、匕首を投げ捨て、「じゃあ僕のナイフで殺してあげようか」と、本からまた一つナイフを取り出した。


「……そいつもごめんだ……手前は……ここで死ぬんだっ!」

 動けば死ぬといわれた鶴賀は、垂らした手をポケットに突っ込み、中から銀色のバタフライナイフを取り出し、開きながら覗き込む青葉の顔に向かい振り上げた。

 あのナイフは昼に私から取上げた、バリソン社のバタフライナイフだ。


 姫路昂弥の死角からの一撃だった。


 視認してから動いては間に合わない、一撃だった……が、彼は鶴賀の動きを読んでいたかのように、顔を覗き込んだまま後ろに飛んだ。


「なっ……っぁ……ぐっ…………ぁっ――――」

 空振りすると鶴賀の口から血が滴りその体勢のまま地面に倒れていき――そのまま動くことはなかった。


「……動かなければ死ななかったのに……な」

 背中から、血が溢れ出し、白いワイシャツを赤黒く染めると地面に血が広がって行き、手から落ちたバタフライナイフに迫っていく。

 まるで死んでなお武器を手にし青葉と戦おうとしているかのように。

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