第113話
ナイフの刃に付いた血の量は指一本よりやや多い程度でしょう。けれどそれが十本のナイフだったらどうですか? 十分水槽の水の色を赤黒く染め上げることが出来るはずです」
「十本って……」
背後から亜弥か沙弥の声が上がった。
振り向いて確認すればどちらか判断することも出来るだろうが、今の私は犯人から目を離すことが出来なかった。
「十本ものナイフを獲物として持ってきているのは青葉さんだけです。つまり水槽の偽装をしなければならないのは本の中に十本のジャグリングナイフを仕込んでいる青葉昂弥あなただけなんですよ」
ブレザーを血で汚したのも同様だ。多少濡れていたのではなく、十本ものジャグリングナイフをぬぐったためにびしょびしょと言っていいほど濡れてしまった。それを誤魔化すためにも死んだ後に血を大量に垂らすために何度も何度も、突き刺したんだろう。
「……確かに僕だけが複数の武器を持ってきているけれど、その当日だけ別の容疑者が多くの凶器を持ってきた可能性もあるんじゃないのかな?」
「それはありません。私はクラスの皆さんに話を聞き、それぞれの獲物について聞きましたが、今日拝見した獲物と、話の獲物は一致していました。もしも当日だけ多くの武器を持ってきていたならば、その情報が上がるはずです」
「……そうだね」
青葉はそう答えると視線を左右に揺らした。
次の言い訳を考えているのだろうが、私はそんな時間を与える気はなかった。
「皆さんに一つ言い忘れていたことがあります。この偽装工作を青葉さんが行なう事は不可能なんです」
「……はぁっ?」っと、腕組し傍観者に徹していた白石が声をあげると「おい。じゃあ青葉が犯人って言ったのはどういう事なんだよ?」と、続けた。
「私はまだ青葉さんを犯人だとは言っていませんよ」
「うんっ? いや、言っただろ」
「私は十六人殺した殺人鬼ハイドは青葉さんだと言ったんですよ。その証拠に私は彼を一度も犯人だとは言っていません。この偽装工作をしたものは別にいるんです。殺し屋ハイドの協力者であり、このただの衝動的殺人を、ミステリ風にアレンジした犯人が」
この偽装工作を青葉には行うことが不可能だった。
凶器を水槽で洗って隠蔽する事は青葉にも可能だろうが、上履きを入れ替えるトリックを行う事は無理だった。
青葉にはできないなら誰になら出来る?
そう考えたときにピースが一気に揃い事件の真相に私は辿りついた。
いやそれ以外にもいくらでも答えを映し出したピースはあったんだ。
例えば私が組を抜けないかと青葉に言ったときの彼の返答もそうだった。
青葉が首里組のカマキリのような男に投擲したときもそうだ。
「この殺人は、さっきも言ったように衝動的な犯行です。言い換えれば突発的なものですね。青葉さん一人では隠蔽することは出来なかったでしょう。いえ、もしも殺人鬼ハイドが亜弥さんでも沙弥さんでも鶴賀さんでも白石さんでも隠蔽は無理ですね。だって上履きを変えるためには靴のサイズが分からないとできないんですからね」
私が言った瞬間、白石の視線が犬山に向けられた。
きっと背後の鶴賀たちの視線も犬山に向っただろう。名前を言わなくても皆理解していた。
犬山にしか靴のサイズが分からないことに。
「上履きの交換にはサイズが一致しなければいけません。そのためには誰がどのサイズか知っていなければ出来ませんよね? じゃあその情報を知っているのは誰か? 答えは簡単です、クラスメイトの情報を知っているあなたにしかできないんですよ」
そこまで言い、一息つき、「違いますか?」と聞く。
「違うっすよ。上履きくらいぱっと見いっしょくらいのサイズと履き替えればいいんじゃないっすか?」
「それは無理だと思いますよ。普通の人間は身長や足のサイズなんて完璧には当てられないんですよ。それを誤差なしで交換できるのは容疑者の中ではあなたしかいないんです」
「……」
今度は返答はなかった。