第112話
「犯行を認めますか? 青葉さんは教室に戻り、前の席の愛瀬さんを刺し殺し、それから教室にいたクラスメイトを靴を血で汚しながら皆殺しにした。違いますか?」
「……くっくっ」
青葉は答えずに、笑った。
そこからは仔犬のような可愛らしさは感じる事はできなかった。
「面白い……推理だけれど、どこにも証拠はないよね? 別に愛瀬さんが犯人に勝てないと分かり、慣れ親しんだ机で死ぬ事を選んだと考えることも出来るんじゃないかな? それなら、歌波さんが言った証拠にはならないんじゃない?」
「そうですね。証拠と言うには弱いかもしれませんね。けれど残り二つの謎を解けば、十分証拠になると思いますよ」
指を二本立て、私は青葉に向かい言った。
「二つの謎っすか」
「はい。一つ目は消えた凶器の謎です。人を殺したら凶器に血がつきます。振って血をある程度払うことは出来ますが、完璧ではありません。けれど、事件後の各々の身体チェックで血の着いた凶器は発見されませんでした。そりゃそうですよ。犯人は凶器を洗ったんですからね」
「エリちんそれはないっすよ。だって靴のとき言ったじゃないないっすか、どこにも血のついた布も、濡れたタオルもなかったって。まさか犯人の凶器もクラスメイトと取り替えたっていうんすか?」
靴は皆同じデザインだから取り替えることも出来るが、ナイフ等の凶器はそうはいかない。
それぞれが個別の大きさ、デザインのナイフや、小刀を持ってきている。
似ているものを選んでも、私たちプロの目から見れば違いは一目瞭然だろう。
「取り替えてはいません。ただ洗って拭いただけです」
「拭いたならその布はどうするのかな?」
「その場に捨てていくだけです。けれど犯人はその凶器が洗ったことがばれないように偽装をしていたのです。犯人は来丸虎風さんのブレザーで拭いたんです。ただ拭いた事実を明かしたくなかった犯人は落ちていたクラスメイトのナイフで滅多挿しにし、血をブレザーに垂らし、拭いた事実を隠滅しました」
「エリちんそれは面白い考察っすけど、別にブレザーで拭いて濡らしても、そのままにしても問題はないじゃないっすか」
「それが、そうとは言えないんですよ。三つ目の謎を解くと分かりますよ。三つ目の血で染まった水槽の謎を」
指を一つ足し、三本立てたまま、青葉の顔を見る。
薄い笑みはまだ消していない。
自分が犯人だという証拠が出ないと確信しているんだろうか?
それとも彼にとって犯人だと言う証拠が出てもいいと思っているんだろうか?
唯一つ分かった事は、小脇に抱えた本を持つ手に、力が入った事に。もう刑を呼ぶべきかどうか逡巡し、今は様子を見ることにした。
「教室に置かれた水槽は血で赤黒く染まっていました。水面には来丸さんの切り落とされた指が三本浮かんでいたんで、その切断面から漏れ出した血のせいで染まったんだと私は考えていました。けれどそうじゃなかったんです。失礼だと思いましたが、教室で死んだ守衛さんの打ち落とされた指を水槽に投げ込んで実験してみました。その結果水槽は……ほとんど汚れませんでした。二本と三本の違いはありますが、指を入れただけじゃ水槽の水が赤黒く染まる事は殆どありません。けれど教室の水槽は赤く染まっていました。どうして染まったのかは簡単です。犯人が凶器をその水槽で洗ったからです。けれど、犯人はその事実を隠したく、来丸さんの指を切り落として、投げ込んだんです」
「それこそ偽装する必要はないんじゃないっすか? うちもエリちんの推理が正しければ、アオちんを犯人と認め、エリちんのお手伝いしてあげたいんすけど、こうも空想の域を出ないと苦言を呈さなければならないっすね」
腕を組み嘆息すると、犬山は猫目で私を見つめた。
「それがあるんですよ。犯人が凶器を水槽で洗っただけならば放置すればいいんです。しかし犯人が偽装したことから、青葉さんが犯人だと証明することになったんです。考えてみてください、切り落とした指を入れても水槽の水はほとんど替わることがないというのに、凶器の一本や二本で水槽の水が変わると思いますか?」
「……」
私の質問の意図を理解したのだろうか、犬山は口をつぐんだ。
解決編の終わりも近くなってきたな。
次に来るのはもうミステリでもなんでもない、ただの殺し合いだ。
刑による犯人の抹殺。
いつでも刑に合図を送れるように、私は携帯の入ったポケットに指先を当て、いつでも取り出せるように準備をする。
殺人鬼ハイドと犯人――協力者を指名し、動機を聞いている間に刑の名を呼ぶ。
そこからの約三百秒を話で稼ぐのが私の役割だ。
殺しの力のない私は命をかけて喋り続けよう。
覚悟を決め、解決編のフィナーレに向け、私は話し出す。