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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第8章 殺人鬼ハイドと探偵
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第109話

「……」

 押し黙る鶴賀。


「偽装ってなんですか? 音楽室にいなかったんだろではなく、偽装していたとどうして言ったんですか?」


「それは……」

 その後の言葉は続かず、鶴賀はまた押し黙った。


「私はこう結論しました。鶴賀さんは当日屋上で……姫路姉妹の奏でるピアノの音を聞いたのだと」


「……ッ!」

 鶴賀の顔に驚きの色が現れた。


「そもそも鶴賀さんは屋上にいたと言っていいますが、正確にはここではなく、あそこです」

 と、私は特別校舎塔の一番端を指差した。


 視線が一斉に移る。


「あそこは、音楽室の上です。そうですよね亜弥さん?」


「ええ……そうですわ」

 亜弥が答えると、鶴賀の顔に焦りの色が浮かんでくる。


「音楽室の上には大量の吸殻が捨てられていました。多分鶴賀さんは姫路さん達の演奏を聞くのが好きだったんじゃないんですか?」


「なっ、誰があんな下手な演奏――ッ!」

 鶴賀は自分の失言に気づいたのか、慌てて口をつぐんだ。


「鶴賀さんはなぜ姫路さんたちの演奏が下手なんて言えるんですか? このクラスには音楽室を使う授業などないはずですよ。あなたは屋上でいつも姫路さんたちのピアノを聞いていたんです。事件の時も。けれど、それを私には言わなかった。それは白石さんを庇う為ですね」


「俺?」と、白石が自分を指差した。


「はい。鶴賀さんはタバコを吸いながらピアノを聞いていたので、白石さんが犯人だと思ったんです。私も鶴賀さんがタバコを吸っていた場所に行き確認したんですけど、白石さんが寝ていたという梯子の上は……角度的に見えないんですよ。それどころか梯子も扉すら、壁のせいで死角になるので、白石さんが気づかれずに隙を見て、梯子を降り、教室で犯行に及んで帰ってくる事は可能なんです。つまりこの時点で……鶴賀さんと姫路姉妹は容疑者から外れるんです。互いにアリバイの証言をしていることになったんですからね」


「……」

 鶴賀は押し黙り、下を向く。


 私の推理が当たりだと表していた。


 しかし押し黙る鶴賀の変りに、推理の矛盾を犬山が突いてきた。

「エリちん面白い推理っすけど、それでアヤちんとサヤちん共に容疑者から外れるのはおかしいっすよ。ピアノを聴いていたとしても、普通はアヤちんかサヤちんのどちらかがピアノを弾き、どちらかが皆殺しにしたと考えるもんじゃないっすかね? それにシラちんを庇うためってのもおかしい話っすよ。まだ容疑者にはアオちんもいるっすよ。シラちんを疑うよりも、まずはアオちんを疑うべきなんじゃないっすか? それと最後に、防音がしっかりしているって言うのに、なんで音楽室のピアノの音が聞えるんすか? 屋上にピアノの音がしたって言うのも、アリバイ工作のためについた嘘なんじゃないっすか?」


 犬山が推理の欠点をついてくるが、私は一つ一つ説明していった。

「まず簡単に答えられるのは、青葉さんが犯人と考えなかったのは、鶴賀さんが青葉さんを弱いと判断していたからですね。青葉さんは皆さんよりも腕が落ちると言うのは共通認識でしたから、排除されたんだと思います。次に屋上にピアノの音が届くのかと言う点ですが、普通なら他の教室よりも防音性の高い音楽室で音が漏れることは有り得ません。窓が開いてでもいない限りは」


「……開いていたんすか?」

 振り向き亜弥に聞いた。


「ええ。音楽室には冷房がないので、暑いときは窓を開けていますわ。もちろん一昨日も開けていました」


「それならツルちんの耳にピアノの音が届いたのも納得っすけど、それがどうして二人が容疑者から外れることになるんすか? アヤちん、サヤちんのどちらかが弾いていたのなら、弾かなかった方が犯行を犯したと考えることも出来るんじゃないっすか?」


 普通はそう考えるだろう。

 私もそう思うし、頭脳明晰の鶴賀ならば気付かないはずないだろう。


 しかし鶴賀はそう考えなかった、それこそが、姫路姉妹が容疑者から外れた理由だ。


「その答えは今確認しますね。失礼ですが鶴賀さんはピアノを習っていたんですよね?」


 私の質問に、鶴賀は恥ずかしそうに、「ああ」と、答えた。

 粗暴な鶴賀がピアノを習っていた事実に、みな唖然とした。

 まあ初めて聞けばそうなるだろうな。


「白石さんが、鶴賀さんの習い事を教えてくれました。剣道、柔道、空手に書道。算盤にピアノに……えっと……水泳でしたね」


「英会話もやってるぞ」

 白石が補足してくれた。


 ちょっと習い事が多すぎるな……一度じゃ把握しきれないよ。

「鶴賀さんの大量の習い事を聞いて初めは小学生の頃に習っていたと思っていましたが、もしこれが今も習っている、若しくは最近まで習っていたとしたらどうですか? 白石さんが鶴賀組に来てからもやっていたとしたら。鶴賀さんいつまでやっていましたか?」


 鶴賀は恥ずかしそうに頭を掻き、「水泳と算盤は高一になる前まで、ピアノと書道は今年の春まで、ほかは今でもやってんよ!」と、答えた。

 格闘技だけじゃなく英会話もまだやっているんだ。ハーワイユーと言う鶴賀を見てみたいな。


「おいチビガキ、笑ったら殺すぞ!」


 笑みがこぼれそうになった私を、鶴賀は射殺す目で見た。

 あれ? 

 殺気も放っているぞ。


 私は慌てて、「ありがとうございます」と、礼を口にし、犬山に向き直った。

「えっと、つまりピアノは最近までやっていたということです。上手い下手は別として、ピアノに接していたんです。亜弥さんと沙弥さんが連弾しているのが分かるくらいには」


「連弾って……二人で弾くあれっすか?」


「はい。私が音楽室に行ったときに、ピアノの前に椅子が二つ並べてありました。あれは二人で弾いていたからなんじゃないですか?」


 椅子が前後なら指導と考えられるが、二つ並ぶ理由はそれしか思い付かなかった。

 それも一脚は右により、一脚は左に寄っていた。


「ええ。今日も一昨日も沙弥さんと二人で弾いていました。ちなみに一昨日弾いていた曲は――」


 亜弥が曲名を答える前に、「ブラームスハンガリー舞曲集だろ」と、鶴賀が聴いたこともないような曲名を答えた。


「あら、知っていましたの?」


「ブラームスの曲調が好きなんだよ」

 鶴賀は気恥ずかしそうに答えた。


「あら奇遇ですわね。私もブラームスの曲調が好きで演奏していましたわ。お猿さんにも風雅なところがございましたのね。見直しましたわ」


「ふん。ただ親に習わさせられただけだ」

 そう言うと、鶴賀は亜弥からソッポを向いたが、私の位置からはその顔は丸見えだった。


 イチゴのように顔を真っ赤にしていた。

 嫌い嫌いも好きのうち。


 本当に亜弥に惚れているんじゃないのか? 

 甘酸っぱい青春の香りを嗅ぎながらも、私は血なまぐさい話に戻す。


「鶴賀さん、ピアノが聞こえていたのはどのくらいの時間でしょうか?」


 まだ顔は赤いままではあるが、鶴賀は答えた。「屋上に来て五分経ったくらいから、電話が鳴るまでずっとだよ」


 電話が鳴るまでとは、つまり犬山達が死体に気付き連絡するまでと言うことだろう。


「ありがとうございます。これで姫路姉妹が連弾し、鶴賀さんがそれを聞いていたことが証明されました。第三者間のアリバイの証明なので、証言能力は高いはずですよ」


「そうっすね」


「鶴賀さんがピアノを聴くまでに犯行を及んだ可能性は時間的なものを考えると、鶴賀さん達が十一時三十八分に教室を出て、五分強経ったほどからピアノが聞こえた事からも、限りなく難しい……いいえ、不可能と言ってものいいと思います」と、そこで一息つき、私は推理を続けた。

「これで鶴賀さんと姫路亜弥さん、姫路沙弥さんのアリバイが証明されました。それと犬山さんは学園の門を十二時にくぐったのが確認されているので、十六人を殺す時間はまずないと考えられます。なので除外します。つまり六人中四人が容疑者から除外されました。残りは……白石さんと青葉さんですね」


「……そうなるね」

「……そうだな」

 二人がそれぞれ返事をする。


 青葉はやや戸惑ったように、白石はこうなることをよろうしていたかのように悲しげな笑みを浮かべて。


 さあ結末まであとわずか、ここからが本番だ。

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