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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第8章 殺人鬼ハイドと探偵
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第106話

 結末に向け私は教室を後にした。

 廊下には無数の血の足跡があり、隣の教室の道しるべとなっていた。


 隣の学習室に入ると、「おっ、エリちゃんやっと来たっすね」と、椅子に座った犬山が手を上げ言ってきた。


「今、皆には話したんすけど、うちらは一時間くらいここで待機になったっすよ」


「待機ですか?」


「そうっす。本当は直ぐにそれぞれの組に迎えを呼ぶべきなんすけど、事が事なんでNESTの指示に仰ぐことにしたんすよ。それで今うちが社長に電話をしたら、エンコを詰めているとは言え首里組と鳳凰會、音羽會の戦争になっても可笑しくない問題っすから、社長がそれぞれの組に穏便に済むように連絡するとの事っすよ。それなのでNESTの護衛が迎えの来るまではここで待機しておくように指示されたっす」


 確かに今生き残った犬山を除いた五人は各組の跡取り候補の人間だ。

 そのご子息ご令嬢の命を狙ったんだ、戦争になっても可笑しくはないだろう。


 しかし、このクラスの生徒の肝の据わり方は凄いな。いつ戦争になってもおかしくは無いと言うのに、誰も怯えた様子はなかった。


 青葉は亜弥の傍らに立ち、腕の傷の縫合をしていた。

 丸テーブルの上には使用済みの注射針が置かれていたので、痛み止めの注射をしたのだろう。


 怪我をしたもう一人である白石の処置はもう終ったようで、腕と手首、腹に包帯が巻かれていた。


 それどころかもう私のお弁当に手を付けていた。大怪我をしたというのに、よく食欲が沸くな。


「おっ、歌波この弁当上手いな。歌波の手作りか?」


「いいえ、それは友人に作ってもらったものですね」

 って言うか、白石はお弁当を食べるのに、私の箸を使っていた。


 それって間接キスじゃん……。女の子の箸を使うか普通?


「ああ、どおりで豪快な弁当なわけだ。飯にLOVEって書いてあったし、彼氏が作ってくれたのか?」


「彼氏じゃありません!」

 断じて違う。あんな天然セクハラ魔は彼氏なんかじゃありませんから。

 響さんは顔はイケメンでも性格に難がありすぎるな。


 そもそも私のタイプはワイルドな感じの肉食系の男子だ。響さんはどちらかと言うと穏やかなイケメンでタイプではない。


「ホントはどうなんすかっ?」

 ニヤニヤしながら目を輝かせ犬山が聞いてきた。


 なんだろう、この緊迫した状態だというのに、恋愛トークを繰り広げているんだ? 

 私は緊張感のない状態から脱するために、話を変えることにした。

「えっと、白石さんの怪我の具合はどうですか?」


「俺? こんなのかすり傷だよ」

 どう考えてもかすり傷ではなさそうだ。厳重に巻かれた包帯がそれを物語っていた。


「白石君の傷は大怪我だよ。普通は痛みで気絶かショック死しても可笑しくないくらいの怪我なんだからね。ホントなら止血だけじゃなく輸血したほうが良いくらいなんだけれど、今は輸血パックもないしね。痛み止めは一応打ったから今は安静にしてもらうのが一番だよ」

 

 亜弥の傷の縫合をしながらも青葉は答えた。傷の縫合をする手つきは手馴れていて、さすがは医療に携わっているだけはあるな。


 あれっ?

 白石に痛み止めが必用なのか?

「痛み止めを打ったんですか?」



「いらないって言ったんだけど、青葉も鶴賀も打っといたほうが良いってさ」


 ああ、そうか。白石が痛みを感じなかったのは無痛症と言うわけではないから、いつ痛みが戻るか分からないから、それを見越しての痛み止めか。


 脳内麻薬がどの程度の効果があって、どの程度持続するのか分からないが、今の白石の瞳孔は開いてはいなかった。


「アドレナリンが出ているうちは痛みを感じにくくなるけど、それは痛みが無いってことではないからね。もしアドレナリンの放出が止まったら、相当な痛みが襲ってくるだろうから、事前に痛み止めを打っておけば、いつアドレナリンの放出が止まっても薬の効果で痛みを抑制できるんだよ。今打ったのは三時間は効果が持続するから、鶴賀組お抱えの医師に処置してもらうまでは持つはずだよ……よし、亜弥さんの処置も終ったよ」

 青葉はそう言うと、通学鞄に道具をしまった。

「止血と縫合は終ったよ。亜弥さんの出血量はそんなに多くはなかったけど、もしふらつくようなら輸血してもらうと良いよ」


「亜弥の傷は大丈夫なんですの?」

 

 今まではお姉様と言っていた沙弥が突然亜弥と呼び捨てにした事に青葉は驚きキョトンとした。

「……えっと、傷は深いけれど筋繊維からは外れて刺さっていたようだから、今後傷跡は残ったとしても、障害が残ることはないと思うよ」


「そうですか。青葉様ありがとうございますわ」と、深く頭を下げると、亜弥に向かい飛びつき、「良かったですわね」と、頭を撫でた。


「……サヤちんに何が……キャラが変りすぎっすよ」

 

 犬山が戸惑いの声をあげると、亜弥の頭を胸元に埋め抱きしめ、「あら、部屋ではいつもこんな感じですわよ。ねえ、亜弥?」


「……ええ」

 部屋ではいつこうなんだ……凄い百合ワールドが展開されていそうだ……。

 是非とも泊りに行って拝見したいものです。


 百合にも興味のある十八歳。これが思春期と言うものなのだろうか?


「っさ、沙弥さん……皆さんが見てますわよ」

 照れて顔を赤らめながら亜弥が言った。


「アヤちんのキャラも変わっているっすね……何があったんすか?」

 犬山が腕を組み不審な目を向けてくる。

 犬山の思考力と推理力はなかなかのものだ、このまま続けていればいつかばれるだろう。

 それなら、ここで私がばらしたほうが良いかもしれないな。


 亜弥と沙弥の嘘を。


 そして他の者の嘘も。


「私が嘘に気づき、暴いたんですよ」


「嘘っすか?」


「はい。亜弥さんと沙弥さんの嘘に気づきました。それに……」

 言葉を止め、全員の顔を見回す。

「鶴賀さんの嘘も、白石さんの嘘も、青葉さんの嘘も、犬山さんの嘘にも気づきましたよ」


 全員が目を見開き私を見た。


 さあ謎解きの舞台の開幕だ。


 観客はいない。台本もない。結末だって決っていない舞台だが、配役は決っている。


 犯人と共犯者に容疑者四人、そして私はただのナレーター。

 主役の殺し屋は遅れてやってくる。


 さあ、この舞台の結末はどうなるんだ?

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