第105話
もう一人は誰だ。
もう一人はどっちだ?
何かないか?
犯人像に繋がるピースはないのか?
犯人の手がかりを求め、霧散する記憶のピースに手を伸ばす。
どれだ?
どれが犯人像に繋がるピースなんだ?
一つのピースが指先にぶつかり、ちらりと絵が見える。
この絵はなんだ?
どのピースに繋がるんだ?
届け。約束したんだ、松山と。
私が犯人を見つけると。
届け。
届け。
届け。
目を閉じ思考を呼び覚まし、手を伸ばす。
もう少しだ。
……届いた。
『エリちゃんが見た映像に答えがあると思うよ』
これが答えに繋がるピースだ。
映像のピースをもう一度呼び覚ます。
映像を頭の中で再生すると、死んだ十六人の姿が浮かんできた。
名前の分かる死体から誰だかもわからない死体まで。
日向子さんに分からなくても、私には分かるもの。
それはこの映像だけだ。
何がおかしいんだ?
何が犯人を指し示してくれるんだ?
ズキン。頭が痛い。
今日何度目の頭痛だろうか、キャパオーバーする頭が痛みとして、危険信号を送った。
これ以上考えるのが危険だろうが、私は思考を止めない。
もう揃うんだピースが。
パズルが完成するんだ。
そうすれば刑が――刑が犯人を殺してくれるんだ。刑が――秤を殺す礎になってくれるんだ。
無我夢中で手を伸ばし、一つだけ異彩を放ったピースを握り締める。
恐る恐る手を開き、握り締めたピースを見る。
そこには死んだNESTの護衛の映像が浮かんでいた。
「……愛瀬祥子」
最後のピースをはめ込むと、全ての絵が完成した。
犯人はあの二人で間違いない。殺人鬼……ハイドとその共犯者はあの人だ。
「私、嘘つかれていたんだ」
さあ犯人は分かった。後は暗殺現場をお膳立てするだけだ。
まずは日向子さんに連絡し……殺しの許可を取らねばならない。
盗聴ペンにその事を話そうと思ったが、壊れていたことに気づき、携帯で話すことにした。
ツツツーと電話の接続音がなると、コール音が鳴る事無く、相手が電話に出た。
『もしもーし』
能天気な弾むような声で十鳥日向子が電話に出た。
「お疲れ様です。首里組の襲撃を撃退し終えましたので、連絡をしようと思いまして」
『おっ、無事に撃退できたようだね』
「怪我人が二人でましたが、死者は出ませんでしたね」
『首里の赤鬼がいたのに怪我人だけなら大健闘だよ』
日向子さんも松山の事を知っているようだった。
『私の予想では二、三人は死ぬと思ってたんだけど、みんな強いみたいだね。いいねぇ、ケイちゃんみたいに、私の仲介受けて働いてくれないかなー』
「クラスメイト達は私と刑みたいに居場所がないわけではないので、働いてくれるとは思いませんよ」
私も刑も家族はいない。犬山は分からないが、家族がいないのは白石だけだ。
いや、白石にだって鶴賀組と言う家族がもういるのだから、本当に一人ぼっちな人間はいないか。
『それは残念だね。それでエリちゃん、撃退の報告をしたくて、私に連絡をしてきたのかな?』
日向子さんは見通したように話をきると、本題に入るように言った。
「……犯人が分かりました」
『おーやるねー。もう辿り着いたんだ。指令を受けて一日で辿り着くなんてお姉ちゃんも鼻が高いよ』と、喜びの声をあげると、『それで、どうして私に電話をしてきたのかな?』と、続けた。
やはりお見通しか。
犯人が分かれば、刑に直接連絡を取れば言いだけのことだ。
けれど、私はわざわざ日向子さんに連絡を取った。いや、取らねばならなかったんだ。
この殺しを成功させれば……。
「戦争がおきます」
『戦争かー。戦争戦争。ああなるほど。犯人はあの子か』
私の一言で日向子さんは察した。
『おっ、と言う事は……もう独りはあの子になるのかー。うん。これは間違いなく大変なことになるね。どうする止める?』
日向子さんは止めると聞いてきたが、私が今殺しをやめるという事は、依頼失敗、私と刑が消されるのは間違いない。
「止めません。私が連絡した理由は……喫茶雛鳥に火の粉がかかるかもしれないので、消化の準備をして置いてくださいと伝えたかったんです」
私の言葉を聞くと、日向子さんは、『タハハハハッ』と、笑った。
『……面白いね』
笑った直後の声は、楽しさなど微塵も感じさせない冷えた響きを持っていた。
「……ッ!」
恐い。声だけではっきり分かった。
日向子さんは松山よりもクラスの誰よりも、恐ろしい事が。
戦争が起きるといわれた状態を、日向子さんは楽しんでいる。
『いいよ。やりな。エリちゃんとケイちゃん二人は好きに暴れまわっていいよ。それで喫茶雛鳥に被害が及ぶようなら……誰を相手取ったか私が教えてあげるよ』
十鳥日向子。元NESTの社長であり、今はしがない喫茶店のオーナーであり、しがない仲介屋の女。
けれど彼女の元には、何人も化け物と称される者たちが集う。
松山が可愛く見えるほどの化け物たちを率いる彼女とあいつらが争えば、街は焦土となりそうだ。
けれど、仕方ない。そんな依頼を私は受けたんだ。
そんな依頼を姫路叡山はしたんだ。
そんな仲介を十鳥日向子はしたんだ。
「安心しました。それじゃあ刑に事件の報告をするので、変わってもらえますか?」
『あっじゃあ最後に良いかな?』
「なんですか?」
『折角のミステリー系の依頼だからさ、謎解きは屋上でやってもらってもいい? ホントなら崖が良いんだけど、さすがに学園には崖はないからねー』
シリアスな雰囲気を醸し出した声から、一変して弾むようなお楽しみモードの声に戻った。
「……善処します」
『やったね。それじゃ刑ちゃんに代わるよー。おーい。刑ちゃん起きて、起きて、もう起きないと、ほっぺにキス――ありゃ? 起きちゃったかー。エリちゃんから犯人が分かったから報告があるんだって』
「……」
寝てたんだ。首里組みの襲撃を受け、死に掛けていたというのに、ぐっすり寝てたんだ。
お子ちゃまと言うか、図太いというか……。
まあ戦いに向け、鋭気を養っていたと考えることにするか……。
「……刑? 聞えますか?」
『……』
返事はなかったが、私には刑が耳を傾けていることが分かった。
「犯人は今、応法学園特別進学クラス棟……三棟連なった校舎の中で一番短い校舎です。そこの三階右から二番目の教室にいます」
『……』
刑からの返事はやはりなかった。けれど同意したと考え、話を続けることにした。
「今回は依頼を完遂する現場を校舎屋上にしようと考えています。校舎屋上には特別進学等三階の一番奥にある階段から上がることができます。私が次に刑と呼びかけたら学園に侵入し、屋上を目指してください。門から屋上までは走って三百秒と目算されますので、いつでも踏み入れるように準備だけはしておいてくださいね。もし犯人を誘導に失敗した場合は、現場を変更いたしますので、再度報告致します。ですので、携帯を通話状態で維持してください。今から刑の携帯に掛けなおしますので、一度切ります」
『……プッ、ツーツーツー』
刑のほうから電話が切られたので、私は一呼吸置き、刑の番号をコールする。
ツツツープッ。
『……』
「このまま通話状態を維持してください。それではターゲットを伝えます。ターゲットは――と――の二人です。写真を送ることができないので、顔の確認は出来ません。なので、屋上に到着後私が犯人二人を指し示します」
『……』
犯人の名前を聞いたというのに刑から返答はなかった。
予想していたのか驚いたのかは分からなかった。
「……それでは……御武運を……」
通話を切る事無く、私はポケットに携帯をしまった。
さあ、刑の準備は出来た。
後ろ盾を得ることも出来た。
後は私が刑の為に殺しの現場をお膳立てするだけだ。
結末は刑が殺すか犯人が刑を殺すか。
刑が勝てば私も生きよう。
刑が死ねば私も死のう。
私の命を秤にかけよう。
歌波エリハの命は刑と犯人の間で揺れていた。