第100話
「お前めちゃくちゃだな。普通指落ちんぞ」
と、松山。
押し込まれる刃物を握りこんでいるんだ、普通は指が落ちるどころか、止めることすら無理だろう。
「いつもは血も流さずに、掴めるんだけど、血を流したのははじめてだよ」
握る力と押し込む力が拮抗しているのか、匕首はプルプルと震えていた。
「おいおい、本当に馬鹿力だな!」
次の瞬間白石はハッと目を見開き匕首を手放し後ろに飛んだ。
何があったんだ?
「ほう。力だけじゃなくちったぁ頭も切れるようだな」
白石は手を振り掌の血を払い、握って閉じてを繰り返し繰り返し握力を失っていないかの確認をする。
「いやー危なかったっすね。もうちょっとで左手の指とおさらばだったっすよ」
「掴むのが危険ってことですか?」
呟いた犬山に聞いてみる。
「違うっすよ。握力がシラちんみたいに百を越えるとあんな人間離れした芸当が出来るっすけど、おっちゃんの腕力を考えるとギリギリ止められたってレベルっすね。今おっちゃんは刀を引こうとしたんすよ。それが分かったシラちんが間一髪離れたってところっすね」
刀は押すよりも引くときのほうが斬れる。
人の筋肉も押すよりも引く時の方が力が強い。
松山が匕首を引くことにより均衡を崩そうとしたと言うことか。
それにしても握力百を越えるとは……白石と握手するのは気が引けそうだな。
握力が無事な事を確認した白石は構えも取らずに、松山に近づいていった。
白石と松山の距離が一メートルほどになると先に白石が動いた。
左足でステップインすると右の拳を振り上げた。
一撃目はカウンターの右だったが今回は先制の右。
ダメだ。
一度目は不意を付けたかもしれないが、今回は松山がしっかり見ている。
踏み込んだ足に強烈なローキックを放つと、ぐらりと白石の体が揺れた。
身長百八十近い鶴賀を吹き飛ばした蹴りだ、重心が崩れないはずがない。
拳の動きが止まると、松山はドスは振らずに、左の拳をボディに叩き込む。
松山はここで体をくの字に折り曲げさせ、とどめにドスを深々と突き刺すつもりだったのだろう。
けれど、予想外だったのはボディの一撃に白石が耐えたことだった。
拳に耐えた白石は松山の両肩を掴み、首を後ろに反らす。
松山の顔が苦痛に歪んだ。逃さないように、百越えの握力で掴まれたんだ骨が軋んでいるんだろう。
そして表情が苦痛から苦笑いに変わると、白石の頭が猛スピードで顔面に叩きつけられた。
「……ッうぅ」と、松山ではなく私が声を上げた。
見ているだけで痛そうだった。
私だったら即失神するような一撃だったが、松山は顔を抑え三歩後退し、「ぐうぅぅぅっ」と呻き声を上げた。
「頭突きとかガキの頃の喧嘩以来だぞ」
押さえた指の間から血が零れ落ちていた。
「俺も久しぶりに頭突きしたけど、倒れなかったのはあんたが初めてだよ」
「顔面を鉄パイプでぶっ叩かれた時の倍はいてぇよ……ってあぁ、鼻折れてるんじゃねえか」
手を離すと血で汚れ折れ曲がった鼻が見えた。
間違いなく鼻骨が折れていた。
松山は笑いながら鼻を摘むと折れたほうとは逆に折り曲げた。
「あぁ脳に響く」
鼻は一見元に戻ったように見えるが、骨折した鼻の治し方としては間違っているよ……。
「殺し合いしているって言うのに、お前は喧嘩しているような戦い方だな」
対等以上に戦っている白石の存在が嬉しいのか、松山は笑いながら言った。
強靭な肉体と圧倒的な力で白石は押していた。
このまま殺り合えば間違いなく白石が勝つだろう。
そう思った。
白石があの言葉を発するまでは。
「ああ。俺はあんたを殺す気はないからな」
この一言が松山の顔から笑みを消した。
「ふざけてんのか?」
射殺すような瞳。