第99話
「おっちゃんちょっと良いっすか?」と、この場のふさわしくない犬山の呑気な声が、緊張を切り開いた?
「……何かな?」
いつでも白石の動きに対応できるように、体勢を落としていた松山が顔を向けずに答えた。
「うちらこの場にいたら巻き込まれそうっすから、ロッカーの上にでも避難して良いっすか?それにバラバラに座っていたら戦い始めて逃げる可能性もあるっすよ? どうするっすか?」
犬山の提案に、松山は考えた後、「いいよ」と答えた。
「サンキューっす。エリちん達こっちっすよー」
許可を得ると、私たちを手招きした。
もし激しい戦いにでもなれば、巻き添えを食らう可能性もありそうだったので、私達は提案を受け、ロッカーのほうに移ることにした。
「鶴賀さん歩けますか?」
「……ああ」
私は複部に手を当てる鶴賀の背中を支えながら向った。
本当なら肩を貸すべきなのだが、私と鶴賀の身長差は二十センチ以上あるのでそれは叶わなかった。
ロッカーに着き、怪我をした亜弥は大丈夫だろうかと視線を送ったが、腕を抑えながらも足取りは確かだった。
失血が心配だったが、沙弥の応急処置は適切だったようだ。
犬山はロッカーの上に座ったが私達はロッカーに背を預けるだけにした。
ちなみに犬山は足を広げ座っていたので、短いスカートの中のスパッツが丸見えだった。
恥ずかしくはないんだろうか?
緊張感のない犬山を他所に、白石と松山の間には緊張が溢れかえっていた。
松山はドスを握った腕をぶらっと垂らし、重臣をやや前に倒した。
逆に白石は構えを何も取らなかった。
一見無防備に見えるというのに、松山は攻め入る事無くじりじりと後退した。
「……坊ちゃん、名前を教えてもらっても良いかい?」
「白石……来流だよ」
「来流? カッコいい名前だね。呼び方は来流坊ちゃんで良いかな?」
「名前で呼ばれるのは嫌いなんだ。それに俺は坊ちゃんなんかじゃないさ、力しか取り柄のないただのチンピラだよ」
「チンピラか。そうだな。俺も坊のいない今、首里組の幹部でもなんでもない……チンピラだな」
松山の作ったような丁寧な口調が、砕ける。
「坊の敵討ちをするただのチンピラだよ」
言葉と同時に匕首を握った手に力が入った。
戦いが始まる。
「……死ねやぁぁぁぁぁ!」
絶叫と同時に松山が駆け出す。
「松山ぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫を返すと同時に白石が握られた刃物に怯えることもなく右のストレートを放つ。
机をただの鉄くずにした拳だ。
真っ向から右ストレートを打たれても、刃物を持っていればそれでガードして終わりだが、白石の拳の速度は、私が視認出来るかどうかギリギリの速度だった。
「速ッ――」
思わず私は声を上げるが、言い終える前に拳は松山に到達した――が、松山は止まる事無く懐に踏み込むことで拳を避けると、匕首を突き刺しにかかった。
ずしゅっと、肉の切れる音がした。
「……ッてぇぇぇ」と、白石は声をあげた。
痛いはずだ……腹に突きたてようとした匕首の刃を……握りこんで止めたんだから。