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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第1章 波原刑と私
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第9話

「やっぱり胸の谷間はないんだね。残念」


「はぁっ?」と声を上ると、私は勢いよく頭を上げ、左手で胸元を隠す。

 今日の服装は黒のカットソーの上に、グレイのカーディガンを合わせた服装だ。頭を下げたため、胸元が開いたらしい。


 しゃがんだのは胸を見るため?

 最低でしょ、この人!


 そもそも残念って何? 胸の谷間が見られなくて残念? 

 胸の谷間が無くて、私が残念?


 前者なら最低。後者なら死ぬべきでしょ。


 瞳が怒りに染まっていくのが分かった。


「あっ、ちょうど牛乳買ってきているから、焼け石に水かもしれないけど飲む?」


 怒りから殺意に、瞳が染め直される。


 瞳に最低。死ね。とメッセージを乗せ、響さんを睨みつける。


「牛乳は好きじゃなかったかな?」


 私のメッセージは届かなかったらしく、微笑みを返してきた。


 その表情に思わず怒りが―――もとい、殺意が抜けていく。


 セクハラ発言も、逆撫でするような言葉も、悪意があって言っているのではない。

 ただ、思った事を言っているだけなのだ。


 まあ悪意がない分、より悪いといいえるかもしれないが……。


 争うだけ無駄―――それこそ、焼け石に水だ―――だと思い、私は話を返ることにした。


「ところで、響さんは買い物帰りなんですか」

 視線をビニール袋に送る。


「ああ、これね」と、言うと袋を持ち上げる。ガサガサと商品とビニールがこすれる特有の音がした。


「日向子が夕飯はベーコンを食べたいと言ったから、スーパーで一キロ分も買ってきちゃったよ。後はお店で使う牛乳や、ハチミツとか買っていたらこの量だよ」


「一キロって大分買いましたね」


「うん。日向子と僕と刑ちゃんだけでは多いかもね。そうだ、今日はエリちゃんも一緒に夕飯食べていかないかな?」


 食事の誘いを、「……いいえ、私は……」と、断わる。


 私には刑と一緒に食事を取るイメージが湧かなかった。

 それどころか、三年間もパートナーとして一緒に働いているというのに、食事をいっしょに取った事は一度もなかった。


 一緒にとったことはない。


 一緒には取れない。


 響さんは、「そうか。残念だね」と、微笑を崩さずに言った。

 表情からは本当に残念だと思っているのかは、読み取れなかった。


「……」

返す言葉が見つからず、私は黙り込んだ。


 すると響さんは、「帰ろうか」と、視線を並木道の先に送った。


 私は頷き、落ち葉を踏みしめ響さんと一緒に歩き出した。


 響さんは音を出さずに歩き出す。

 戯言を話し忘れてかけていたが、やはり響さんは凄腕の殺し屋だと、最実感した。


 ポケットの中の紅葉が、カサッと音を立てたような気がした。


 殺し屋の群れに、殺すことのできない女が一人。

 紅葉した落ち葉の中に一枚の新緑。

 赤くなること無く落ちた葉は、枯れるのを待つだけ。


 私と同じではないのだろうか。


「……フッ」

 思わず苦笑してしまった。


 声に気づいた響さんは、「どうしたの?」と、声をかけてきた。


 私は慌てて、「なんでもないです」と、否定する。


 センチメンタルになって、思わず笑ってしまったなんて恥ずかしくて言えない。


 刑に響さんに劣等感を持っているなんて、辛くて笑うことしかできないなんて言えない。

 そう思った私は、視線を響さんの持っているビニールに送る。


「一つもちましょうか?」


「大丈夫だよ。エリちゃんも仕事で疲れているんだし、このくらいは一人で持てるよ」

 紳士然とした態度で、丁寧に断わりを入れてきた。


「そうですか」

 気疲れはしていたが、今回は敵と相対することも無かったので、体力的には疲れは無かった。


 響さんの口から仕事と言う言葉が出たので、私は疑問を口にすることにした。


「今回、刑が請け負った仕事のこと、日向子さんから聞いていますか?」


「うん。聞いているよ」

 答えはイエスだった。

「三日前かな? 依頼を受けたときに、誰に仲介するべきか相談されたからね」


「それで、刑を推したのですか?」


「うん」

 これもイエスだった。

「僕が、刑ちゃんと、エリちゃんのペアを進めたね」

 響さんは微笑みながら、視線を私に送った。


「そもそも、日向子の仲介できるフリーの殺し屋で、今回の依頼を完璧に遂行できる人は、そういないと思うよ」

 そう言うとビニール袋を手首に掛けなおし、指折り数え始めた。

「刑ちゃんエリちゃんペアに、巽爺。四季場君に秤……は依頼の条件的に無理かな。後は、久々利君と……僕くらいかな」

 指は五本折られた。


「五人もいるのに、なぜ刑と私を進めたんですか?」


「エリちゃんの経験のためかな」

 響さんは、刑と私ではなく私の経験の為と語った。

「身内贔屓みたいで、恥ずかしいけれど、刑ちゃんの腕前はかなりのものだと思うよ。もしNESTに属していたら、上位……羽持ちに上げられるくらいの強さはあるかもしれないね。けれどそれは戦闘技能の話であって、暗殺の遂行力の話ではないんだよね。刑ちゃんは強くなったけれど、罠の張り巡らされたところ―――例えば、爆薬で埋め尽くされた所に出向いたら、一溜まりも無いよね。それを見破るためにエリちゃんだろ」


 返す言葉が見つからなかった。


「今回の事態は、エリちゃんが予想し、対処すべきことだったんじゃないかな?」

 

 響さんの微笑が、私の心に突き刺さった。


 響さんは偶然私を見つけたと言っていたが、嘘なんだろう。日向子さんから私の失態を聞き、護衛として来てくれた。きっとそうなのだろう。


 今回の依頼を思い浮かべて見る。

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