第0話
リビングで男と女が跪いていた。
室内の灯りは消えていて薄暗く、窓から射し込む月明かりだけが唯一の光源であり、家具の輪郭がぼやけて見える程度の明るさしかこの部屋にはなかった。
ぼやけたテーブル。ぼやけたテレビ。ぼやけた男女。
男も女も床に膝を着き震えていた。
文字通り恐怖に震えていた。
恐怖の理由。二人の間には、両手に拳銃を握った―――殺し屋が立っていた。
拳銃の銃口は、男と女のこめかみにぴたりと付けられていた。
カチカチカチと、震えた歯がぶつかり合う音だけが室内に響く。
その音は男からでも、女からでも、ましてや殺し屋が発している音でもなかった。
跪く二人の視線の先にいる、一人の少女が発している音だった。
パジャマ姿の幼い少女が、部屋の隅で熊のぬいぐるみを抱いて立っていた。
少女は震えながら、殺し屋の持つ二丁の銃を交互に見ていた。人を殺す武器を。両親の命を奪う武器を。
少女を眺めていた殺し屋が口を開いた。
「貴方達の命を秤にかけよう。お譲さん、選んでもらえるかな」
少女は震えて声が出せなかった。
殺し屋は聞きなおした。
「お譲さんはパパとママ。どっちに生きてもらいたい?」
殺し屋は少女に生き死にを―――両親の生き死にを委ねる。
「あっ……おっ……」
「おっ?」
少女の中で秤が揺れる。
父を生かすか母を生かすか。
父を殺すか母を殺すか。
「あっ……おっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
少女は答えの出ない問題に発狂したかのように叫び声をあげる。
殺し屋はそんな少女の叫び声が鳴り止むまで笑顔で見つめ続ける。
少女は暫く叫び続けるとボッそっと一言発した。
一つの答えが出た。
秤が傾き、命の重さが量られた。
窓ガラスを震わせるような銃声が室内に響いた。
銃弾がこめかみを打ち抜き、血と脳症がばら撒かれる。
「――――――」
声にもならない叫びを少女が発すると、殺し屋はにたりと笑い言った。
「それは面白いね」