天使へ愛を込めてぶっ飛ばす
西暦2020年、夏の暑い日。その日、ヴァチカンの教会に奇跡が訪れた。
天使が降臨したのだ。天使は純白の羽と衣装、ギリシャ彫刻のような端正な顔立ちをした男性に見えた。
天使は光に包まれて、暖かな空気が辺りに広がった。
ミサに訪れた人々は天使の威光により、皆が頭を下げて祈りを捧げた。
いや、ヴァチカンだけではない。それまでに世界中の至る所で、天使が降臨していた。
人々は争いを止め、武器を捨て、武器を作る文明を捨てた。
世界は、産業革命前までの文化水準まで下がったのだ。
ここ、ヴァチカンの教会にも感動の涙が流れ、神父とともに教会にいる全員が皆、祈りを捧げていた。
「奇跡だ……」
「おお、神よ……」
「なんて素晴らしい日なんだ……」
「天使様はなんと凜々しい顔立ちをしてなさるんだ」
荘厳な空気が、教会の隅から隅まで広がる。
その空気の中で突然、感動に包まれた教会の扉が、乱暴にノックされる。
「なんだ!?」
「なんて乱暴な……」
「天使様が降臨されているんだぞ」
教会に居る人々が口々に文句を言いながらも、叩かれたドアを見つめていた。
「すみませ~ん! 誰か居ないの~?」
外から若い女の声が響く。しかし誰も動こうとはしなかった。
「無駄みたいね。シオン、ここを開けてくれる?」
「わかった!任せて、ナキア!」
外から響くエンジンの音。そして教会の扉に突き立てられるチェーンソーの刃。
「ひいぃ!」
「悪魔だ! 悪魔が来たんだ!」
「天使様を守るんだ!」
人々は叫ぶが、誰もその場から動こうとはしなかった。少しすると、チェーンソーによりドアが切られた。そして背が高く、漆黒のパンツスーツ姿の女と身長が150cmほどの水色のワンピースを着た少女の2人組が教会に侵入する。
「あら? 人が居るじゃない。早く開けてくれれば、扉を壊さずに済んだのに」
色白で髪を後ろにまとめた、背の高い女が、教会の中を見渡しながらつぶやいた。
「そーだよ! なんですぐに開けてくれないのかな」
チェーンソーを持った、小麦色の肌をしたショートカットの少女が、色白の女に調子を合わせて文句を言う。
神父は激怒しながら叫ぶ。
「貴様らは一体何なんだ! 天使様がおられるんだぞ!」
「だからここに来たのよ」
色白女はクスクス笑いながら、神父の問いに答えた。
「私はナキア。そしてこっちの小さいのがシオン。私たちは悪魔よ」
「悪魔だと!? 何をしに来たんだ!?」
「そこの天使様を狩りにきたのよ。まさか悪魔が神様に祈るために、教会に来ると思った?」
神父は余りの事態に、言葉が出なかった。
しかし、今まで無言であった天使は、ナキアとシオンの2人に目をやると、口を開いた。
「”サタナキア”と”グーシオン”か。地獄の狗どもが、我に何のようだ?」
「そうね。大義名分を言うと、人が人らしく生きるために、あんたらが邪魔だから。欲がない世界なんて、平和じゃなくて、鎖に繋がれている犬みたいなものよ」
「世界は私たちのおかげで平和になったのだ。人々に真の平穏が訪れたのだから、どこに文句があるというのだ」
「話にならないわね。 ……シオン、行くよ!」
ナキアはジャケットをはだけると、胸に着けた2丁のマグナムを抜いて、天使へと発砲する。マグナムは火を噴き、弾丸を吐き出した。
頭部を狙った弾丸は、天使が腕で頭部をガードしたため、致命傷にはならなかった。天使は弾丸を腕で受けながら、飛んでナキアに突っ込んで来る。
「行かせないよー?」
天使が突っ込んできたのに合わせて、シオンはチェーンソーを振るう。その刃は天使の羽に振り下ろされ、天使の羽が教会の中を舞い、根元から切断された。
「ぐうぅぅ」
羽がもげた天使は、ちょうどナキアの目の前に墜落する。
ナキアは落ちてきた天使の顔にハイキックを入れると、首の辺りを銃底で殴りつけた。
「翼のない天使って、なんだか滑稽だわね」
ナキアは天使の頭部にマグナムの照準をつける。
「もしあんたが、他の天使のことを吐くなら、見逃してあげるけど?」
天使は忌々しそうにナキアの顔をにらみつける。
「誰が……悪魔なんぞに協力するか」
そして天使は、ナキアの顔につばを吐きかけた。
教会に重い音が1発。
そして、眉間に穴が空き、そこから血を垂れ流した天使が残された。
天使狩りを終えたナキアは、入り口へと歩き始めた。
「シオン。早く行くよ」
「はーい!」
ナキアは教会の扉を開けると、教会内に振り返る。
「それでは皆さん、欲に塗れた良い生活を」
そう言い残すと、ナキアとシオンの2人は、教会から去って行ったのだった。