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その頃弟のソラはと言うと。


「お兄さん、帰ったわ。」

「分かってるっすよ。」


ソラは肩に滝の水を受けながらカミナの声を聴き分けそれに応える。

カミナはソラの近くの岩に座りさらに話を続けた。


「付いて行かなくて良かったの?」

「いいんすよ、兄貴は兄貴で好きなことをやりますから。」


答えると、ソラはまた滝行の方に意識を向ける。

そこにさらにカミナは話しかけていく。


「あなた達はいつも一緒にいるみたいだったから、一緒にいないといけない呪いでも受けているのかと。」


それにソラはまた能力を解除して答える。


「なわけないっすよ。もし掛けられたとしても無理やりにでも離れてみたくなるのが俺たちっすから。」

「ダメよ。」

「え?あぁ、ほんとに呪いだったら考えるっすけど……」


ソラはカミナが呪いなんだから危険だという意味を込めて言ったのだと思いすぐに自分の発言を訂正した。

しかし、それは少し違ったらしい。

カミナは一瞬首を傾げると話し出した。


「違う。能力を発動しながら私と話をしないと修行にならない。」

「あ?」


カミナの言葉に今度はソラが首を傾げる番だった。


「そんなの無理っすよ。だって加速してちゃ師匠の言ってることも聞き取り辛いし、師匠も俺の言葉を聞き取れないっすよ。」


ソラの言葉にカミナは一度頷いて見せる。


「じゃあ…」

「訓練ね。その状態ですべてを聞き取り、周りのスピードに合わせて話せるようにするの。」

「えぇ…」


カミナの言葉は許しではなく、さらなる苦境への導きだった。


「でも」

「そうしないと強くは成れない。」

「うっ、わかったっすよ、やればいいんでしょう?」


文句を言いながらソラは再度集中して能力を発動する。

周りの音は唸る様に低くなり、滝の水はその粒の一つ一つを取れそうなほど遅くなる。

ほんの数時間練習しただけで滝の水は気に成らなくなった。

いや、正確にはその程度では能力がキャンセルされることがないくらいには慣れた。


「わ……のい……こ………と……る?」


集中してもほとんど聞き取れない。

ソラは、意識するでもなく、ゆっくりと首を傾げた。

それにカミナがゆっくりと頷く。

カミナからすれば普通のスピードなのだろうがソラからはだいぶゆっくりに見えた。

ソラは能力を解く。


「聞こえないのね。」

「ほとんど聞き取れないっす。」

「そう。じゃあ、話しかけ続けるからわかった時にだけ反応して。」

「了解っす。」


ソラが能力を発動する。

カミナが話しかける。

ソラには相変わらずわからなかった。




そして、そのままほとんど何を言っているのかわからないまま日が沈みかけていた。


ソラはずっと能力を発動したままだ。

その時、カミナがソラに手の平を向けながらゆっくりと立ち上がった。

ソラは一瞬首を傾げるも、どこかに行って来るだけだろうと思い、能力を解除することはせず適当に頷いてまた能力に集中し始めた。




二時間ぐらいたったんじゃないだろうか。

もうすでに日は沈んでしまっている。

辺りは薄暗くなり、さっき高速状態のまま木などを集めて作ったたき火がゆらゆらと光を発しながら燃えている。

高速状態での木材集めは楽だった。

なにせ体が速く動かせるのだから早く集まる。

そんなことはどうでもいい。

カミナが帰ってこないのだ。

街に帰ったとかであればいいのだが、何かに巻き込まれている可能性もある。

こんなことなら最後に言っていたことをしっかりと聞いておくんだったとソラは後悔する。

しかし後悔していても仕方ない。

ソラは滝の下から立ち上がった。

滝の水がソラに当たって撥ね、ゆっくりと落ちていく。

それを尻目にソラは歩き出した。

たき火から太めの枝を抜き取り、崩れ始めるたき火には目もくれない。

しかし、ここでソラの状況を確認したい。

常に加速状態なのである。

ソラの体感で二時間ぐらい。

多く見積もって三時間あったとして、周りの経過時間は5分程度なのだ。

確かにもう日は沈んでしまったと言ったが、カミナがどこかに行こうとした時にはすでに日は沈みかけていた。

人の腹時計は本人を基準とするらしい。

ソラはそんなことも露知らず物凄い速さで森を駆けていく。

もちろん、ソラは見落としがないように普通の速さで歩いているのだが。

ゴブリンやら、虎やら、冒険者の隣やらをすり抜ける。

後々、この森に狐火が出ると噂になったという。

火だけが物凄い早さで飛んで来れば当たり前なことではあるが。

そんなことも関係なく。

ソラはカミナが行った方向にひたすら進んできたわけだが、やがて大きめの湖にたどり着いた。

まあ、たどり着いてはいけなかったのだが。


ソラの足元には洋服がたたんで置いてある。

下着も一緒に綺麗にたたまれている。

それを照らすたいまつが一つ。

そのたいまつの光は湖の一部もうっすらとだが照らし出す。

そこにいたのは、果たしてそこにいたのはカミナであった。


「ん?」


物音に気付いたカミナが振り返る。

すると、必然的にソラには全部見えてしまうわけで。

ソラは慌てて後ろを向いた。


「な、何やってるんすか!」

「それはこっちのセリフ。」

「で、ですよね。」

「ちゃんと水浴びをしてくると言ってあったはず。」


そこでやっと、ソラは自分が聞き飛ばした言葉を知った。


「いやぁ、実はすぐ帰って来るかと思って聞いてなかったんすよ。」

「それにしてもまだ10分も経ってない。」

「いや、もう二時間くらいは……ああ。加速してたから。」

「それも今後の課題ね。」

「そ、そうっすね。」


相手の話を聞くだけでも大変なのに、加速状態で時間さえも認識しろと。

感情の薄そうな顔で簡単に言ってくれる。

いや、今は顔は見てはいないが。


「来てしまったのなら一緒に水浴びしていけばいい。」

「いや、さすがにそれは遠慮しておきます。」

「遠慮はいらない。」

「おわっ!?」


バシャ―ン、という音とともにカミナに引っ張られたソラが湖に落ちる。


その後、ソラはカミナに無理やり服を没収されたところで観念してさっさと水浴びを終わらせて滝行へと戻っていった。


「おつ……ま。ちょ……どう?」


お疲れさま、調子はどう?といったところだろうか。

ソラはゆっくりと頷いて答えた。


その後は特に何かあるわけでもなく、ソラはひたすら能力を発動しながら修行を続けた。

途中、カミナが一度街に戻ると言って行ってしまったが、すぐに帰ってくるとその腕にはテントが抱えられていた。

能力を解除してソラが手伝うと申し出たが修行を優先しなさいと言われ、またすぐに修行へと戻った。




もう光源はカミナの前にあるたき火しかない。

曇りのせいで月明りもほとんど無い。

少し肌寒い、とはカミナの言葉である。

睡眠はテントで取った。

男と女がひとつ屋根の下で二人きりでいるのはソラにとって少しの恥ずかしさはあったものの、それを全く気にする様子を見せないカミナに対する疑問の方が多かった。


「師匠、起きてるっすよね?」

「聞いているわけではないのね。」

「フラグっってやつっすよ。」

「ふらぐ?」

「あいや、こっちの話っす。」

「そう。で、何か話したいことがあったのでしょう?」

「師匠、しんみりとさせたいわけじゃないんすけど、俺、兄貴みたいに強く、格好良くなれますかね?」

「?ソラは十分強い。」

「こんなんじゃダメなんすよ。たぶん、この能力だって兄貴だったら一日で習得したと思います。」


リクがここにいたら流石にそこまでは無理だと言っていただろうが、ここにリクはいない。

ソラは寝返りを打ち、カミナとは逆の方向を向く。


「お兄さんはソラより強くは見えない。」

「兄貴は表には出さないんすよ。昔は表に出してましたが。高校卒業してあまり笑わなくなっちゃったしな……」


後半は独り言のように呟かれたためカミナには聞こえなかったが、カミナは雰囲気で察することが出来た。

それほどまでに今のソラの雰囲気が小さいのだ。


「大丈夫、最初からなんでも出来る人なんて滅多にいない。」

「分かってるっすよ。でも、俺は兄貴に追い付きたい。いや、追いつけなくてもいい。ただ、ついて行けるなら。」

「それなら、追いつけるように頑張ればいい。」

「そんなに簡単に……」

「ソラがお兄さんをどんな風に思っているか知らないけれど、それこそ、死ぬ気で、邪魔するモノは、全て殺す気で。」

「…………。」

「大丈夫、ソラの自慢のお兄さんなんだから、ちょっと離れたら気付いて待っていてくれる。」

「そう、願いたいっすよ。」

「お休み。」

「お休みなさいっす。」



次の日、カミナに起こされたソラは漂う何かの匂いに気が付いた。


「この匂いは?」

「朝ごはんを作っておいた。食べましょう。」

「え、おっす。」


カミナの言葉に、カミナと一緒にテントを出ると、昨日小さなたき火があっただけな場所に石が積まれ、大きな鍋が火にかけられていた。


「冒険者ってすげぇんだな。」

「Fランクでもこれぐらいは出来ないと生きていけない。」


ソラのつぶやきに当たり前だというような顔でカミナが答える。

これぐらいは冒険者なら当たり前なのだろう。

しかし、ソラが日本のゆとりである。

キャンプが好きな家庭だったわけでもない。

小学生の時に1,2回やったきりだ。


「冷めないうちに食べなさい。」

「おっす。」


火の前に置かれた石に腰かけたカミナに手招きをされてソラも横に座り椀を受け取る。


「いただきます。」

「どうぞ。」


ソラは椀に口を付けその白っぽい液体をのどに流す。

昨日一日ほとんど何も口にしていない腹には少し熱かったが、ソラはその手を止めることはなかった。

味は、かつてのシチューに近いだろうか。

とろりとした舌触りが気持ちよく感じられた。


「美味しいっす。」

「よかった。昨日何にも食べてなかったから食べることが出来ない呪いにでもかかっているのかと。」

「俺、師匠の中では呪いにかかってばっかっすね。」

「冗談よ。」

「でしょうね。」


ソラとカミナは顔を合わせて笑いあう。

快晴とまでは言えなくとも比較的爽やかな朝だった。



朝食を食べ終わり、ソラは片づけを手伝うと言ったが例によって修行に入れと言われすぐに修行へと入った。

言ってしまえば、滝行はほとんど意味を成していないが半ば癖というか、雰囲気でそんなものだと思っている。



そんな中、突如不可解な鳴き声と言うのか、叫び声が耳に入った。

その声に、ソラは一度能力を解除し、近くで瞑想をしているカミナへと視線を向ける。


「大丈夫。これはゴブ…」


カミナが声の主が何なのかソラに教えようとしたその時、さらに大きな声、いや、音が響いた。

その音は森全体を震わせる。

それに、カミナは慌てて立ち上がった。

しかし、逆に今度はソラが落ち着いていた。


「これは……」

「大丈夫っすよ。二度目の音は兄貴が出したものっす。」

「え?でもこれはゴブリンキングの。」

「兄貴は魔物の鳴き声の真似が得意なんすよ。」

「それにしても、なんて声の大きさ。」

「そうっすね。兄貴は体がだいぶ強くなりましたから。」


ソラが言ったのはこの世界に転生してからということなのだが、カミナには違う意味に捉えただろう。

わざわざ訂正するほどの事でもないが。


「とにかく大丈夫っすよ。兄貴に任せておけば。」

「そう。」


少しばかり不安そうな顔でカミナは再度瞑想へと入っていく。

それを見て、ソラも加速された世界へと戻っていった。



それからは特にこれと言ったことは無かった。

ソラは修行を続け、カミナはそれに付き合い色々なことをしてくれた。

ソラが自分でできることもあるにはあったのだが、カミナが頑なに任せろと言って聞かなかったので、ソラは観念して色々な事をカミナに任せた。

ただ、沐浴に引きずり連れられるのには閉口したが。


リクが負傷したという情報が入り、ソラは一瞬不安になったが、その情報と同時に治癒魔術でほぼ完治したしたという情報も入ったため、ソラはならいいかと深い息を吐いた。


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