7
前話から5ヶ月空いてしまってすいません。
通常のゴブリンと同じく緑色の体。
違うところは、その周りの木を超える背の高さと頭に乗せられた王冠。
そして、丸々と太ったそのお腹。
自分の足で立っているのが不思議なぐらいだ。
そんな奴がリクを睨みつけ唸り声を上げていた。
「来いよ、キング。」
リクは腰を低く構え、片手で手招きをしてゴブリンキングを挑発する。
それに怒ったのかゴブリンキングはリクに吠えるとゴブリンたちに指示を出し突撃を開始させた。
それに対しリクは少し妖しげな笑顔を浮かべると自分も走り出した。
前から走ってくる第一陣は五体。
奥にいる、弓を構えるのがゴブリンアーチャーで、杖を構えているのがゴブリンメイジか。
魔物大全に書いてある通りの姿である。
確か、魔物大全にはアーチャーやメイジの含まれた団体を見たらE、Fランクはパーティーでいてもすぐに逃げろと書いてあったはずだ。
リクにそんな気は毛頭ないのだが。
なので、思考を戻し目の前の敵を排除することに専念する。
五体のゴブリンはそのまま武器を振り回して突っ込んでくるつもりなのかその眼に闘志を込めて走ってくる。
そこでリクは止まって対応することにした。
ブレーキをかけて止まり、構えを取る。
そこにゴブリンたち五体は同時に飛びかかった。
一糸乱れぬ同時攻撃。
それをリクは得意の回転蹴りだけで五体まとめて蹴り飛ばした。
五体のゴブリンたちは吹き飛んで行き動かなくなった。
キングゴブリンはそれに驚いたような表情を浮かべる。
アーチャーやメイジも前衛が一瞬で消えたことで慌てているようだ。
そこへさらに援軍が現れた。
それはゴブリンキングの後ろから前へと出てくる。
ゴブリンと同じ緑色の体。
しかし、ゴブリンより体は大きく筋肉ははるかに発達している。
それが三体、リクに向かって睨んでいた。
魔物大全によればこいつらがオークと呼ばれる魔物たちである。
基本的にオークはオークで生活しているらしいが、たまにゴブリンの軍団に入っていることもあるらしい。
適正ランクはDランク、その屈強な体と大きな拳が放つ強烈な拳打は低ランク冒険者には危険だという。
それでもまだリクは笑っている。
リクが手のひらを上に向け手招きをするとオークたちはリクに向かって走り出した。
そしてその威力を乗せて三体同時にリクに拳を振る。
三発動時は受け止めきれないかもしれないと思ったリクはすんでのところで拳をかわし後ろに下がった。
そこへアーチャー達からの援護射撃が入る。
しかし、リクはそれを顔の前に腕を交差させるだけで完全に防御して見せた。
矢は服を貫くがリクの腕や体を貫くことはない。
そこにさらにメイジ達の火球や水球が飛んでくる。
それと同時にオークの一体がリクに突っ込んできているのが見えた。
メイジ達の攻撃と同時に追撃を加えるつもりなのだろう。
それをリクはあえて避けることはせずオークのしめた、とでも言うような顔を殴りつけた。
火球がリクの服を燃やし、水球が鎮火する。
服は焼け焦げて所々穴が空くが、リクの体には傷は付いていない。
そして殴られたオークは頭を吹き飛ばしその場で崩折れた。
「さぁ、次々来いよ。」
一体が頭を吹き飛ばされ、それを警戒して攻めてこなくなった二体のオークにリクは微笑みを見せる。
その時、突然ゴブリンキングが喚きだした。
二体のオークとリクは同時にそちらを向く。
リクにはギャアギャアと何を言っているのかわからないが、オークにはわかったようで、すぐにリクの方を向くと意を決したような顔になった。
「グギュアァ!」
「ガアァ!」
片方がリクに向かって吼えると呼応するようにもう片方が吼える。
そして、二体は同時に飛び出しリクに拳を放った。
左のオークは右腕を、右のオークは左腕を打ち出す。
しかし、リクはそれを避けることはせず両方を手で受け止めた。
オークは驚愕の表情を浮かべる。
こいつらは用心棒のような立場でこのゴブリンの軍団に入ったのだろうか。
きっと自分たちの拳で倒せなかった相手がいなかったのだろう。
さらに、拳を引こうにもリクの怪力で手を掴まれ動けなかった。
一体が空いた腕でリクの顔を殴ろうと拳を振る。
リクはそれに頭突きで返す。
攻撃をしたのはオークのはずが、痛がっているのはオークの方だった。
後衛もオークに当たってしまうため矢を射たり、魔法を放ったりできないようだ。
「ギュイアャァ!」
均衡を破るようにオークの片方が声をあげる。
すると、少しお互いに顔を見合わせた後、アーチャーやメイジ達は攻撃を放ち始めた。
リクはそれに対し動かずに、自分の体、筋肉を固めるようなイメージで防御力を高める。
やはりゴブリン達の攻撃はリクの服を焦がしたり貫いたりするも、リクの体に傷をつけることはなかった。
しかしその瞬間、リクは突然顔を殴りつけられ後ろに仰け反った。
リクに掴まれていたはずのオークだ。
気付いた時にはリクの手からオークの拳は抜けていた。
リクにダメージがほとんど無いのが幸いか。
しかし、何故オークの拳が離れてしまったのか。
リクは油断をしたつもりも、敵に塩を送ったりすることもなかった。
異世界に来て頭の回転が早くなったリクには予想が出来ていた。
それを確認するためにリクは力を込めてオークを殴りつけた。
人体においては一番硬いと言われる歯をめがけて。
リクの拳はオークの歯にクリーンヒットし、そのまま砕きながら突き進みそのまま頭をぶち抜く。
オークは倒れ、残り一体となる。
その時リクは自分の拳を見ていた。
少しのすり傷が出来ているのがわかる。
唾を付けておけば治る程度のレベルではあるが、さっき一体目のオークの頭蓋骨を貫いた時には付く気配さえ無かった傷がさらに硬いものを殴りつけることでついたのだ。
それと、さっきの出来事が意味することは何か。
リクの防御力は絶対ではなく、防御の体制に入っている時は上げていた筋力が少し下がるということだ。
もっと静かに宿のベッドででも考えることが出来れば解決策まで思いついたかもしれないが、あいにく前にはまだ一体のオークが残っているし、たくさんのゴブリン達やキングも何やら喚いているのだ。
今日のところは終わらせて宿でゆっくり考えようと、リクは警戒している最後のオークの左胸を貫いて引き倒した。
そこに、今だとアーチャーとメイジが矢や魔法を放つ。
リクはそれを受けながら後衛に近づいていく。
メイジの火球によってリクのシャツはすぐに吹き飛んでいくが、リクの体に傷がつくことはない。
「痛くはないが、息がしにくいな。」
攻撃を受けながらもリクは自分の能力について分析していく。
いつもの癖で首を捻って骨を鳴らした。
すると、リクにはただの癖なのだが、ゴブリン達はそれにさえビビって攻撃をやめてじりじりと下がっていく。
「もうオークは居ないのか。」
ゴブリンキングがゴブリン達に何やら喚いているが、誰一人前に出ようとはしない。
リクはゴブリンキングと戦ってみたいだけなので好都合だ。
リクはシャツを消し飛ばされその整った胸筋と腹筋を晒しながら歩いていく。
整っていると言っても、前の世界での基準だ。
この世界の冒険者はみな筋骨隆々でがたいがいい。
そんな、この世界の冒険者基準においてはまだまだ細い体でオークを一撃でねじ伏せるのだ。
ゴブリンキングは人生最大の困惑を得て居た。
これまでにゴブリン達を率いて冒険者の団体と戦ったことは何度もある。
ここから近くの街の南の森で冒険者の団体と戦った時は危なく命を取られるところだったが、その時は30人以上の冒険者たちがいた。
もちろん、中には図体の大きい大剣使いもいたし、魔法使いもいたし、初心者らしき者もいた。
しかし、その時は「団体」だったのだ。
一人でこんな強さを持った人間は初めて見た。
これは死ぬ気で行かなければいけない。
「ギュイユァ。」
ゴブリンキングが一声鳴くと、ゴブリン達が一度驚愕の表情をしてから後ろに下がっていく。
ゴブリンキングは数歩前に出ると後ろに下がっていったゴブリン達が持ってきた巨大な棍棒を受け取りリクに向かって構えた。
「ギュイユァォアァ!」
「何言ってるのかわからないが、いいだろう、一撃で終わらせてやる。」
ゴブリンキングが歩き出す。
それと同時にリクも歩き出す。
ゆっくりとした動き。
足の極端に遅いゴブリンキングに合わせてリクも遅くなる。
リクはこういった情緒を大事にしたりもするのだ。
接触まであと2mちょっと、というところでゴブリンキングは棍棒を振り上げる。
その瞬間、
「すまないな、これも運命だ。」
リクは一気に距離を詰めるとゴブリンキングの腹に向けて拳打を叩き込んだ。
そのぶよぶよの腹に拳が刺さり、肉を内側へと無理矢理引き込んでいく。
空手では拳打の瞬間に腕を引き、次の攻撃や相手の攻撃に素早く構えるのが普通だが、リクは完全に体重を乗せ腕を振り抜く。
能力で体全体の筋力を最大まで上げた状態。
腹を貫きリクの腕はゴブリンキングの肋骨であろうものまで到達する。
それを砕いたところでリクの腕は止まる。
その瞬間、押し込まれていた肉が弾け飛んだ。
ゴブリンキングの背中には穴が開き、腹は盛大に弾け飛び緑色の血がリクの体に降りかかる。
その瞬間、リクの右腕に三筋の亀裂が入った。
強烈な痛みが走り、血が噴き出す。
リクはとっさに腕を押さえた。
「グギュ、グア。」
気持ちの悪い音とともにゴブリンキングは地面に倒れる。
「やっと終わったか。」
リクが呟き顔を上げるとゴブリン達は我先にと逃げ出していった。
リクはそれを無視しゴブリンキングの死体から王冠を奪い、自分の頭に載せた。
「べとべとじゃねぇか。」
誰にともなくのんびりと呟く。
緑色の返り血で体がべとべとになっていた。
その時、遠くからたくさんの足音が聞こえてくるのがわかった。
ゴブリン達が援軍でも呼んできたのだろうか。
それにしてはゴブリンが逃げていった方向と逆だが。
やがて、倒れたゴブリン達から首飾りを回収していたリクの元へ人の声が届く。
「リク君、いるなら返事をするんだ!」
「坊主ー、どこだー!」
「リクさーん、居ませんかー?」
「ここにいますよー。」
リクが少し大きめの声で返すと一旦リクを呼んでいた声が止まり、足音がリクの方へと向かって来た。
木の陰から出て来たのはフリンドル率いる冒険者の一団だった。
カミナとソラはいないようだからまだ修行を続けているのだろう。
フリンドルの横にミミュレットもついていた。
「どうかしたんですか?」
「無事だったか、リク君、良かった。緊急事態だ。ゴブリンが‥‥」
そこまで言ってフリンドルは言葉を止める。
同様に後ろについてきていた冒険者たちも黙る。
ゴブリンキングが腹に穴を開け絶命しているのを見たからだろう。
次に全員の視線がリクの方へと向く。
その瞬間、リクは右腕を体の後ろに隠した。
その仕草にミミュレットが少し首を傾げリクに駆け寄ってきた。
「リクさん?今後ろに何を隠したんですか?」
「いや、何でもない。」
「ゴブリンキングの王冠似合ってますね。」
「あぁ、ありがとう。」
「ところで、リクさん、後ろに隠したものは何ですか?」
「‥‥‥、はぁ。ちょっと怪我をしただけだ。」
「見せてください。少しのかすり傷から広がって冒険者を続けられなくなった人もいるんですよ。」
ミミュレットがさらに迫る。
それに根負けしたリクは右腕を前に出した。
「ぇっ。」
その瞬間ミミュレットは息を飲んだ。
リクはそれに苦笑いを浮かべる。
「大丈夫、ウェルミュレには優秀な医療魔導師がいるからな。」
「でも、」
「心配してくれるのはありがたいが、これぐらいならまだ大丈夫だ。」
リクは裂傷の酷い右腕を軽く振る。
それでも、ミミュレットは心配そうな顔をやめなかった。
「本当に大丈夫なんだな?」
「はい、大丈夫です。ギルドマスター。」
そこへフリンドルが会話に入って来る。
リクは右手を握ってみせた。
腕から血が滴り落ちる。
それをミミュレットは手を出そうとしてやめた。
「わかった。しかし、帰ったらすぐに医療魔導師に診て貰うように。さて、このゴブリンたちだが、リク君が?」
「そうですね、僕がやりました。ところで、皆さんはなぜここに?」
ゴブリンたちのぐちゃぐちゃになった死体を見ている冒険者たちに問う。
「街まで届くほどの大きなゴブリンキングの鳴き声が聞こえたからな。街に残っている冒険者たちを集めて駆けつけたわけだ。」
「なるほど、それはありがとうございます。受付嬢のミィはなぜ?」
リクは一度頷くと、今度はミミュレットの方を向く。
すると、ミミュレットは頬を赤くした。
「そ、それは……リクさんが、心配だったからですよ。」
後半は声が小さくなり頬をさらに赤く染めていたがリクには聞こえる程度だった。
「ありがとう。心配をかけてすまなかった。」
「いえ、無事…じゃないですけど大変な怪我になってなくてよかったです。」
「ミミュレット、リク君が平気そうな顔しているだけで普通ならかなりの大怪我だぞ?」
ミミュレットの言葉に、微妙な顔をしながらフリンドルが意見するがミミュレットは、経験上血があまり出ていないようなのですぐに帰って治療すれば十分助かります、と答えた。
確かにゴブリンたちの返り血である緑色の血は沢山付いているが、リクの血である赤色はあまり見えない。
混ざり合って見えなくなってしまったのかもしれないが、大量出血はしていないということだろう。
そんなことを言い訳のように考えるが、ミィが言うなら大丈夫なのだろう、とほぼ無条件に信じるリクだった。
「それにしても、ゴブリンキングがこんなところにいるとは。北の森の調査の依頼も出しておくか。とは言え、ひとまずリク君が生きていてよかった。すぐに帰って治療にかかろう。」
「はい、了解です。」
リクはフリンドルについて帰ろうとする。
そこへ、ミミュレットから声が掛かった。
「リクさん、首輪を回収していかないと。それこそ怪我をした甲斐がありませんよ。」
「あぁ、依頼で来たんだったな。」
そう返してリクはゴブリンたちの死体から首輪を回収しにかかった。
そしてその後、一部の冒険者たちは周辺の警戒に当たり、残りで固まって街まで帰った。
リクが平気だと言うので軽く発見した場所などの確認をしたあと、ミミュレットに押されるように医療室へと向かった。
「1週間は安静にしてちょうだい。内部の損傷が見た目以上に激しいわ。」
「はい、わかりました。」
「兄弟揃って怪我してばっかね。」
「これからもお世話になります。」
「はいはい。お大事に。」
医療魔道士の先生に腕を直してもらったリクはミミュレットと医療室を出て行く。
「リクさん、安静に、ですよ?」
宿に向かって歩いている途中でミミュレットがリクに念を押した。
「わかっているが、何故また?」
「ちゃんと言っておかないとまた無茶しそうだからです。」
「心外だな、怪我しているときくらいは安静にしていられるさ。」
「怪我してなくても無茶しないでください。」
「わかった。気をつけておくこととしよう。」
「約束ですからね。」
そんな会話をしていると宿に着いたので、もう大丈夫だろうとそこで解散となった。
そして、次の日からリクは1週間図書館に篭りっぱなしだったとか。
これからは不定期ですが、1ヶ月に2、3話程度ずつ更新していければと思っています。
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