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「兄貴、これで本当に行けるのか?」
「弟よ、ネットの情報は7割が間違っているとよくいうだろう。」
「やる価値は0じゃぁないが、しかしこんな胡散臭いものをよくやる気になったな。」
「でかい紙に魔法陣描いて呪文を唱えるだけでいいんだ、楽でいいだろ?しかもSNSで成功したって呟きがたくさん出てるんだぜ。」
「いや、それ成功してないだろ。」
突っ込みを入れながらも魔法陣を描いていく弟。
「俺は絵が上手くないからな。お前が手伝ってくれて助かった。」
「手伝わないとうるさいだろ?」
「よくわかってるな。」
「何年お前の弟をやってると思ってる。よし、出来たぞ。」
2m四方ほどの紙を床に敷く。
「意匠が凝っているな。」
「それ言いたいだけだろ。」
「ああ。」
「早く終わらせるぞ。」
弟はどうせ失敗するだろうと思いながら魔法陣に踏み込もうとする。
「待て!」
しかし、兄によって止められる。
「どうした。」
「もしだ、もし成功したとして変なでかい石板が出てきて代わりにお前は何を犠牲にするとか聞かれたらどうするんだよ。」
「俺なら腕とか足って答えるが、そんなどこかで見たことあるような展開は起きない。」
そう言ってもう一度魔法陣に踏み込もうとするもまたしても兄に止められる。
「待て、いきなり街とかだったらどうするんだ?こっちの世界の名前じゃ不自然かもしれないだろ。」
「そんなものあっちに言ってから決めればいいだろ。とにかくやるぞ。」
「すぐに考えられるというのなら今すぐに考えろ。」
「じゃあ、あれだ、ソラでいい。」
「じゃあ、俺はリクだな。」
「安直だな。まあいい、唱えるぞ。」
「おう。」
2人で一緒に魔法陣に乗りカンペを見ながら呪文を唱える。
「「我は求め、懇願」」
「待て。」
「今度はなんだ。」
弟はいい加減にしろと兄をにらむ。
「俺らは2人なんだ。我は、ではなく我らは、にした方がいいだろう。」
「わかったわかった、単数のものを全部複数にすればいいんだな、行くぞ。」
「全部じゃぁないがいいか。俳優を目指しているんだ、少しのアドリブぐらい出来ないとな。」
「はいはい、やるぞ。」
気を取り直してカンペを握りなおした2人は呪文を唱え始めた。
「「我らは求め、懇願する。ここに異世界の扉を顕現させよ。大いなる力に我ら2人で挑まん。我らが異世界に求めるのは・・・」」
そこで2人は一度言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。
「「楽しみだ!!!」」
その瞬間、2人は眩いほどの光に包まれた。
とっさに2人は手で目を覆った。
それでも光は目に入ってくる。
「これで成功したのか?」
「わからん、それよりこの光はなんだ。絵の具に火薬とマグネシウムでも混ぜたのか?」
「市販のものだ。家から2分の文房具屋で買ってきた。」
「そうか、で、兄貴の方は何か見えるか?」
「いや、俺も眩しすぎて目を開けられない。」
いつの間にか床の感覚は消え、奇妙な浮遊感の中、2人は光が収まるのを待っていた。
「これは、俺は成功したとみるが、お前はどう思う?弟よ、いや、ソラだったな。」
「まあ、成功してるのが一番嬉しいな、リク。」
そして、体感で数分後、少しずつ光が引いていった。
完全に光が引いた後、2人はおもむろに目を開く。
そこは見知らぬ森の中だった。
「ソラ、喜びの舞を踊っていいか?」
「いや、やめておけ。ここが異世界だという確たる証拠は未だ無い。それにいきなり変な踊りを踊りだすと近くの村の娘に見つかって引かれるフラグが立つぞ。」
「じゃあ、魔物を見つけたら踊るとしよう。それなら踊っていても村娘に言い訳できる。」
「それこそやめろ、魔物に殺されるぞ。」
「じゃあ、どうやってこの喜びを示せばいい?」
「魔物でも殴れ。」
2人は、とりあえず気持ちを落ち着けると周りを見回した。
木々が生い茂る森、あまり遠くまでは見えないが見える範囲には敵がいないことを確認する。
「ソラ、異世界に来てまず最初に何をすればいいと思う?」
「まずは木を4ブロック集めないといけないな。」
「ソラ、ボケ役を奪わないでもらいたいのだが、まあいい、木で何か作れるかもしれないからな。自分で言ったんだ、責任もって木を伐採しろよ?この場合は素手でかな?」
「いいぜ、やってやる。」
ソラは、顔の前でこぶしを握ると木の前で腕を引く。
「本気でやれよ、ソラ。」
リクはソラをからかって笑う。
しかし次の瞬間、リクはもちろんソラまでもが目を丸くするようなことが起きた。
ソラが本気で振った腕は、目にも止まらぬほどの速さで振り抜かれ、空気を割き木の幹を貫通した。
支えを失って倒れ行く木を2人はただ見ていることしかできなかった。
「とりあえず、木で剣を作る必要はあまりなさそうだな。」
「あ、あぁ、そうだな。」
引き攣った顔で笑うソラにリクは苦笑いを返すしかなかった。
「とりあえず俺らの能力はこんなもんか。」
ソラが木を貫いてから数時間後、2人は自ら作った森の中の広場でたき火を挟んで雑談していた。
このたき火は木を壊した後の破片を集めてソラの手の摩擦で火を起こしたものだ。
あの後、2人で色々試したところソラにはものすごいスピードで行動できる能力と耐熱性があることがわかり、兄にはスピードは無いものの、その細めの体からは想像できないほどの超怪力が出せることが分かった。
「そういえば、魔物見つからなかったな。」
「あんなに2人揃って木をなぎ倒していたら弱い魔物たちは皆逃げるだろう。しかし、その音でどっかの騎士団に捕まえられるフラグが建っているからな。寝ている間に逮捕されないことを祈るばかりだな。」
「おいおい、交代で寝て見張りとかしないのか?」
「したいのか?」
「いや、したいわけじゃないが…」
「じゃあ、寝ろ。おやすみ。」
「わかった、おやすみ。」
もし魔物に襲われても殴ればいいやと思いながら2人は眠りについた。
次の日、2人が起きるとたき火の火は消えていたが魔物が近づいたような跡も無かった。
「さて、今日は何をしようかね。」
「水分と食料の確保かな?」
「そうだな、昨日採った木の実だけじゃ心もとないしな。近くに村か街があればいいんだが。」
「でも、お金がないからすぐには何も買えないだろ?」
「そこは、運命がなんとかしてくれるだろ。」
「結局他力本願なのかよ。」
「いや、自分の運命なんだ、自力だろ。」
「あれ?そうなのか?」
「とりあえず歩くぞ。」
リクが立ち上がったので、一緒にソラも立ち上がる。
「待て、兄貴、じゃなかったリク。」
「本名を出さないようにしているだけなんだ。その呼び方は大丈夫だろ。」
「そっか、じゃあ兄貴、兄貴の怪力?は腕だけじゃないんだよな?大ジャンプで街の方向だけでもわからないのか?いや、兄貴のことだからもう気付いて街の方向を知ってたりするのか?」
期待の眼でリクの方を見るソラ。
しかしリクは全くもって気付いていなかった。
「いや、気付かなかった。試してみよう。」
そう言うとリクは足に力を込める。
その力を一気に下方に向けて放つと15mほど飛び上がった。
「兄貴、街あった?」
「ああ、あった。あっちに4から5km行ったところにある。」
上から戻ったリクにソラが話しかけるとリクはソラの背後を指さすので、2人はそちらの方へ歩き出した。
ちょくちょくリクが飛び上がって軌道修正すること5時間ほど。
ソラがただ歩いてることに飽き、何度か休憩を挟みながら歩いていたら街の前まで到達することができた。
太陽はすでに頂に手を掛けていた。
道中、魔物の類は居らず2人は少し不安になったが街への門が見えた時それは後回しにすることにした。
2人は門へと近づいていく。
門の前には西洋甲冑姿の兵士が2人立っていた。
案の定だが、街に入ろうとした2人はその兵士たちに止められる。
「止まれ、見ない顔だな。荷物の検査を行う。」
それに対し2人は何食わぬ顔でポケットの中の木の実を取り出した。
「俺らの荷物はこの体と服と木の実だけだ。実は2人とも少しの記憶障害を起こしていてな。気付いたらここから5時間ほど行った森の中に居たんだ。お金も食べるものもない、何かすぐにお金を稼げるようなところはないか?」
門番兵たちに何かを言われる前にまくしたてるリク。
門番兵たちは少し困った顔をした後、片方が2人に話しかけた。
「分かった、俺らは今から少し飲み物を買いに行ってくる。その間代わりに門番をしていてくれないか?この南門はほとんど人が通らないから大丈夫だとは思うが、街に入ろうとする者がいたら係りの者がすぐに来ると止めておいてくれるだけでいい。出ていく冒険者は行かせておけばいい。」
「分かった、頼まれよう。」
リクが答えると門番兵たちは街の中に入っていった。
「作り話や嘘が上手いな、兄貴は。」
「嘘も方便、と言うだろう?しかし、あの兵士たち、偉い人がたまたま通って目をつけられるフラグを見事に建てていったが大丈夫なのだろうか?」
「そうそうあるようなことじゃないから大丈夫だろう。」
結果だけ言うと、滅多に人が来ないと言われた南門にはギルドマスターがやってきた。
近くの鍛冶屋に寄っていたのだが、ふと気になって様子を見に来たらしい。
帰ってきた瞬間怒鳴られていたが、リクが最初に門番兵たちに言った事と同じことを言うとギルドマスターは矛を収めてくれた。
その後、ギルドマスターに連れられて街のギルドまで案内された。
「ほー、でかいんだな。」
思わず感嘆の声を漏らすソラ。
リクも全く同じことを思っていた。
中に入ると、ギルドは酒場と一緒になっていた。
たくさんの机が並べられ、そのほとんどが剣やら槍やら斧やらを持った冒険者然とした者たちで埋められ、わいわいがやがやと食事をしている。
そして、2人に続きギルドマスターが入って来た時、周りの空気が少しだけ変わったことにリクは気が付いた。
気を付けて周りを観察していないと気付けないほどだったが、よく言えば慎重、悪く言えば小心者のリクは敏感に感じ取る。
「すまないな、少年たち。血気盛んな奴らばかりでな、私が連れてくる者は全員強いと思っている。」
「いえ、大丈夫です。」
「え?何が?」
「分からないなら知らないほうが楽なことだ。」
「気になるだろ、気にしないから教えろよ。」
「冒険者の奴らは俺らの容姿を見て弱いと高をくくっているんだ。」
「ふ~ん、思わせておけばいいでしょ。」
「俺もそう思って知らないほうが楽だと言ったんだ。」
「そうか、頭の隅には入れておこう。」
「まあ、とりあえず座ったらどうだ2人とも。」
気付くとギルドマスターは酒場のテーブルの一つに座り、苦笑しながら2人を見ていた。
2人はギルドマスターに勧められ対面に座る。
その瞬間、周りの冒険者の視線が一層強くなった気がした。
「兄貴とマスターが言っていたのはこういうことか。」
「そうだ、俺らがギルドマスターに目を掛けてもらうなどおこがましいとでも思っているんだろう。」
「アイドルを追いかける信者どもみたいだな。」
「あいどる?」
やはり聞きなれない言葉なのか聞き返してくるギルドマスター。
しかし元の世界の話をするわけにもいかず、ごまかしておく。
「いえ、こちらの話ですのでお気になさらず。」
「そうか、わかった。そうだ、君たちも何か食べるかね?木の実しか持っていなかったから腹は減っているだろう?ここで会ったのも何かの縁だ、奢ってやろう。」
「ありがとうございます。この恩はいつかお返しいたします。」
「いや、あまり気にしてくれなくていい。どうしてもというのならいつか一緒に酒でも飲みに行こう。」
「珍しいな、おごってもらうの?」
ギルドマスターがウェイトレスを呼んでいる間にソラがリクに質問をする。
それにリクは楽しそうに妖しい笑みを浮かべた。
「相手はギルドマスターだ。地位も権力も情報量も戦力も十二分にある。仲良くしておいた方が何かといいだろう。」
「兄貴はそういうことにはほんと頭が回るよな。勉強に回せばいいのにな。」
「回せたら回していたさ。」
その後、メニュー表を渡されたが何が書いてあるかわからずギルドマスターのおすすめを頼んでもらうことにした。
少しの間待っていると料理が運ばれてきて食べてくれと勧められた。
出されたのは何かの肉とスープだった。
肉は一口かむたびに肉汁が溢れ、スープは野菜のうまみが濃縮されていておいしかった。
2人が食べ終わったのを見計らって、ギルドマスターが2人に話しかけてきた。
「先ほど聞いた記憶喪失で持ち金もなく困っているというのは本当なんだな?」
「はい、本当です。」
「私にはこれを言う義務があるから一応聞いておいてくれ。君たちが他国の間者だった場合、私が全力をもって排除する。」
「どういうこと?」
「間者ではない者は聞き流せということだよ、弟よ。」
「そうか、わかった。」
2人の会話を聞いてギルドマスターは微妙な顔をした。
「まあいいだろう。それで、手っ取り早く稼ぎたいんだったな。」
「はい、2人とも体には自信があるので冒険者というものになってみたいのですが、身柄の怪しい僕たちでもなれますか?」
「なれる。冒険者の登録には生体情報を使うからな。しかし、登録してすぐはランクが低いからな、いきなりは稼げないだろう。」
「そうですか、困りましたね。宿に泊まるお金もないのですが。」
「そこでだ、私の依頼を受けてくれないか?報酬は一週間分の宿代にしよう。」
ギルドマスターは2人ににやりと笑いかける。
「大丈夫なんですか?ギルドマスターともあろうあなたが何も関係のない僕たちにかまっていても。」
「君たちが冒険者になれば問題はない。」
「それが狙いですか。」
ああそうだ、と笑うギルドマスターにつられて2人も自然と笑っていた。
「どうする?弟よ。」
「俺はどっちでもいい。」
「そうか、俺は異世界に行ったら冒険者になるって決めていたからな、ちょうどよかったさ。」
「じゃあ、なるという方向でいいんだな?」
「はい、よろしくお願いします。登録などはどこですればいいですか?」
「よし、あそこの窓口で出来る。詳しい話は私も知らないからな、そこの者に聞いてくれ。私はここで待っている。」
そう言ってギルドマスターは受付嬢の待つ窓口を指し示した。
示されたところに2人が行くと、受付嬢の一人に手招きされた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。新規登録とEランク以下の冒険者さんたちの受付はこちらになります。」
高イスに座り、白と黒のメイド服のようなものを着た女性がほほ笑んでいた。
「こんにちはお姉さん。俺はリク、こっちは弟のソラ、よろしく。」
「よろしく。」
「受付嬢のミミュレットと申します。よろしくお願いしますね。」
ミミュレットは2人に微笑んだ。
「兄貴は女の人には目がないな。」
ソラが嫌味を言う。
それに対しリクはさも当然というように答えた。
「違うぞ、弟よ。俺は女なら何でもいいというような野郎とは違う。俺は世の中の女の人はかわいいと、綺麗と、それ以外に分けられると思っている。そのかわいいに目がないだけであっちの綺麗なお姉さん方にはあまり興味はない。でもここはいいですね、かわいい人と綺麗な人しかいないようだ。さすがは異世界だな。」
最後の一言はソラにぎりぎり聞こえる程度の小声だったが、その言葉を聞いた受付嬢たちは皆頬を赤くしていた。
その瞬間、周りからの視線が殺気に変わった気がした。
「と、とりあえず、登録しちゃいましょうか。」
「はい、おねがいします。」
リクが笑いかけるとまたミミュレットは赤面する。
「ど、どちらから登録しましょう?」
「俺からでお願いします。」
「じゃあ、弟君はこっちおいでよ。登録だけなら大丈夫だろうし、便宜上分けてるだけでどこでも依頼は受けられるしね。」
横の受付嬢から呼び声がかかる。
「じゃあ、行ってくる。」
ソラが行くと受付嬢は身を乗り出して質問を投げかけた。
「弟君はどんな人が好きなの?
「俺は俺よりも強くてクールな人かな。」
「そっか、じゃあ将来は冒険者の女の人と結婚するのかな?」
「するならエルフとがいいかな。」
ソラは何気なく答えるが受付嬢は微妙な顔をしていた。
この世界はエルフと人間はいい感じじゃないのかもしれない。
「リクさん、弟さんが心配なのはわかりますが、何かケガをしたりとかは絶対にないので大丈夫ですよ。」
「あ、あぁ、そうですか。」
心配なのはそこではないのだが。第一、爆発が起きて一番危ないかもしれないのは守る手段を持たないかもしれない受付嬢さんの方だ。
「登録は簡単です。この水晶に数十秒ほど手を置いてもらうだけです。勝手にあなたの魔力や気の流れを読み取ってくれますので。」
そう言うと、ミミュレットはカウンターの下から水晶を取り出した。
「胡散臭いマルチ商法みたいだな。」
ソラの声にリクが振り向くとちょうどソラも水晶を見せられているところだった。
2人揃って水晶を一度いぶかしげに見てから手を置く。
十数秒して、ミミュレットとソラを対応した受付嬢がえ?と声を上げた。
「どうかしましたか?」
「どうかした?」
「あの、非常に申し上げにくいのですが。」
「構いません。」
「少々お待ちを。エリー。」
ミミュレットはリクに少し待てと告げるとソラを対応した受付嬢を呼ぶ。
あの受付嬢はエリーという名前だったのか。
いや、あだ名か。
「リク君も弟君も落ち込まないで聞いてほしいの。あなたたちには魔力がないみたいなの。」
エリーの言葉に周りから隠すような笑い声が上がる。
「ほとんどが親からの継承なの、両親から何か聞いてない?」
「俺たち2人は昨日までの記憶がないから。」
「それは、ごめんなさい。でも、不便はあるとは思うけどやけになったり、変な道に進んだりしないでね。相談ぐらいなら私たちが聞くからね。」
「ありがとうございます。で、弟よ、魔力がないと言われたが気にするか?」
「いや、別に。」
「「え?」」
その時だった。
いつの間にか、魔力のない新人兄弟と受付嬢の話に静まり返っていたフロアに一つの低い笑い声が上がった。
「はっはっは、魔力がないんじゃあ上のランクにも行けないし、エルフと会うことも出来ないんだぞ?泣きたければ泣けばいい。泣いてママのお乳でも飲んでいな!」
その冒険者はゆっくりと歩いてくるとソラの頭を掴んで自分の方を向かせた。
「ガキどもは帰って寝てろ。」
「バスカーさん!」
ミミュレットが冒険者の名前を呼んだ瞬間、バスカーの手からソラは消えていた。
それと同時にフロアの端でガラスの割れる音が響き、バスカーが振り向こうとした時にはバスカーはもうこれ以上動けないようになっていた。
手の中に居たはずのソラが割れた酒瓶を持ち後ろから首元に突きつけ、座っていたはずのリクが気付かぬうちに目の前に現れ拳をのど元に突きつけていたのだ。
「兄貴も十分早いじゃねえか。」
「お前ほどじゃない。しかし、ビンを割ってくれやがって。弁償代も払えないんだぞ。」
「奥の飲んだくれのじいさんの空っぽのビンを選んで持って来たんだ、大丈夫だろ。」
「そうか。で、おっさんどうする?俺らが要求するのは、今すぐこの場を立ち去り今後俺らに関わらないことだ。人間だから間違いもある。謝れとも、もちろんこの場で今すぐ死ねとも言わん。」
「わ、わかった、出ていこう。」
バスカーのその言葉に2人が離れると、バスカーは逃げるようにギルドを出ていった。
静まり返るギルドのフロア。
そんな中、当事者であるはずの2人だけが通常運転だった。
「もしもし、ミミュレットさん。俺たちの手続きは終わったんですか?」
「ま、まだです。最後に、2人とも冒険者でいいんですよね?」
「そうですね、あんなところを見せておきながら商人志望ですとも、言えないですしね。」
「はい、わかりました。カードをお作りしますのでテーブルの方でお待ちください。」
「はいはーい。ソラ、行くぞ。」
「ん。」
座っていた席を立ち、2人はギルドマスターのところへと戻る。
その途中で今度はエリーに呼び止められた。
「ちょっと待って、お兄さん。」
「何でしょうか、エリーさん。」
「私の名前はエリーネよ。それは気が向いたら覚えてくれればいいわ。ミミュレットの事はミィって呼んであげて。」
「ちょっと、エリー!」
ミミュレットは顔を真っ赤にしてエリーネを止める。
しかし、リクはミミュレットに笑いかけた。
「ミィ、これからお願いしますね。」
その言葉にミミュレットはまた顔を真っ赤にした。
「よ、よろしくお願いしましゅ!」
もうろれつが回っていない。
そんなミミュレットの事をやっぱりかわいいなと思いながらギルドマスターのところへと戻るリクだった。
「女たらしかよ。」
「待てソラ、俺はどちらかと言えば一途な方だ。」
その言葉にこれ以上ないほどに顔を赤くするミミュレットだった。
主だって「異世界転移放浪記」(ハイファンタジー)の方を書いているので投稿が空く場合があります。
ご了承ください。