第6話
ガンヤクを指でつまみ、皿上で転がすガルドは少し不満げな表情でウエイトレスに顔を向ける。
「んで、査定の方はどうなんだ?」
「もしかしてお兄さん‥傭兵さん? ならもう少しかかると思うわ、査定待ちが確か3件残ってるって今日ぼやいてたし‥」
ガルドの発した言葉にスイッチが変わったのだろう。
ララと言うウエイトレスは静かに席を離れジッとその細めた緑の眼でガルドを見定め始めだした、
先程までの接客とは思えないほど明るく朗らかな笑顔が薄れ、急に冷や水でも掛けられたような冷ややかな表情で下がる彼女に、(まあ傭兵と知れば普通こうだよな)と慣れた手付きでビールを口に運ぶ。
傭兵…
それは大破壊後に最も発展した産業の一つ
太古に行われていた職業をそのまま復活させたようなものであり、その本質は変わっておらず、護衛に遺跡の調査に発掘・暗殺に奪取・紛争の助力と破壊工作と多岐にわたり──
金次第何でもやるような職業と世間的にそうみられている。
それゆえ、その土地や国に企業によって、歓迎されることや煙たがられる事もあり、どうやらケミダイン村の住人にとっては後者の可能性が濃厚のようだ。
他の“一般”職業と言えば、農業・商人・役場・工場の従業員程度しか今の世にはなく、一般以外で有名の1つと言えば野生動物を狩って生活するハンター的な職業もいるにはいるのだが‥‥
牙を自生させながら射出するチーターや生半可な得物を弾く程弾力性に優れたバッファローなどなど人災が招き環境破壊レベルを超えた災厄後の自然界を激しい競争を生き抜き進化してきた野生動物達とやり合う領域に達しており、無謀すぎる事は子供でも知っている
話は戻り、冷めた目線を一身に浴びるガルドはおどけたような態度でララに半身を向けなおしジョッキをテーブルに置く。
「此方も仕事でね‥‥美人ににらまれるのはまあ‥‥慣れてるよ」
「傭兵は嫌いよ、横暴だし」
「おいおい、ここにいる客の大半は傭兵だろ? よく疲れないな」
おどけて見せながら指で遊ぶ丸薬をぽいっと口に運び噛む。
うむ、まずいっと苦笑しながら食べ続ける彼に毒気が薄れたのか‥‥
冷めたララの顔がほんのり和らいでいた。
「そりゃここの村での仕事で来る人はほとんど商人ばかりよ。傭兵なんて数えるくらいしか来ないし、大抵あくどいやつらばっかり」
はぁっと深い溜息を零し顔に手を当てるララにガルドも怪訝な顔へと変わっていく。
となると、傭兵に卸す武器弾薬等の需要低い可能性が高いからあまり望めないってわけか。
態度1つであとの傭兵にも影響が出る事を考慮してないなここ一体の傭兵さんは‥‥おかげで専門店に売却するさい足元見られる可能性大じゃあないか。かといって専門外だと許可書違いで買い叩かれるか売れない事も‥‥
参ったぞ‥‥ワームバイトを7割か8地割以下で売却しないと借金地獄にはまる可能性も‥‥
「なあ、ここの傭兵はなにやってるんだ?あいつらも自分の立場ってもんが」
「周辺の盗賊やらの村の防衛と、散発的な巡回偵察、あと…隣村や町への護衛くらいですねお兄さん。まあ7対3で失敗多いそうですし、何より乱暴ばかりナ人が多くてほとほと困ってます」
むすっとする顔のララにそっとチップである銀貨二枚、2Mを彼女の右手付近のカウンターテーブルに置き素知らぬ顔でガルドは半分ほど飲み干したビールジョッキに手を伸ばし口へ運ぶ。
全く武器弾薬の補給路が絶たれたら素手でPCと戦うようなもんだぞ‥‥持ちつ持たれずの関係解ってないんだろうな‥‥
そう言えば、眠いってラーミアが上の階で先に寝てるんだっけ?ココが宿屋も兼用していて助かったぜ‥‥今から宿屋を探すとなると満席にボロ屋の癖にバカ高い値段が残る可能性が高いからな‥‥
まぁ腹が減ったら降りてくんだろ、あいつ‥‥初見でも意識が奪われるほど美しい少女な癖に飯にはガメツイからな‥‥
と、ビールを飲み干ガラスのジョキをカウンターに置いた刹那──
女の悲鳴が上階から上がった。
先程まで各々喧噪していた店内は一気に沈黙化し、戸惑う店員を他所にいち早くガルドが立ち上がり、動く。
悲鳴の声量からしてただ事ではない、状況は……あまり良くないどころか悪い。
それもとびきりの悪い方向だと、立ちすくむ客達を邪魔だと押しのけ上に続く階段へ小走る。
階段を半分上った所で、常人よりも優れたガルドの鼻があるものを捉えしかめ面になっていった。
微かに臭った代物が一段一段上がる度に臭いを高め、ガルドの表情を強張らせていく。
感情に押される形で歩みを早め二階に上がると……今日はまだ泊り客がいないのだろうか、人の気配も店の匂いとも違う土埃などの匂いがしなかったので、無視して三階へ。
ここに向かうまで少なくともへばりつくようなにおいがしなかった
外観から察して4部屋かと思ったら6部屋だったか…となると全部屋は6部屋以下っとやっぱ“この臭い”は苦手だ、生臭いし鉄臭くて気持ち悪い
三階の階段に近づくまえに、上段から流れてくる臭いにガルドの顔も険しさが増し、腰のホルスターに収めた拳銃を音を殺しながら抜き取り構える。
一歩一歩、無音の歩き方を思い出すよう慎重に歩みを進め三階へ……
何が飛び出してきてもいいよう、厳しい訓練を積み重ねてきたその大勢は隙が無く最悪、階段横壁に等間隔である窓をぶち破って脱出する手段も考慮しており身体を硬直させないよう慎重に一歩一歩、音を殺しながら階段を上っていく
踊り場を超え階段を登り切るまであと少し‥‥嫌な臭いが一層強みを増し、銃撃や奇襲も考慮しつつゆっくりと顔半分覗かせる……
敵影なし、小水の臭いと5m先、あの腰が抜けて倒れて震えているのはここの店員か
彼女が凝視し震え見ている先は、半開きの扉と……床から滲み流れているはやはり‥‥血か
いつでも動けるようねこ足立ちしつつ慎重にかつ迅速に怯える女性店員の元へ駆け寄る。
まるで特殊部隊のような軽やかな走りに女性はぽんっと肩をガルドに触れられるまで気づくことはなく、悲鳴を上げかけた。
無理もない‥‥、今まで平穏で過ごしていた日常が目の前の出来事に受け入れられない状況が唐突に飛び込んできたからだろう。
が、ここで騒がれるとかえってまずい状況も考慮せないといけないしな~……
なるべくこの怯える店員が殺される可能性を削ぐため、サッと口に人差し指を当て静かにとジェスチャーを射殺すような眼つきで店員に向ける。
下で飲んでいた気さくな青年の姿はそこになく、何のためらいもなく一瞬で命を刈り取る冷たい眼差しに女性のSAN値は急速に落ちていったのだろう。
ガタガタと震えたままコクコクと激しく頭を縦に振る女性に、少しづつでいいからここから離れるよう簡素なジェスチャーしながら会談を指さし合図を送る。
腰が抜けて動けないのか、今にも大泣きしそうな店員の脇から胸へ腕を回し ゆっくり 静かに 銃を構えつつ半開きな扉から引きずりながら離していく。
程好く豊かな胸が防刃加工の袖布越しから腕に伝わるが、女性の華奢な手がギュッとガルドの腕を震えたまま掴んでいる。
助けてくださいお願いします!!と全身から訴えてくる幼気な少女に難しい顔をするガルドはどうにか階段側にまで運び終えると強引に少女の手からすり抜ける様に振りほどき、半開きの扉を注視していく。
大丈夫あとは静かに逃げな、とぽんぽんっと店員の頭を優しく触れ撫で後ろ髪を引かれながら音を殺しつつ足早に、半開きの扉の壁へ背中を張り付かせていく。
俺の嫌いな血の臭いはここだけ
残りの部屋は人の気配がしないからとりあえず保留
硝煙の臭いは今のところ無し、銃の類は使われた形跡ないだろう。
サッと腰のポーチからミラー付きの棒を取り出し中の様子を伺ってみた途端、
ガルドは警戒すぐ解除し、銃をホルスターに収めると何の気兼ねなく半開きの扉を開けた。
部屋の中はベットが二つ、LEDランプが二つと照明に簡素な木製タンスと四角い机にイスが1つ
至って単純な安宿であるが───
床には見開いた眼のまま床に転がるマッチョな大男と胸にナイフを突き立てたまま仰向けに倒れてる青年と太っちょな男が額に柄を生やしてうつぶせで倒れていた。
既にこときれてる三人から目線離し、部屋の奥───テラスに通ずるガラス扉窓が鍵の部分のガラスが壊された状態で開けられ、チラッとベットに眼を向けると‥‥ひしひしと至極不満オーラを背中から発する白い髪の少女が丸くなって寝ていた。
大方何があったか手に取るように把握し、今も床を赤黒く汚していく液体から目を背けると吐き捨てる様に呟いた。
「またか‥‥コイツ」
全身から負債を吐き出すような重苦しい溜息を零しガックシうな垂れるガルドの耳にドタドタと慌ただしい音が聞こえ始め──
「お客様、ご無事でっひぃ?!」
面食らったスキンヘッドの似合うここの店主が、蒼白した顔で後退さるとここの従業員だろうか、応援に来た男性やら女性が同じように怯え下がる。
手にしたモップやらこん棒を握る勇ましく乗り込んできた姿は一瞬に消え失せ、どういう事とガルドに眼を向ける。
「あーここ狭いんで廊下で話しましょう、その方が暴君を起こさないで済みますし」
とガルドは空笑いしながら立ち戸惑う店長たちを押す形で、死体をそのままに不機嫌に眠るラーミアを部屋に残していった。