第2話
「やった、か‥‥」
正面強化フロンガラスから覘く形で正面──XM23を見据える青年。
巨人は後方の壁を大いに砕き、瓦礫にもたれかかるよう鎮座しておりその痛々しい破損個所をまざまざ見せつけ、ピクリとも動かない。
ばっくりと花びらいたかの如く外装はじけ飛び、むき出しなコクピットは凄惨の一言につき、備えた望遠鏡で確認するまでもなく死体すらない事が容易にうかがえる。
腕に付けた軍用時計の秒針を目尻に捉えきっかり十秒。
普通、高価な機体なら必ず付けていると常識な自動帰還プログラムが走っていない事を確認し、完全沈黙したことにようやく安堵の色を見せた青年は──後頭部に強い衝撃を受け、緊張の連続で今も強く握りしめているハンドルへその美形な顔を思いっきりぶつけた。
「~ってぇぇ! なにすんだラーミア」
打ちどころ悪かったのか、褐色肌が赤らむ程鼻や額に離した手を当てさすり、涙目な青年は振り返り抗議の声を荒げる。
赤茶けたブーツを引っ込め…そのほっそりとした片足を後部座席足場に戻した人物を睨む。
130cmと小柄な身長と不釣り合いなロングレンジ砲は所狭いと車体天板からその長い砲身をさらしつつ、銃身を半身で抱えるよう支えている少女。
幼いながらもどこか、高貴なるものの流れを感じてしまう流麗な顔立ち
軽装甲からでも容易に把握できるくらい、程よく肉が付いた体は多少余裕を持たせつつ隅々まで鍛えられた細身の身体。
焼き尽くすような日照りでもその輝きを失うことはない、腰にまで伸ばしたその玲瓏な銀色の髪の毛は、見る物を魅了するのだろう。
荒ぶる青年の心を容易く組み組み解き、怪訝な紅い目を――その少女のジト眼に向け直しもう一度反抗の声を荒げる。
「いつもいつも、後頭部蹴んなって言ってるだろうラーミア! 俺が剥げたらどうすんだよ」
「たわけ、お前はいつも探りすぎだと口酸っぱく言うておろう。小心は時に気を逃すと常々忠告しておるぞ、ガルドよ」
やれやれと深い溜息を零した少女は面倒くさそうな顔つきで青年──ガルドへ畳みかける
「そもそも、ガルドがまかしとけって弾薬や爆薬を仕入れたのが事の始まり。お前…爆薬類は問題ないが、肝心の吾のグラムの弾はすべて粗悪品! 1kmを超えた辺りで弾が反れ狙った個所に当たらないのは問題外だぞ、ガルム?」
ほんのりと怒りを孕んだその美しき青き流し眼にグゥの音も出ないのか、たじろいでいる。
そもそもあいつの機銃、規格が合う弾丸なんて易々見つかるはずがないだろう!
1km以内なら今まで問題なかったし今まで通り
「今回はクレス共和国の新型パーソナルコア(PC)の鹵獲が依頼。それをわかっていってるのかほんとうに?」
「う…」
「そもそもこの狭い渓谷に誘い込んだのは良い、偽情報でキサラ帝国の新型搭載炉の実験施設を流し差し込んだ後の手筈もだ。広範囲ECMによる通信妨害や脱出や手数を潰すためブースター破壊用のワームバイト(仕込み爆弾)を壁や岩などレーダーに見つかりにくい場所に仕込み、失敗のリカバリーを見越しての誘導や策を練るのも一人でやったのも素晴らしい」
ガシャンっと後部座席足場にグラムを露骨に置いた途端、前輪が軽く浮かび、シートに埋まる己の尻がほんの少しふわりと浮く感覚にガルドの表情もひくつかせていった
あ、めっちゃ怒ってると・・・
「だが、いつもいつも言っているだろう? 細かいところにまで細心の注意は払えと!」
仕留めるのは私に任せているのだから“最低限”弾薬や整備資材の補充は俺に任せて、お前は黙って照準合わせ引き金を引いてろといった口はどのくちだとズイッと顔を近づけさせグラムの頬を指でつまみ思いっきり引っ張る
「いってへぇな!だいひょうぶだって、あいつ突っ込んで来たら」
「貴様が仕掛けた地雷でか? 件のパイロットは貴様が揺さぶりかけ過ぎたとは思えんが、そこまで見抜いて不用心に突撃してこなかっただろう! おかげでくるまを遠回りに動かせねば自ら地雷原に突っ込む形でこっちがはらはらしたぞ!?」
武装破壊したから飛び道具は絶対ないといった口はどの口だとひねりを加え、抓りあげてくる。
この世に絶対などない、あらゆる可能性を考慮し構築・実行することが常だと子供でも知ってるわと痛いところを突かれ反論の余地がないガルムは彼女の怒りが収まるまで、説教と抓りを甘んじて受け入れる事しかできなかった。
「で? いくらつかった」
ようやく怒りを溜飲してくれたラーミアが車から降りすたすたとXM23事、クレス共和国製PCの残骸へ歩み寄っていく
「…地雷原そばをよくもまあ~散歩気分で歩けるもんだな。」
「なにかいったか?」
「(相変わらず地獄耳だこって) 大体500cととんで3000Mかな」
「‥‥使いすぎだろう、1cで普通の家庭半年分。今回の報酬は750cだから、整備や手数料こみこみ、ほとんど赤字に近いじゃないか?」
「そういうな、これも傭兵家業ってさがだよさーが」
振り返った銀の髪がなびき、睨む目で見てくれる少女にガルドはそっぽむき怪訝な顔になっていく。
そりゃ地雷やらワームバイトを少し買いすぎましたよ全く…
ワームバイト、あれ1個でまさかこっちでは2c300M取るとは思わなかったよまったく
軽く2倍じゃねえかと、自分も車から降り後部トランクを開ける。
中に籠の付いたドラム缶のような形をしたものをよっと、掛け声を上げ下ろし立たせ側面にあるスイッチを押し起動させる。
起動した地雷掘り起し回収用の円筒型小型PCは自立機動を開始し、ガルドがしかけた地雷原をセットしたマップに従い自動で回収していくのを暫し眺めつつ、自ら歩いて巨人の元へ進んでいく。
大破しもたれかかるよう座り、鎮座しているとはいえ、その姿はゆうに5m近くはあり、その武骨ながらも重圧な装甲で覆われた巨体におどろおどろしさを感じたのだろう‥
波が引いたように冷えていくのを感じたガルドは、重苦しい感情を吐き出すよう一息はくと、すでに欠損した箇所などこのXM23に昇り見分を始めていたラーミアへ声をかける
「どうだラーミア、“サイクロップス”のようすは?」
「当初の予定より、だいぶ痛めつけてしまった…これでは報酬の73%以下だろう…」
「それよりサイクロップスってなんだ? こいつはXM23だろ?」
沈黙する巨人の首元で訝しげな顔で見下ろし首を傾げる可憐な少女に苦笑交じりでおどけて見せるガルド
「そりゃクレス共和国だと試作機はすべてXM番台だろ? んなの呼びにくいし紛らわしいじゃないか?」
「??私は把握できるのだが」
「そりゃ“お前”ならな、こうゆうのは傭兵ギルドの間じゃいたって普通の事だよラーミア。誤解や御幣を防ぐためと安易に悟られないための児戯、さ♪」
そんなもんか?と光を失ったモノアイに顔を向ける少女にヤレヤレとこれからの事で頭が痛くなる最中――ガルドの耳に微かに響く音を知覚した。
その音にラーミアも気付いたのか、灰色がかった雲が広がり始めた空へ顔を向け警戒の色を強めていた。
「予定より早かったな・・・」