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前編

訪問ありがとうございます。


まだ暖かく柔らかいベッドが与えられていた幼い頃、私は夢を見た。

一番上のお兄様と似た年頃の少年が出てくる夢。

幼いながらに私の心が踊ったのを昨日のように覚えている。

私は夢に出てくる少年に小さな恋をした。




エルン王国第三王女リディーヌ。

それが私の肩書き、だった。

多くの国では王女と言うだけで蝶よ花よと可愛がられるのだと思う。

確かに兄二人、姉二人は両親である国王様と王妃様から愛されていた。

けれど私は…。


エルン王国は魔力が全てものをいう。

その国で王族は強力な魔力を誇っていた。

王はもちろん嫁いできた王妃も魔力の強さが一番に求められる。

この国の皇太子である第一王子リュスク。彼は歴代の中でも一番の魔力を誇ると言われ臣下からの人望も厚いらしい。


そんな王族に産まれたのに…、私には全く魔力がなかった。

魔力のない人間はこの国では役立たずのゴミのような存在だ。

一般の民であろうと貴族であろうと役立たずは五歳ほどになると奴隷商人に売られるのが運命。

5歳まで育てる理由は僅かだが5歳までの間に突発的に魔力を使うことが出来る後天性の者がいるからだ。

しかも後天性のものは先天性のものより強い魔力を持つ。

だが、5歳を過ぎるともう魔力が発現することはない。それ故5歳までは育てるが5歳を過ぎても魔力を持たないものはただの労働力として他国に売られていくのである。

この国に魔力を持たないものは要らないのだ。


なのに私は14にもなるのに王宮にいる。

全ては私を棄てきれなかった王様と王妃様のおかげ…などではない。

権力=魔力の国、その王室に魔力全く持たない役立たずが産まれた。

それはとても許しがたい恥辱以外のなにものでもなかった。

魔力のない私が愛されることはない。

ただ王室の恥辱を外に晒したくない、ただそれだけの為に私は王宮の地下牢で生かされていた。

一日一食は与えられたが、僅かな量の具のないスープだけの日や、パンひとつだけの僅かな食事の日が多かった。

よくこれでここまで生きてこられたものだと我ながら自身の生命力に驚かされる。

けれどそれっぽっちの食事、私の腕も足も骨と皮だけのガリガリだ。

歩くことされままならない。

ここまで生きてこれたのは奇跡。

そして、私はきっともうすぐ死ぬだろう。


最近、ずっと同じ夢を見るのだ。

夢の中の私は花畑で一人座り込んでいる。

そこに一人、騎士様が近づいてくるのだ。

私に微笑みかけてくれる彼の姿を見付けると私の心はなぜか熱くなった。

見つめられるのが嬉しいけれど恥ずかしい。そんな感情を覚えるのだ。

その夢はいつも同じところ、私が花畑に一人いるところから始まる。

そして、終わりはいつも少しずつ先へと進んでいく。

一昨日は全く手の届かない所にいた彼が昨日はあと僅かに触れることが出来そうな所、そして今日は彼に初めて触れ、その名を呼んだ。

『アレク様』と。

彼は優しい死神だろうか。

彼を待つ私は腕も足も肉付き、立ち上がることも出来そうな健康体だった。

夢の中の男性に恋をするなんて馬鹿みたいだ。

現実の私は恋をすることだって結婚することだって出来ない。

ただ、家族から死を望まれている何も持たない厄介者なのだ。


今日もそろそろ夜だ。

牢のかなり上に鉄格子がはまった小さな窓がある。

その窓からの明かりで朝と夜の判断くらいはつく。


そろそろ寝ようか。

また彼に会える、そんな夢の世界だけが私の世界だ。

こんな牢に閉じ込められる世界から早く消え去りたい。

もう目を覚まさなくてもいいと思う。

私はすぐに夢の世界へと落ちていった。


夢の世界の私は花畑の中で一人座っていた。瑞々しい花たちから香る甘く優しい香り。

その香りに酔いしれる。

もう目覚めずにここに入れたら…、そんなことを考えていると目の端に彼が遠くからやって来るのが見えた。

彼が来る。


『アレク様』


私は自分にビックリした。

いつも近づいて来るまで一言も発しないのに私は無意識に声を出し彼を呼んだ。


『リディーヌ』


彼が私の名前を呼んでくれる。

私の名を呼ぶ人はもう誰もいないと思っていたのに…。

彼は満面の笑みをたたえ私へと近付いてくると、スッと私の前に膝まづき手を差し出した。

私はそれが当たり前のように彼の手に自分の手を重ねた。

その手に彼は優しくキスを落とす。

心が燃え上がる。


『リディーヌ、行こう』


彼はそう言い立ち上がると私を軽々と抱き上げた。

いつもならこんなに展開が進めば目が覚めるはずだ。

なのに今日は夢が終わることがない。


『はい、アレク様』


私は彼に身を委ねる。

彼とならどこに連れていかれてもいい。


彼の顔が私の顔に近付く。

吸い込まれるような優しいエメラルドの瞳に私は酔う。

酔っている私の唇にそっと彼の唇が触れた。

それはとても優しく、そっと触れるだけのキスだったが私の心臓は早鐘をうち、そのまま意識を失ってしまいそうになるほどだった。


『よく頑張ったね、リディーヌ。疲れたろう?少し眠るといい』


唇から離れた彼は甘い声で私を酔わす。


『いいえ、アレク様。(わたくし)眠りたくありません。夢が覚めてしまいます。もうあの地下牢に戻りたくないのです』


涙を浮かべ泣きそうになる私に彼は私の目元にそっと自分の唇をあてた。

浮かんだ涙は落ちることはなかった。


『大丈夫です。もうあの地下牢に戻ることはありません。戻ったとしても私が必ず救いだします』


力強い言葉だった。

彼なら本当に助けてくれるかもしれない。


『約束、ですよ?必ず助けてくださいね』


『はい、必ず』


彼の微笑みを目に焼き付け、彼に抱かれたまま私は目を閉じた。




*****




執務室で仕事に追われていると古くから王家に使える女官が訪ねてきた。

ただの女官なら手続きもせずいきなりやって来た女官など入れもしないが名を聞くと我がエルン王家の厄介者の世話係だと言う。

とうとう死んだという報告でも聞けるのかと俺は手続きをふまない無礼な女官だが部屋に入る許可をだした。

だが、いい報告を持ってきたと思っていた女官はかなり焦った顔をしてどちらかといえば青ざめている。

死んだのならやっとあの厄介者の世話をせずにすむのだ、王太子の前とはいえ嬉々とした気持ちは隠しきれないだろうに。

次の瞬間、女官から出た言葉に俺は耳を疑った。


「リディーヌさまが消えました」


青ざめた中年女官が震える声であり得ない言葉を発する。

一気に俺の眉間に皺が寄り女官がガタガタと震えだした。


「リディーヌが消えた?どういうことだ?」


「わかりません。ただ、今日の食事を持っていくと地下牢のどこにも姿がないのです」


女官は自分がリディーヌを逃がした罪に問われるのではないかと焦り怯えていた。

確かにこんな役立たずはエルン王国には要らない。だが今はそんなことよりリディーヌの消息を知ることが第一だ。

魔力のない人間を養っていたなど国民に知られたらいくら王家とは言え責任問題になるだろう。

いざとなれば自分の魔力で押さえればよいのだが面倒ごとはごめんだ。


「チッ、役立たずめ。すぐに王宮内を探せ。お前の魔力全てを使い果たせばそれくらい出来るだろう」


「そ、そんな。王宮内全てを私一人で探そうとすれば魔力が尽きてしまいます」


「それがどうした?」


俺は何か困ることでも起きるのかと魔力が尽きた時に起きることなど知らない顔をして突き放した。


「王太子様、どうかお許しを。魔力が尽きたら死んでしまいます」


女官の声はほぼ叫び声になっている。

その場でひれ伏すと必死に泣きすがる。


「そうか、なら選ぶがいい。魔力が尽きるまで王家に忠誠を誓うか、魔力を持たない役立たずを密かに助けていた罪人として処刑されるか」


「あ、あ、あ、あぁーーーーー」


女官は気が狂ったかのように叫び声を上げた。


あまりに煩さに俺はこんな雑魚には勿体ないが魔力を使い声が出ないようにしてやった。


「!、ーー!、ーーー!」


声を出したいのだろう。女官は口をパクパクさせ何かを叫んでいるようだが何も聞こえない。


「さて、少しは落ち着いたかい?」


俺は王妃譲りの甘いマスクに優し笑みを貼りつけ女官に問いかける。

喉をおさえ、口をパクパクとさせていた女官は首を縦に何度となく振った。


「うるさい子は嫌いなんだ。わかるよね」


にっこりと笑いかけると女官は真っ青になり更に激しく首を縦に振った。


「良かった。で、返事はどちらかな?」


真っ青な女官はガクガクと震えている。


「あれ?声は出るようにしたはずだよね。答えないならこっちで勝手に決めちゃうけど?」


女官の目からはボロボロと涙が溢れている。

汚ならしい。女官が去ったらすぐに掃除させないといけないな。

ガクガクと震える女官は絞り出すように震える声でやっと返事をした。


「さ、最後まで、王家に、お仕えさ、せて、くださ、い」


「そうかい。そう言ってくれると思っていたよ。エリック、いるか?」


俺が声をかけると部屋の奥でずっと気配を殺し立っていた近衛騎士のエリックがスッと現れ低い声で「はい」と答えた。


「彼女をリディーヌの部屋へ連れていってくれないかい?そしてリディーヌの居場所を聞いてきてほしいんだ」


目でサッサとこのゴミを片付けてきてほしいと伝えるとエリックは一言「はい」とだけ声を発すると立ち上がれずにいる女官の腕を乱暴に引き上げ、引きずるように部屋を出ていった。

女官はすでに諦めたのかもう何も言わなかった。


「はぁ、面倒なことしやがって」


俺はすぐにドアの前で控える兵を呼び執務室を掃除するものを呼ぶよう伝えた。





*****




私が目を覚ましたのはベッドの上だった。


「…アレク様?」


そこはいつも目覚める薄暗い地下牢ではない。大きな窓がいくつもあり、明るい陽射しが差し込んでいる。

まるで幼い頃過ごした部屋のようだった。


「リディーヌ」


横から声がする。

頭を横に振るとベッドサイドに夢で会ったあのアレク様が私を見つめ微笑んでいた。


「ア、アレク、様?本物?」


信じられない。

私の横にアレク様がいる。

これはまだ夢の中のなのだろうか?


「リディーヌ、私はここにいます」


頬に温かいものがつたう。

それはいくえにも私の頬をつたった。


「アレク様、これはどういうことでしょうか?貴方様は現実の方なのですか?私の夢の中だけの方ではないのですか?」


もしかして私は死んでしまったのかもしれない。

だが私は次の瞬間これは現実なのだと理解した。

アレク様に伸ばした私の手は夢の中のふっくらとした腕ではなく骨と皮だけのガリガリの手だったのだ。


「リディーヌ、迎えに行くのが遅くなってすまなかった。もう安心していいんだ。これからゆっくり体力を取り戻していこう」


私が伸ばしたやせ細った手をアレク様は優しく両手で包み込んでくれる。


「アレク様、(わたくし)今の状況が全くわからないのです。ここはどこなのでしょうか」


「そうだね、少し説明しようか」


そう言うとアレク様は近くにあった椅子をベッドサイドに引っ張ってきてそこへ腰掛けた。


「ここはルマノ王国、エルン王国が多くの奴隷を売り付ける国だよ」


「えっ?」


「と言っても国の予算で買い、買い取った子供たちを奴隷にはしない。子供たちは施設で大人になるまで育て大人になるとルマノの民として暮らしている。だが、ルマノ以外に売られた子供たちのその後はほとんどわかっていない…」


アレク様の瞳に暗い影が宿っている。ルマノ王国以外に売られた子供たちは生きているのだろうか?


「アレク様…」


この方の支えになりたい。

こんなに心が澄んで優しい方の力になりたい。

今はまだこんな体で迷惑にしかならないかもしれないけれど、彼の支えに、彼の横にいることが出来る存在になりたい。

私の表情に力が入ったからだろうか、アレク様の目が私をみて優しく微笑んでいる。


「リディーヌ、私たちは昔から知り合いだと覚えているかい?」


「アレク様とですか?(わたくし)小さいときからエルン王国を出たことがありません。アレク様と出会ったのもあの夢の中ですし幼い頃他国の方と出会うどころか家族以外数人の世話係としか会ったことがないのです」


「リディーヌ、私たちは幼い頃に出会っているよ。君の言う夢の中で。君は私の初恋だった。一目で好きになってしまったんだ。そして幼い頃の私は君にプロポーズした。君ははにかみながらも了承してくれたんだ。本当に覚えていないかい?」


少し寂しげな瞳を私に向けるアレク様。

私は一生懸命思い出そう頭をめぐらせた。

もともと思い出らしい思い出など持っていないのだ。それはすぐに思い出すことができた。

まだ地下牢で暮らす前、とても幸せな夢を見たのだ。

私はその男の子に一目惚れをしてしまった。その優しいエメラルドグリーンの瞳に。


「あの、夢の男の子、が、アレク様?」


私がそうポツリと洩らすとアレク様は一気に顔がほころんだ。


「やっぱり覚えてくれていたんだね」


「はい。忘れていて申し訳ありません。ずっと幼い頃の幸せな夢の話だと思っておりました」


「リディーヌ、あれは夢ではないよ。どうかもう一度言わせてほしい」


椅子から立ち上がるとベッドに落ちている細い棒切れのような私の手を取り、優しくキスを落とす。

そして真っ直ぐに私を見つめると手に少し力が入るのを感じた。


「リディーヌ、どうか私と結婚してください」


私はまだ夢の中にいるのだろうか?

今、私は初恋の人からプロポーズされている。

あのまま死ぬ運命だと思っていたのに…。

再び頬に熱いものが伝った。

心は正直だ。たとえこれが夢であってもかまわない。


「はい、アレク様。喜んでお受けいたします」


私が答えるとアレク様はぎゅっと私を抱き締めてくれた。細い私に気を使ってくれているのだろう、それは抱き締めるというより包み込む感じで優しさが伝わってくる。


「ですが、アレク様?どうして(わたくし)がここにいるのかはさっぱりわからないのですが?」


「あぁ、すみません。ついつい嬉しくて。リディーヌ、魔力を使えるのはエルン王国だけではないのですよ」


いたずらっ子のように目と口元が笑っている。


「と言うと…まさかアレク様も魔力を?」


「はい。私もですがルマノの四人に一人は魔力を持っています。私は幼少期魔力を使い夢の世界に遊びに行ってました。そこでとても優しい夢を見るリディーヌ、あなたに逢ったのです」


彼はその時を思い出したのか目を細め微笑む。


「貴女に魔力がないのはすぐにわかりました。それならば必ずルマノに来ると思い、私は貴女が来るであろう頃から全ての施設の記録を探しました。けれど貴女はいなかった。あの地下牢には魔術がかけられていてなかなか貴女の夢を見つけることが出来なかった。ところが最近隙間が出来るようになったのです。多分貴女の弱り具合から魔力をあまり使いたくないものが魔術の管理を怠ったんでしょうね。でもそれが私には吉でした。そのおかげで貴女の夢を見つけることができた」


「ではあれは…夢なのに現実でもあったのですか」


「はい、見つからないよう少しずつ貴女の夢と私の夢に橋を作ろうとしました。少しずつ少しずつ、貴女に近付くことが出来るようになり今日とうとう、橋が完成し私の夢を通りここへ連れてくることが出来ました」


「そうだったんですか。アレク様、ありがとうございます。私はあのまま死ぬものだと思っておりましたし、死にたいとも思っておりました」


「…リディーヌ、遅くなって本当にすまない。もっと早く救えていたら…」


「いいえ、今救ってくれたではないですか。意外と私、生命力強いんですよ」


アレク様の心を少しでも軽くしようとウインクしておどけるように話すがやつれた姿では笑えない。


「けれど、私がいなくなったことがお兄様たちに知られたらどういう行動をとるか…。私がルマノにいるとわかったら戦争になるかもしれません」


「そのへんは安心してください。貴女の祖国であり家族にたいしてこんなことを言ってもいいのか…迷いますが」


「いいえ、大丈夫です。過去を捨てる覚悟はあります」


そうだ。私はもうあの地下牢にいるわけではないのだ。

彼と新しい人生を築かないといけないのだ。


「リディーヌ、君に辛い選択をさせてしまってすまない。けれどエルン王国の行為をこれ以上見過ごす訳にいかない」


「はい、わかっております。地下牢に入れられた厄介者ではありますが仮にも私は王女。正さないといけないものに私情を挟んではいけないことは心得てます」


「もう作戦は始まっている。エルン王国はすでに私たちの魔方陣の中。エルンの魔力はすでに封じられた。非道だと思われるかも知れないが私たちは彼らから魔力をすべて奪う」


「…はい。それがこれからの起こる不幸を最小限にする方法だとわかっています」


エルン王国は今まさに大混乱の最中さなかであろう。

魔力第一の国から魔力が消える。

それはその価値観で生きるものに何をもたらすのだろうか。

突発的に書いてみたくなり、衝動的にかきあげました。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

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