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川の人

 村の用水路を辿って歩けば川まで迷わず行けるよ。


 その言葉に従って散歩に出かけた。村を出て、のんびりした歩調で道を行く。

 聞いたことのない鳥の声が聞こえたり、紫色の鼠(意外と大きい)が目の前を横切ったり、悪食ガエルが周りと同化するように道の端に居たり。そういったものを楽しみながら歩いて行けば、段々と流水音が聞こえてきた。水の匂いも感じる。

 まもなく川が見えてきた。もっと下流に出るのかと思っていたが、考えていたよりも中流に近いようだ。水の流れもそこそこ勢いがある。泳ぎが得意ではない私が入って遊ぶには少々危険かもしれない。


「……濃いなぁ……」


 子供の頃に県内のキャンプ場へ行った時よりも、水の気配が濃い気がする。ひんやりとした空気の所為なのか、水自体の匂いの所為なのか。世界がそもそも違うからなのか。私には判別しかねる問題だ。

 暫くはそのまま川を眺め、それからもう少し上流へと向かった。綺麗な鳥の羽を拾ってご機嫌に振り回して歩いたり、目敏く木苺を見つけて駆け寄り思わず沢山摘んでしまったり、意味もなく岩に登ってみたり。まるで小学生みたいなはしゃぎようだ、と苦笑する。

 あっちへふらふら、こっちへふらふら、としながら歩いていたら、川の中に人影が見えた。


 ……、河童?


 いやいや、甲羅が無いから違うだろう。ただ明らかに村の人々とは違う。

 服の代わりに藻のようなものをまとった、そんな姿である。藻のような、ではなく藻そのものかもしれない。やっぱり河童か。

 そんな事を考えていた所為だろう、かなり私は不躾に見ていたようだ。こちらに気付いた彼と目が合った。


「……、どうも」

「あ、はい……どうも……」


 少し間を開けて彼は会釈してきた。私も同じように返す。どうしよう。


「あ、の……私、最近こっちに来て、それで、今は村に暮らしていて……」


 訝しそうにしている彼へ、とりあえず私は怪しい者じゃないと主張するようにそう言ってみた。まぁ私の感覚からしたら相手の方が怪しいのだが。


「ああ……成る程、それで」


 納得したような声だが、何を納得したのだろう。私に見覚えのない事の理由に、だろうか。そうなると彼は村の人間を知っているということになる。戻ったら村長夫婦か誰かに聞いてみようか。


「えぇと、漁、ですか?」

「うん。そっちは釣り……では無さそうだね」

「お散歩、です。釣り好きの人に、この川の事を、聞いたので」

「トールかな、それともルカ? ジェイムズ、ファラー、アルなんかも居たな」

「ルカさんです」


 長老扱いされているファラー爺さんを呼び捨ててる人は初めてだ、と思いながら答える。彼はやっぱり人とは違う何かなのだろうか。あぁアイツか、と彼は一人で頷いている。


「今日はこれ以上先には行かない方がいい。リンクスの足跡を見付けたから。小さな足跡もあった、多分子連れだ。怪我したくないだろう?」

「リンクス?」


 リンクス、リンクス……あぁ、もしかして山猫の類だろうか? こう言うくらいだ、子連れで気が立っているのを加味したらかなり危険な相手になっている、ということなのだろう。

 しかし猫か。虎みたいなのだろうか、それともオオヤマネコ? 怪我はしたくないが見てみたいものである。


「……、リンクスを知らない?」


 どうやらリンクスというのは一般的な野生動物らしい。不思議そうな顔をする彼へ、私は曖昧に笑って誤魔化した。あまり落人であるとバラすのはよくないと領主様から言われているのだ。

 彼は何か言いたそうな顔をしていたが、詮索するのは諦めたらしい。


「その籠の中には何が?」

「これ、ですか? さっき見付けた、木苺です」

「多いね」

「つい摘みすぎてしまって。一人で食べるのには多いかな、とは思ったんですが」

「食べる……味見した?」

「え?」

「美味しそうな色してるけど、渋くて不味いよ。マルフランドの実だろう、それ」


 マジか。深い赤が艷やかで、美味しいと信じて疑わなかったというのに。

 渋いというのなら、煮てジャムに……いや、この村で砂糖はそう手に入るものじゃない。……芋から澱粉とって水飴でも作るべきだろうか。だがアレは滓が勿体無いからなぁ……良い素材を探さなければ。


「……そんなことも知らないのか、君は」

「はぁ……色々と事情がありまして」


 驚くべき事だ、と言わんばかりの表情で彼は言う。呆れて、バカにして、という雰囲気はない。だからきっとこれは、村で暮らすならば当然のように知っている知識なのだろう。またひとつ勉強になった。


「君は一体何なんだ?」


 気持ちは分かるが、私としては同じ言葉を返したい。


「……いや。……ああ、そうだ、マルフランドの実は染料になる。淡い赤だが、綺麗な色だ」

「そうなんですか? 試してみますね」


 気にはなるが詮索はしない主義らしい。彼は話を転換し、私自身についてはこれ以上は触れなかった。

 それから少し雑談を続け、


「雨が降る前にお戻り」


という彼の言葉に従って帰路についた。空は鮮やかに晴れていたが、彼が言うのならば降るのだろう。根拠はないが、そんな気がする。

 途中、籠を編む用に蔓を採集してから急ぎ足で家へと戻る。お茶を入れて一息入れている頃、雷鳴とともに夕立がやってきた。彼の忠告は正しかったようだ。

 彼は雨の前に戻ったのだろうか、それとも雨に濡れるのは構わないのだろうか。次に会う機会があったら、聞いてみようか。果たして教えてくれるのだろうか。

 川とは違う水の匂いを嗅ぎながら、そんな事を取り留めもなく、考えていた。


 後日ファラー翁に川での出来事を話すと、彼の正体を教えてくれた。カワウソだそうだ。

 時折、魚と野菜類を交換する為にやってくるらしい。爺さんが子供の頃から村に出入りしているようだ。それなら会う機会もあるだろう。


 それにしても。……どうせ人でないのなら、やっぱり河童であって欲しかったと思ってしまうのは私の我が儘なのだろう、な。

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