縁をつなぐ光
魂虫という虫がいる。蛍のような物だと思っていただけたら良い。但し、あの不思議な黄色ではなく青白く光る。ゆったりと明滅する光は幻想的で、思わず溜息が零れてしまう程だ。
この魂虫には言い伝えがある。あれは死んだ者の魂の一部が、世を惜しんで姿を現したのだという。そして自分と縁のある者に見つけて欲しくて、ああして光るのだと。
魂虫が尤も活発に活動するのは、大体夏至の前後だそうだ。それでだろう、夏至の夜、魂虫となった死者を慰める為に『魂迎え』と呼ばれる儀式を行う。尤も儀式というほど堅苦しいものでもないそうで、要はお盆のイベントみたいなもんなんだろう。
「とっても綺麗なのよ! 星の女王が山の頂にかかる頃、広場へ来て!」
楽しそうに笑うテレジアの言葉に従い、夜が更け、女王が山を訪れるより前に家を出た。
今日は晴天だった。雲ひとつ無い、美しい星月夜である。
……この世界に、月はない。代わりに夜空を統べるのは星の女王と呼ばれる、大きな星だ。宵の明星よりもずっと大きく、けれど月には遠く及ばない、美しき明星。今宵も女王は煌々と夜空を照らしてくれている。
「……ああ。もう来たのか、エリー」
広場へやってきた私に気付いたルカさんが声を掛けてきた。そういう彼も早いようだが、見たところ力仕事の手伝いでもしていたのだろう。
祭壇、なのだろうか。木の柱かと思ったが、よく見れば動物の骨のようである。聞いてみたら鹿の骨だそうだ。祭壇には美しい装飾が施された、底の浅い銀の鉢がおかれていた。
「あの鉢の中に魂虫が好む果物の果汁を混ぜた水を注ぐんだ。それから祝詞を上げる」
「それから?」
「儀式としてはそれだけだ」
祝詞を上げるのは村長らしい。この村に巫女や神官の類は居ない。その為、こういった儀式の際にその役割を務めるのは村長の仕事なのだそうだ。
やがて人も集まりだした頃、村長がやってきた。あの鉢と対なのだろう、やはり美しく装飾された水差しを持って祭壇の前へと進み出る。
『 暗き闇、統べる君、畏怖すべき我らが女王 』
『 愛すべき君が臣下、我らに慈悲を与え給え 』
『 冷たき光、君が臣下、彼らに慈悲を与え給え 』
『 暗き闇、統べる君、畏怖すべき我らが女王 』
『 愛すべき君が臣下、彼らに慈悲を与え給え 』
祝詞は聞いたことのない響きの言葉だった。それでも意味が分かるのは、彼らの言葉を脳内自動変換で翻訳される現象と同じことなのだろうか。
同じ祝詞を繰り返すうちに、ちらほらと魂虫がやってくる。そして七度目の祝詞が上げられた頃には、祭壇を中心に広場には沢山の魂虫が集まっていた。
――此処は本当に人の世なのだろうか。
白々と、冷えた光は辺りを埋め尽くし。
不可思議な音は遠くまで響き渡り。
明滅する様は穏やかであるはずなのに、ゆらりと目眩を引き起こし。
陽光でも星明かりでもない光で照らされた辺りはまるで見覚えのない場所ようで。
『とっても綺麗なのよ!』
ああ、そうだねテレジア。とてもとても、美しいよ。
胃の腑から冷えて、震えだしそうな程に。
「……大丈夫か?」
隣に立っていたルカさんが尋ねてくる。顔を強張らせている私に気付いたのだろう、そっと腕を取り人の輪から抜けだした。
十度目の祝詞が読み終わり、村長は祭壇の前から離れた。音が無くなっただけでも大分違う。ホッとして肩の力が抜けた私の背中を、労るように彼が撫でた。
「どうした?」
「……よく、分からない」
軽く首を振ってから、広場へと目を戻す。先程の雰囲気とは違い、どこか皆明るい様子へと変化している。
「……魂虫が……」
祭壇へ集まっていた魂虫たちが、今度は人へと寄っていく。子供たちより年配の者の方へより集まっているようにも見える。
「ああして戻ってくるんだ。自分と縁のあった者の元へ」
「……家族とか、友人とか?」
「ああ。どの光が誰なのか、それは分からないけれど。ただ明るい程、新しい魂なのだと言われている。明るさを見て誰なのか思いを馳せるんだ」
周りを飛ぶ灯りにおじいちゃんだ! と歓声を上げる子供。しんみりとした顔にも嬉しさを滲ませて、淡い光に目を細める老婦人。光を捕まえようと手を伸ばす赤子と、その光へよく子供の顔を見せようとして笑い合う若い夫婦。
「……良い光景だね」
心からそう思う。亡くした人を悼み、思いを馳せる。その顔に誰も皆、笑みを浮かべているのだ。
なんと優しい光景だろう。
けれど、同時に。心から。
(締め付けられる程に、寂しい)
私の元には一匹たりとも魂虫たちはやってこない。当たり前だ、私は彼らに縁などない。
私には、この世界に、縁などない。
紛れ込んだだけなのだ、本来此処にお前の居場所なんてないのだ、と。
「……、エリー?」
お前は『余所者』だと、世界にまざまざと見せつけられた気分だ。
(そんなの、私の所為じゃないのに)
軽く引き寄せられ、肩を抱かれる。載せられた手から、じわじわと熱が伝わる。夏だというのに、私の体はどうやら冷えていたようだ。
「俺が死んだら会いに行く」
「何十年先の話ですか」
「その頃には、お前が居るのはあっち側だ」
宥めるように彼が言う。光から目を離せずにいる私の傍に、彼はずっと立ち続けた。
私達が広場を後にしたのは、魂虫たちも消え、すっかり辺りが暗くなってからだった。
この縁なき世界に私を縛ったのは、ルカさんなのだと教わった。けれど、けれど。
どうしようもなく世界に溶け込めない私を馴染ませ、縁を繋いでくれるのもまた彼なのだ。
「……有難う」
呟いた私に何も言わず、ルカさんはただ私の頭を撫でた。
とても優しい、暖かな手に、私はそっと息を吐いた。




