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釣果は得たか

 田舎では現金収入を得ることは難しい。この村では、大半は農作物で収入を得ている。仕入れに来た行商人に売ったり、こちらから街へ納品したり場合は様々だが。


「何か特産物になるものって無いものかなぁ、クゥ先生」

「それを俺に聞かれても困るよ、エリーちゃん」


 岩の上に腰掛けて釣り糸を垂らす彼へ、同じくその隣に腰掛け釣り糸を垂らす私は問いかけた。

 ルトロさんに罠を仕掛けを教わるつもりで来た私と、先に着て釣っていたクーティー先生。流石に釣っている横でバシャバシャと水音を立てながら罠を仕掛けるのは申し訳ない。それなら、と私も釣りを始めることにしたのである。

 意外と釣れないので、こうして小声での会話をしている。


「隣の村とかも同じ感じなの?」

「うん、そうだね。大体一緒。あぁ、でも俺を尋ねる窓口はあの村にあるから、そこそこ外部の出入りはあるかな? 案内料とか宿賃はとってるようだし」

「先生が特産物」

「珍獣みたいじゃね? 俺」

「大丈夫よ、ここでは見世物になってないだけで私も似たようなものだから」

「……ここでは、ね」

「囲い込んだら違法らしいから、紹介しろって言われたら断れなかっただけって、今なら分かるけど」


 何処から聞き及んだのかは分からないが、田舎に引っ込んだ異世界人が館に戻ってきたらしい、と聞いて滞在中は来客が多かったのだろう。此処まで来るつもりはないが、館に居るなら見てみよう、とでも思ったのじゃなかろうか。


「エリーちゃんの居た世界って、どんなだった?」

「うーん……魔法の代わりに『科学』っていう技術に置き換わった、五百年くらい未来の世界?」

「うわぁマジ異世界」

「だって異世界だもの」

「未来の世界ってことは、色んな事が発達してるってことでいいのかな?」

「文明は発達してたと思う。例えば……えぇと、こっちの世界の端から端に手紙を届けるならどれくらい時間がかかるもの?」

「んー……それって現物を? 中身の情報を?」

「情報だけを届ける事も出来るの?」

「他国王族同士とか領主とか、金と地位がある人たちだけだけどね。伝言板っていう道具があるんだ。暗号と宛先を指定すれば、相手の伝言板に情報を浮かび上がらせる事が出来るっていう」

「へぇ……じゃ、そういう道具が一般的に普及していて子供ですら扱える世界って言ったら分かる?」

「そりゃ凄い。ちなみに現物は?」

「私の国から一番遠い国に手紙……ブラジルとか? 郵便、三日もあれば着きそう。単位違うし、距離を伝えられないんだけど」

「郵便? もしかして、物を届ける為の組織があるの? いや、その前にそれだけ交通網が発達してるってことか?」

「個人で馬なしで走る馬車みたいな乗り物が普及してたり、公共交通機関として馬なし馬車の大型版とか、線路のある所しか走れないけど地走り以上の速さで走る何百人と載せられる座席付き連結荷車があったり、世界一周旅行が出来る程に設備が整った巨大な船があったり、何十人と載せて飛べる飛行機があったり」

「頭が痛くなってきそうな世界だな! 全てにおいてそんな風に発達してる世界で生きてきて、よく此処でやってられるねエリーちゃん」

「だって、どうあったって生きていかなきゃいけないじゃない。……幸い、私は領主様方に保護していただいたから不便は少なかったわ」

「ルカとテレジアちゃんも居るし?」

「ええ。この村に戻ってきてからは本当、あの二人が居なかったら生きてけなかったかもね」


 く、と釣り糸に引きがあった。急いで引き上げたが急ぎ過ぎたのか、餌だけ獲られて逃げられてしまった。ニヤニヤと笑う先生が鬱陶しい。


「戻ってきた」

「私、一番最初に辿り着いたのはこの村だもの。ほぼ丸一日、水だけで歩き通してやっと辿り着いて木戸番だったルカさんに助けてもらったの」

「あぁ、それで……道理で君の頭の中、ルカの存在がデカいわけだ。惚れてるからってだけじゃなかったんだ」

「私の格好と要領得ない言葉でも、ちゃんと事態を理解して私に説明してくれて。此処で生きてくしかない私の幸せを願ってくれたの、ようこそって、迎えてくれたの。そんな事を言ってくれたの、あの人だけだった」


 私がやってきてしまった状況を理不尽だと共感してくれて、それでも此処で生きるしかないんだと現実を知らせてくれて、その上で幸せを望んで迎え入れてくれて。すんなりこの世界での生活を受け入れる気持ちになれたのは、間違いなくルカさんの言葉のおかげだった。


「ねぇ、エリーちゃん」

「なんでしょうか」

「君の思いはただの刷り込みじゃないのかい?」

「たとえ切欠が刷り込みだって、別に構わないんじゃない?」

「……否定はしないんだね」

「だって分かんないもの、そんなの。刷り込みだとして、それは本人に刷り込みだと自覚出来るものなの? 自覚出来ているのならそれは刷り込みに似ているだけで本当の刷り込みとは別なんじゃないの?」

「ああ、ごめん。気を悪くさせたなら謝る。そういうつもりじゃないんだ」

「……私、ルカさんへの気持ちを『勘違いだった』なんて言って傷付けるつもりないもん」

「うん、ごめんね。……俺こんなだからさ、中身といい仕事といい。気負わず友達で居てくれる奴は殆ど居ないんだ、今はルカくらいしか居ない」

「彼女は沢山居るのにね」

「彼女じゃないよ、あの子たちはただの遊び相手。……ルカは良い奴だから、手放しちゃダメだよ」

「えぇ、もちろん」


 今度は先生の糸が引かれた。けれど何かおかしいと思ったのだろう、首を傾げながら引き上げる。針の先には、流れてきたであろう藻が引っかかっていたのみであった。お返しとばかりにニヤニヤと笑って見せたら、まるで先程の私のように鬱陶しそうな顔を浮かべていた。


「ルカの方が結構年上だよね?」

「私、ルカさんの年齢知らないんですけど、いくつなんですか?」

「えぇと……俺より二つ上だから二十九かな、確か」

「そっか、九つ上か……確かに結構離れてますね」

「えっ!? エリーちゃん二十歳!? 十六とかじゃないの!?」

「うちの国民性でして、こっちの顔の作りと比べると幼く見えるんですよね。他国に言ったら四十路なのに年下に若造扱いされた話とかザラです。言っておきますが、私はまだ歳相応な方ですからね?」

「へぇー……すごい国だね」

「そうでもないです。話戻しますけど、年上のが好きなので問題ないです」

「あら、そう」

「ファザコンなんですよね、私」

「なにそれ?」

「父親が大好きな子供の事を言います。子供の頃に居なくなっちゃって、美化された思い出の中の父親の影響でしょうね」


 もう顔も思い出せないけれど、優しい父だった。未だに父がなぜ居なくなってしまったのかを私は知らない。今後それを知る術はもう無い。


「どんな人だった? お父さんは」

「父は絵本の挿絵を描く人だったんです。……あぁ、そうだ、あの頃の父の作業部屋。小さな部屋に大きな机があって、オイルパステルで絵を描いてた。それで……どんな絵を、描いてたのかな。何も、思い出せないや」

「……続けて? 思い出せることを」

「母も祖母も花が好きで、あぁ、そうそう、父もきっと母から教わったんでしょうね? 色んな花の名前を教えてくれて」

「うん」

「私が八歳の時、あれは……夏、だった、かな。ふらっと出掛けて、そのまま蒸発してしまったんです」

「それは……辛かったね」

「はい。出版社の人や警察も動いてくれて、でも足跡は何も見つからなくて。母は泣いていて、姉妹で母を助けなきゃと泣きながら約束をしたんです。どこかで生きているのか、それとももう居ないのか、それも分かりません」

「……ん?」

「はい?」

「えっと、蒸発したんだよね?」

「はい」

「なんでそれで『どこかで生きているのか』なんて言葉が出るの?」

「……ああ! いや、物理的に蒸発したんじゃなくて、比喩的な意味合いでの蒸発でして! うちの世界では、忽然と姿を消して行方不明になると『蒸発した』と言うんです」

「……ああ! 成る程!! てっきりスライムの胃液でも浴びて蒸発したのかと」

「何それ怖い」

「稀にあるから気をつけてね」


 どう気をつけろっていうんだ、それ?


「ねぇ、クゥ先生。ひとつだけ、父の事で思い出した事があるんです」

「どんなこと?」

「父が好きな色。紫が好きで、絵の中にもよく使っていたんですよ。特に、モーブと呼ばれる紫を」

「へぇ」

「……どうせ思い出すなら、もっと大きな事を思い出してくれたらいいのに。ままならないものですね、記憶って」


 茶化すように言った私へ、先生は大袈裟に肩を竦めてみせた。少し間をおいて、お互いに苦笑する。話は、そこで途切れた。

 暫く無言で、釣り糸の先を眺めて……ふと、思いついた。


「クゥ先生、街にはよく行く?」

「お偉方に呼びつけられる事もあるからね。光画師の管理下にある空間でのみ記憶透過の行使を許可する、っていう決まりもあるから無理なんだけど、何でか皆さん誰が聞き耳立ててるか分からない場所でやりたがるんだろ。まぁ普通に打合せの時もあるけど」

「あのね、こんな色の服とか刺繍とかって、見たことある?」


 私は、以前ルカさんに突き返されたハンカチを取り出した。何となく気恥ずかしかったので、他の色の糸も追加で刺繍してある。あのマルフランドで染めた色の糸を指差して尋ねると、首を傾げた。


「どうだろう、あまり見かける色じゃないんじゃないかな。先日に行った時は、若い子の間では派手な色が流行りのようだったよ。俺個人としては好みだけど、もう少し鮮やかな方が流行りっぽいかな」

「そう……ありがとうございます、参考にします」

「その色を売りにしようって思ったの?」

「こっちに居ると、どんなことでも自分でやるでしょう? でも便利な所にいるとね、例え自分でやろうと思えば出来る事でも多少のお金で手に入るなら支払うものなの。……鮮やかに染まるよう、工夫してみなきゃ」

「何で染めたの? その色」

「内緒です。もし商売になるのなら、村長さんに話して村の収益にして貰うので。そう簡単には教えませんよ」

「おや残念」


 さて、染め物が得意なのはどこの奥様だろう? テレジアに相談してみよう。村長の奥様にも聞いてみて、あわよくば口利きしてもらおう。農作物以外の現金収入の糧を見つけられたら、少しはこの村も裕福になるだろう。住まわせてもらっている、せめてもの恩返しだ。


「エリーちゃん」

「はい?」

「多分、君の持つ常識は何気ない事の方がこの世界で有益なことが多いんだと思う。便利で知れ渡ったからこそ常識になったのだろうし。そして、君のそんな知識や常識に基づいた着眼点に価値を見出す人はいずれ増えるだろうと思う。利用したがる人も」

「……でしょうね」

「エリーちゃんさ、仲良くなった相手には饒舌に語る方でしょ? あの村に閉じこもって村人以外ほぼ没交渉で居る自信が無いのなら、気をつけなさいね。君、ルカとテレジアちゃん経由の奴を信用しすぎ。その二人が騙されてたらどうするの?」

「……つまり、クゥ先生の事も信用するな、と」

「信用してくれるのは嬉しいんだけどね? 女遊び激しい男と二人きりで、隣に平気で腰掛けてって無防備すぎるんじゃない? わりと重要な事も語っちゃうし」


 呆れたような顔で先生は溜息を吐いた。重要な事……なんだろう? 商売ネタの話? 家族の事? 私にとって重要な話を語った覚えないんだけど。

 あと無防備云々ということについて、当人への信用はおいといて。


「クゥ先生、あのですね。此処、ルトロさんの縄張りなんですよ?」

「うん?」

「なら、大丈夫に決まってるじゃないですか」

「……ルーさんの事、信用しすぎじゃない? ルーさんは、人ですらないんだよ?」


「人ですらないから信用されているんだよ」


「うわぁ!?」

「エリー、ほら引いているよ。落ち着いて引き上げなよ」

「あっ、本当だ。ありがとうございます、ルトロさん」

「何で驚かないのエリーちゃん!?」

「人じゃないんだから、唐突に現れるのもおかしくないじゃないですか」

「自分の縄張りなんだから、何処にだって現れるにきまっているさ」

「やった! ルトロさん、釣れた!」

「それはまだ幼魚だから戻して、エリー」

「……えっ!? 折角釣れたのに」

「エリー」

「はい、戻します。あーぁ、残念」

「……というか、何で二人してこんな釣れない所で腰掛けていたの? 話すのが目的だったのかい?」

「「え」」

「あっちの大きな岩、あの下の方が釣れるよ」


 そう言うと、ルトロさんは私の釣り竿を取り上げ、さっさと移動してしまった。私はその後を追い、先生も更に私の後を追う。


「此処の下、あの影あたりが狙い目」

「ありがとうございます」

「……ねぇルーさん、エリーちゃんはルカのものだよ」

「可笑しな子だね、クーティー。何を当たり前の事を言っているの?」

「……、ならいいや」

「人だって、息子の嫁に優しくする親は居るだろう?」

「あ、そういう認識なんだ」

「此処の人なんて皆、子供みたいなものだよ。お前も含めてね、クーティー」


 先生。こんな風に子供扱いしてくれて、庇護してくれるんだから信用くらいするでしょう。人じゃないんだから、私なんて危なっかしくて仕方ないようにしか見えてない。他の人よりも尚。だからルトロさんの縄張りの中に居る時はきっと、見えなくても何処かで気にかけてくれてる。

 クゥ先生、私、さっき言ったでしょ? 年上が好きなんだって。多分私、ルトロさんの中に父性を見てる。もう居ない、私の父を。


「……っ、釣れたぁぁ!! ルトロさん、釣れた!!」


 大物を釣り上げてはしゃぐ私を、穏やかな眼差しで彼は眺める。


「さっさと針を外して籠に入れないと、取り逃がすよ?」


 父親のような友人は、そう言って少しだけ笑っていた。


 その後、互いに数匹を釣り上げて帰路についた。

 村の中で、ちょうど歩いていたテレジアに先生と川で会って一緒に釣りをした話をすると、思い切り顔をしかめた後、


「あんな女たらしと二人きりになっちゃダメでしょエリー! もっと警戒心を持ちなさい!」

「良い人だったよ? それにルトロさんの縄張りの中だから」

「いいえ、そんな事を言ってる間に痛い目にあったらどうするの!? まったくもう!」


と叱られてしまった。頑張れ先生、前途は多難だ。

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