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その花は

 四季折々がはっきりと分かるのが日本の気候の特徴である。……というのを、こちらの世界に来て改めて思う。領主館ではなく、この村に戻ってきてから特に、だ。

 あの館には庭園があった。左右対称にきっちりと作られた、英国風庭園とでも言うのだろうか、整然とした庭園だ。計算された植生と手入れのおかげか、常に何かしらの華やぎがあった。

 勿論、花が咲いていないなんてことはない。だが、なんだか少ないのだ。

 花屋に並んでいそうな花がそこら中に咲いていた元の世界とは違うのは理解しているし、花壇などで植物を愛でるのはあくまでも富裕層の趣味でしかなく、花を植える土地があるなら食えるものを育てる方が理にかなっている事も分かっている。衣食足りて礼節を知るなんて言葉もあるくらいだし。

 祖母も母も、花が好きな人だった。見頃の花を見にあちこちへ連れて行ってくれたものだ、……と言っても近所の公園や祖母の茶飲み友達のお庭や盆栽などだが。


 アパートの植込みの沈丁花が香り、花が散る頃には土手では菜の花が並び、やがて桜も満開になり、吹雪いて散る花びらを妹と二人で追いかけた。たんぽぽの綿毛で遊び、ツツジの色鮮やかさに目を奪われ、甘い香りを辿っていけば重く垂れ下がる藤の花と周りを飛ぶクマバチを飽きもせずに眺めた。アヤメが綺麗な公園へ遠出して、おやつには柏餅を食べた思い出もある。

 小学校の庭では自分の背丈よりも大きな向日葵が何本も咲いていて、それを横目に学校で育てた朝顔の鉢を抱えて帰った夏休み前。少し遠回りして帰った道で見かけた、綺麗な家の庭の壁に咲いていた不思議な形の花、母と妹を連れて行って時計草という名前を教わった。夏休みには大家さんの家で育てている月下美人の花を夜更かしして見せてもらった。

 秋が近づけば母が好きな桔梗がお気に入りの花瓶で飾られる。つい昨日まで無かった気がする彼岸花の赤色が視界に移って驚いてみたり、他人の庭に咲き誇るコスモスを覗き込んだり、顔をあげたら烏瓜の朱色が目に飛び込んできたり。森林公園へ出かければ、イチョウやモミジや色鮮やかな落ち葉を妹と投げ合って遊んだ。あっという間に紅葉した樹々たちは枝だけになり、それでも椿や牡丹の花が彩りを添える。

 そしてまた暖かな季節へと巡り、若葉と花が芽吹くのだ。


 ああ、なんと色彩豊かで鮮やかな世界だったことだろう。こちらの世界も色濃いのだが、青々とした色が濃いが、それはまた違うのだ。


 けれど先日、森でキノコを採りに出掛けた際、可愛らしい花を見かけた。おおぶりなマーガレットに似た形で、花びらの外側へ行くに連れ淡いピンク色から濃い赤へと染まっている。

 とても綺麗で、思わず手を伸ばしたけれど、これがもしただの花ではなかったら? という疑問がふと浮かび、迷ったけれど摘むのは止める事にした。見知らぬモノについてまずは聞いてから、でないとルトロさんに怒られる。

 曰く、警戒心を養え、と。余所の安全な世界の常識を持ったまま大人の知識欲と好奇心を我慢しようともしない、何も知らぬ子供より厄介だ……とまで言われたのは余談である。



「と、ここまでが前段ですルカさん。長々と語りましたが」

「それと飾られているこれらとが関係があるのか?」

「ええ。花の事を聞きに行ったら、素手で触ったら何本もの針で刺されるような痛みで腫れ上がり、水で洗うと余計に広がる厄介な代物と教わりました」

「……ここらじゃ針山菊って呼ばれるくらいだからな」

「らしいですね。でも葉っぱ湯がいて食べると胃もたれに効くそうですよ、癖になる苦味だそうで」

「へぇ……それは初耳だ。今度やってみるかな」

「……、と、まぁこんな感じから毒草講座が始まりまして、川から近い辺りで適当に見繕って摘み方を教わって花束にして貰って帰ってきたんです」

「……そうかい」

「ええ」


「なので教材貰えたから喜んで帰ってきただけで、ルトロさんからの花束に浮かれて飾っているわけじゃないので、妬いて拗ねて不機嫌にならなくても良いんですよ?」

「……傷口抉るようにざっくりと指摘せんでくれ、エリー……!!」

「というかですね、ルカさん。ルトロさんへの信頼とルカさんへの信頼は種類は違うのだと、そろそろ納得してください。毎回細かい説明のオチを聞くまでずっとソワソワしっぱなしなのって、疲れません?」

「あのなぁ、エリー。そう簡単に感情を制御出来たら世話ないっての」

「それはまぁ、そうですけど……」

「なら例えば、俺がテレジアから何か貰ったって喜んでたらどう思う?」

「テレジアから何を貰ったんだろう、ルカさん相手なら食べ物関係かな、あの子のは何でも美味しいから羨ましい」

「例えが悪かったかー……じゃあ、誰でもいいや、女の人」

「私に報告してくる時点でやましい事は無いだろうから、気にしませんよ?」

「……妬いてくれないのか?」

「妬く必要ないほど好かれてるって信用してますから」

「……、参りました」

「わぁ、ルカさん顔真っ赤」

「……なぁ? ひょっとしてエリー、結構怒ってる……?」

「おや、今更なにを」

「悪かった! 俺が悪かった、すまん」

「気付かなかったらひたすら惚気けてルカさんを羞恥に悶えさせようと思ってたんですけどね。肉を切らせて骨を断つ的な感じで」

「勘弁してくれ……」

「えぇ、私もやらずに済んで良かったです」

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